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落ちこぼれ聖女は王子の寵愛を拒絶する〜静かに暮らしたいので、溺愛されても困りますっ〜  作者: 雨野 雫


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22.もう会わないから、せめて最後まで


 風がふわりと頬を撫でる。窓が開いたらしい。


 足音が聞こえる。誰かが部屋に入ってきたのだろう。


 そのまま音が近づいてきたかと思うと、寝台に沈んでいた体が浮き上がる。どうやら抱きかかえられたようだ。


(誰……? だめだ、まぶた重くて、開けられない……)


 次第に意識が戻ってきたリズベットだったが、まだ体がだるくて仕方がない。


 すると、耳元で聞き慣れた声がした。


「リズ、ごめんな。助けてやれなくて」


(この声……この匂い……グレイだ……)


 リズベットは途端に安心した。抱えてくれているのがグレイなら、またこのまま眠ってしまえば良い。この腕の中は、世界一安全だから。


 そう思った矢先、扉が開く音と共に、別の男の険しい声が聞こえてくる。


「リズを離せ」


(レオ様……? そうだ私、毒で倒れて……私に解毒剤を飲ませてくれたのって、多分、レオ様よね……)


 そう思い至った途端、柔らかな唇の感触が蘇ってくる。再び遠のきかけていた意識が、すぐに戻ってきた。


 レオナルドと顔を合わせるのは何とも恥ずかしいが、早く目を覚まして命を救ってくれた礼をしなければならない。そして、迷惑をかけてしまった謝罪をしなければならない。


 それなのに、体が言うことを聞いてくれない。


「断る。俺、あんたに最初に会ったとき言ったよな? リズの身に何かあったら、すぐに連れ帰るって」


 グレイの声はいつも通り気だるげだったが、ところどころに鋭い棘があった。すこぶる機嫌が悪そうだ。


 それにしても、レオナルドに挨拶したとは言っていたが、まさかそんな話をしていたとは知らなかった。そして今の発言で、グレイは自分をこのままナイトレイ子爵家に連れ帰ろうとしているのだと理解する。


「昼間、リズを一人にしてしまったことは申し訳なかった。俺の落ち度だ。だがあの時、なぜリズを助けなかった? どうせ近くで見守っていたんだろう?」


 レオナルドの疑問に、リズベットは昼間のことを思い出す。


 収穫祭で襲われた際、最後の希望にかけてグレイの名を呼んだが、彼は来なかった。そのため、あの時はそばにいなかったのだろうと思っていた。


 だが、実際のところは違ったようだ。


「あんたがリズを託すのに足る男か、見極めるためだ」

「試したのか、俺を……!」


 レオナルドの声が怒気を帯びる。リズベットもこれには少しばかり怒りが込み上げてきた。


 助けてくれなかったことにではなく、レオナルドを試し、彼を危険に巻き込んだことに対してだ。


 グレイは以前、自分が託して良いと思える人間が現れたら護衛を引退しても良いと言っていた。それでレオナルドを試したのだろうが、もっと他にやり方があっただろう。


「ああ。あんたにならリズを託して良いと思ったんだが、事情が変わった。まさか毒まで盛ってくるとはな。どうもこれ以上あんたと関わると、ろくな事にならなさそうだ。リズはこのまま連れ帰る。異論は認めない」


 グレイは全てを拒絶するようにそう言い切った。しかし、レオナルドの険しい声がすぐに飛んでくる。

 

「待て。お前は誰がリズを狙っているのか知っているのか? ならば教えろ」

「あんたが知ったところで、何も出来ないよ」


 この口ぶり。まるでグレイは誰が犯人なのか知っているみたいではないか。今までそんな話は一度もされたことはないのに。最近知ったのだろうか。

 

 リズベットが混乱していると、不意に体が揺れた。グレイが動き出したようだ。


「じゃあ、そういうことで」

「お前一人で守れるのか? こちらから護衛の派遣を――」

「いらんいらん。連携を取る方が面倒だ。あんたから離れれば、刺客の動きも落ち着くかもしれないしな」


(だめだ。起きないと)


 リズベットは鉛のように重たいまぶたを何とかして持ち上げた。そして、掠れた声を懸命にひねり出す。


「まっ……て……グレイ……」

「リズ? 目が覚めたのか?」


 グレイの漆黒の瞳が心配そうに覗き込んでくる。彼をよく見ると、酷く疲れたような顔をしていた。目の下にはクマも出来ている。あまり眠れていないのだろうか。彼がこんなに弱っているのは珍しい。


「うん……でも、まだ体、だるいから……下ろしてくれる……?」

「わかった。水、飲めるか?」


 グレイはリズベットを寝台にそっと下ろすと、袖机に置いてあったグラスを手渡してくれた。ゆっくり時間をかけて水を飲み干すと、少し頭が冴えてスッキリとしてくる。


「グレイ。まずはレオナルド殿下に謝りなさい。殿下を試すような真似して、その御身を危険にさらしたことを」

「チッ。聞いてたのかよ……」


 リズベットに怒られたグレイは、とてもバツが悪そうに目を逸らした。すると、彼が謝る前に、レオナルドがすぐさま指摘を入れる。


「謝るならリズに対してだ。お前が助けに入っていれば、リズはあんな怖い思いをせずに済んだ」


 二人から叱られたグレイは、気まずそうに頭をくしゃくしゃと掻いた後、思いの(ほか)素直に謝った。


「悪かった」

「うん。でも、私もごめん。私がもっと強くてしっかりしてたら、グレイにそんなことさせずに済んだのに。心配かけてばかりでごめんなさい」

「お前が謝ることじゃない」


 グレイはそう言いながら、ワシャワシャとリズベットの髪をかき回した。


 自分で自分を守れるほど強ければ、彼が護衛をする必要もなくなる。彼を解放することができる。


 しかし、そんな力はリズベットにはなかった。目も茶色で、聖女としての力も弱い。


 結局のところ彼に頼り切りなのが、とても申し訳なかった。守られてばかりなのが、情けない。


 とは言え、今それを嘆いていても仕方がないので、リズベットは気持ちを切り替え、気になっていたことを尋ねた。


「グレイは、知ってるの? 私を狙ってるのが、誰なのか」


 見上げてそう問うと、彼は一瞬驚いた顔をした後、すぐに面倒くさそうに答えた。


「……知らん知らん。知ってたらお前に言ってる」

「ほんと?」

「ほんと、ほんと」


 グレイの態度は適当そのものだ。しかしそれはいつものことなので、今の言葉が本当なのか測りかねた。ひとつ言えるのは、これ以上問い詰めても無意味だということだ。仮に犯人を知っていたとしても、口を割る気がないのだろう。


 リズベットはこの件を尋ねるのは諦め、自分の気持ちをグレイに伝えることにした。


「あのね、グレイ。私、最後までこの仕事をやり遂げたいの」

「あ? この状況で何言ってんだ。死にかけたんだぞ」


 グレイはとても嫌そうに眉を顰めていた。しかし、リズベットは気後れせずに続ける。


「もしそれでグレイに負担がかかるなら、もしそれでレオナルド殿下や屋敷の人に危険が及ぶなら、私も諦める。でも、もう少しだけ猶予があるのなら、最後までやり遂げたい。あとほんの少しで、私の役目も終わるから。そしたらもう、殿下にも会わないから」


 近い内に、レオナルドは王城に戻ることになるだろう。彼が復活を果たした今、ここでやるべき仕事はほとんど残っていないが、できるなら最後まで見届けたかった。


 そもそも、王命を途中で投げ出すようなことはしたくなかった。そんなことをしたら、きっとナイトレイ子爵家に迷惑がかかってしまう。


 星空での会話で、王城に戻ってからもレオナルドが悩んだ時は会いに行くと言ってしまったが、その約束はどうやら叶えられそうにない。それで彼を危険に巻き込んでは、元も子もないからだ。


(だからせめて、お役目を最後まで)


 リズベットは、黒の瞳をしっかりと見据える。グレイもグレイで、ジトリとした視線でこちらを見つめていた。


 しばらく睨み合いが続いたが、先に折れたのはグレイの方だった。彼は諦めたように深い溜息をつく。


「ハァー。わかった。わかったよ。お前がこの仕事を終えるまでな」

「ありがとう、グレイ」


 リズベットが顔をくしゃりと崩して笑うと、グレイは釣られて苦笑した。


「ったく、お前……俺がお前のわがままに弱いのわかって言ってんだろ」

「へへ……」


 グレイは意地悪なときもあるが、基本的にリズベットに甘い。ツンツンしているように見えて、実はとても優しいお兄ちゃんなのだ。そんなグレイが、リズベットは大好きだった。血の繋がりはないけれど、血よりも強い絆で繋がっている家族だと思っている。


「というわけだ、王子殿下。あと少しの間、こいつのこと頼む」

「ああ。もちろんだ」


 グレイはレオナルドと少しだけ言葉を交わすと、リズベットの頭をポンポンと撫でた。


「もしまた刺客が来たら俺が倒しとくから、お前は何も気にせず生活してろ。よく寝て、さっさと元気になれ」

「ありがとう。グレイは大丈夫? すごく疲れてるように見える」

「あ? 見間違いだろ。すげえ元気」


 彼はそう言うが、明らかに普段より顔色が悪い。いつも姿が見えない分、裏で何か無茶をしていないか心配になる。


「……無理しないでね」

「おー。心配すんな」


 グレイはいつもの調子でそう言うと、窓に向かって歩いていく。月明かりに照らされた彼は、まるでそこだけポッカリと影で切り抜かれたように黒かった。


 去ろうとする彼の背中を、レオナルドが呼び止める。


「待て。お前にはまだ聞きたいことがある」

「悪いが、俺にはあんたに話すことは何も無い」


 グレイは振り向きすらせずそう答えると、窓の外へ消えていった。


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