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落ちこぼれ聖女は王子の寵愛を拒絶する〜静かに暮らしたいので、溺愛されても困りますっ〜  作者: 雨野 雫


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32.護衛の覚悟


「なあ、王子殿下。もう気づいてるんだろ? リズの正体も、あいつを狙う犯人も」


 グレイの黒い瞳は、まっすぐにレオナルドを捉えている。やはりこの男は前から全てを知っていたようだ。


 レオナルドもその瞳を見返しながら、自嘲気味に言った。


「ああ。お前がなぜ俺に犯人を教えなかったのか、良く分かったよ」


 アールリオンは現王太子の婚約者の家だ。そして、ここ何代か連続で大聖女を輩出してきたものだから、国内での権力も相当なものになってる。


 そのため、完璧な証拠を揃えて裁かない限り、英雄の名が地に落ちたレオナルドが負けるのは確実。

 王太子の座を引きずり降ろされた腹いせじゃないか、と陰口を叩かれるのがオチだ。


 アールリオンの罪を確実に問いきれないのに、中途半端にエインズリー侯爵家惨殺事件を蒸し返せば、リズベットがかえって危険に晒されてしまう。グレイはそれを避けたかったのだろう。


「正直、エインズリー家惨殺事件の調査はかなり難航している。あまりにも昔のことだから、証拠らしい証拠が何一つ残っていない」


 リズベットを付け狙う黒幕が誰なのかグレイに尋ねた時、彼には「知ったところで、何も出来ない」と言われてしまった。


 悔しいが、言われた通りの状況になっている。


 レオナルドは自分の至らなさに歯噛みした。


 するとその表情を読み取ったのか、グレイが肩をすくめて気遣うように口を開く。


「別に、あんたの能力不足のせいじゃない。俺が十年以上調べ続けて無理だったんだ。誰が調べても結果は同じだよ。証言は集められるだろうが、それだけじゃ、やったやってないの応酬で煙に巻かれて終わりだ」


 いつも舐め腐った言葉か刺々しい言葉しかよこさないのに、まさか励ましの言葉をかけられるとは思いもしなかった。


 意表を突かれたレオナルドが目を丸くしていると、グレイは気にせず話を続けてくる。


「あんたが()められた魔力暴走の件はどうなんだ? そっちもアールリオンが関わってるんだろ?」

「ああ。こちらの方がまだ活路がありそうだ」


 レオナルドはミケルの証言を武器に、アールリオン製薬へ立ち入り調査を行うつもりでいた。


 魔力暴走の誘発薬などというものは、大陸中を探してもまだ存在しない代物だ。それほど新規性のある薬の開発ならば、研究記録を残していないなんて事はあり得ない。


 その記録を抑えられさえすれば、全ての真相を明らかにすることができるだろう。あとは薬の開発に携わった研究員やミケルに薬を売った社員の口を割らせれば、こちらのものだ。


「アールリオンを裁けるまで、あとどれくらいかかる?」

「早くて一ヶ月。長くて半年」

「そりゃ待てないな」

「待てない?」


 グレイの言葉に、レオナルドは目を眇め首を傾げた。待てないとは、一体どういうことか。


 するとグレイは、フッと力なく苦笑した。


「もう、俺一人で守るには限界が来てるんだ」

「……! 俺から離れてもリズは狙われ続けているのか? やはりこちらから護衛の派遣を……」


 会話の途中で、レオナルドは強烈な違和感を抱いた。


(こいつは……こんなにも顔色の悪い男だったか……?)


 この男には過去に二度会っているが、そのいずれも月明かりの元だった。だから、本来の顔色がどんなものかはわからない。しかし、これはあまりにも――。


「お前……大丈夫なのか?」


 この部屋に来てすぐの時は、もう少し顔に赤みが差していたのに、今は生気を失ったように真っ白だ。まるで死人が立っているようだった。


 グレイは問いには答えず、真顔になって言った。


「俺が全てを終わらせる。だからこれからは、あんたがリズを守れ」

「何を言ってる? 俺がそばにいてはリズの命が危ないと言ったのはお前だ」

「あんたから引き離しても全く状況が良くならなかった。だから、作戦変更だ」


 今の言葉を聞く限り、リズベットが子爵家に戻ってからも刺客の襲来は止まなかったようだ。


 グレイは先ほど、夜はリズベットの護衛で忙しいと言っていた。この男はこの二ヶ月間、たった一人で彼女を狙う刺客を退け続けてきたのだろう。


 それが、限界に来た。この男はもう既にボロボロなのかもしれない。


「俺は、明後日の夕刻にリズの元を去る。その時間にあんたがリズを迎えに来い。絶対にそばを離れるなよ。あと、リズには俺のことは何も言わないでくれ」


 明後日の夕刻は、ちょうどミケルから話を聞こうとしていた時間だ。薬に詳しいリズベットがいてくれるのは心強い。


 が、もう二度と彼女の元に戻らないとでも言うようなグレイの口ぶりに、レオナルドは顔を顰めた。


「待て。一体何をしようとしている? お前がいなくなればリズが悲しむ。それくらいお前にもわかるだろう?」


 リズベットはこの護衛のことを、この世で一番大切な家族だと言っていた。もしいなくなったらと思うと怖い、と。


 彼女の泣き顔はもう見たくない。太陽のようなあの笑顔を、失わせたくない。


 この男を、止めなければ。


 レオナルドがそう思って口を開こうとした時、グレイは困ったように眉を下げて笑った。


「……その時は、あんたが慰めてやってよ」


 死への覚悟。戦場で何度も目にしてきたそれを、目の前の男はその黒い瞳に宿していた。


「おい、待て! お前はまだ――」

 

 その時、グレイの拳がレオナルドの胸をトンと打った。射るような視線から、強い覚悟が伝わってくる。


「託したからな」


 グレイはそう言い残すと、呼び止める間もなく姿を消してしまった。


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