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17.越えてはいけない一線


「それで、グレイってばひどいんですよ? 私の縁談をことごとく潰して! おかげで、この歳になってもまだ婚約者すらいたことがないんです」


 部屋に戻った後は、お茶を飲みながら二人で歓談を楽しんでいた。


 他愛もない会話を、ひたすら続けていく。今は少しでも過去の記憶から遠ざけるような話をしたほうがいいだろう。この後レオナルドが眠る時、悪夢を見なくて済むように。


 それからしばらく経った頃、彼が話を切り上げた。


「ありがとう。もう大丈夫だ。リズももう休め」


(あ、気を遣われている)


 なんとなくだがそう感じた。彼の目はまだしっかりと開かれており、とてもこれから眠れるようには見えない。


「まだ眠くないでしょう、レオ様」

「横になっていれば、そのうち眠れる」


 彼はそう言うが、このまま一人にして大丈夫だろうか。一人になったら、また色々と考えてしまわないだろうか。


「一人で眠れない夜って、とっても長く感じますよね。早く日が昇ってほしいのに、なかなか朝にならないから、不安で、つらくて、心細い」


 リズベットも昔、頻繁に悪夢を見ていた時期があった。家族が殺されて間もない頃のことだ。その頃は一人で眠るのが怖くて、よくグレイに隣りにいてもらった。


 そういう経験もあり、今のレオナルドを一人にするのは心配だった。


 こういう夜は、なるべく一人にならないほうがいい。


(とは言え、レオ様を眠らせるにはどうすればいいかしら……睡眠薬は最近多用気味で、できれば避けたいし……うーん……)


「あ、いいことを思いつきました! ちょっと待っていてください! すぐ戻ります!」


 そう言うと、リズベットは急いで自室に行き、ある物を取って部屋に戻った。それをレオナルドに見せると、彼は不思議そうに首を傾げる。


「本?」

「これ、すっごくつまらない小説なんです。頭が冴えて眠れない時によく読むんですが、今から私がこれを朗読するので、眠たくなったらそのまま寝てください」


 リズベットはレオナルドを寝台に寝かせると、すぐそばに椅子を持ってきて座った。

 

「あ、私の手、握りますか? 人の体温があると、きっと安心できます」


 そう言ってスッと片手を差し出すと、レオナルドは堪えきれなくなったように笑い出した。


「フッ。ククッ」

「どうかしましたか?」

「いや、まるで子どもの寝かしつけのようだなと思ってな」


 その言葉で、リズベットはハッとした。全て良かれと思ってのことだったが、よくよく考えると確かに幼子(おさなご)相手にするような事かもしれない。


「す、すみません。そんなつもりは」

「いいんだ。ありがとう。お言葉に甘えることにするよ」


 レオナルドはそう言うと、そっとこちらの手を握ってきた。彼の手は冷たく、ひんやりとしている。


 リズベットはそんな手を握り返しながら、静かな声で朗読を始めた。


 読み進めるにつれ、あまりの退屈さにリズベットにも睡魔が訪れる。せめて彼が眠れるまではと頑張って意識を保っていると、程なくして規則正しい呼吸音が聞こえてきた。


 ふと隣を見ると、レオナルドは穏やかな表情で静かに眠っていた。


(手……いま離したら起きちゃうわよね……)


 彼はまだ寝入ったばかりで、眠りの妨げになるようなことはしたくなかった。


 とはいえ、リズベットの眠気も限界に来ている。どうしようかしばし悩んだ後、手を繋いだまま椅子から下りて床に座り、寝台に寄りかかった。


 彼の眠りが深くなるまで、もう少しここにいよう。そう思い、リズベットはなんとなくレオナルドの顔に視線を向ける。


(まつ毛、すごく長い。お人形みたい)


 その整った顔を見つめながら、リズベットは気づけば意識を失っていた。



* * *



 その後、リズベットが目を覚ましたのは、夜が明ける頃だった。


「ん……」


(しまった。あのまま寝てしまったわ)


 まだ眠くてまぶたが開けられない。しかし、このままだと風邪を引いてしまいそうだ。早く自分の部屋に戻って、ちゃんと上掛けを被って寝ないといけない。


(ん……温かい……?)


 自分は今、寝台にもたれかかって眠っているはずだ。それなのに、妙に温かい。


(そもそも、私、横になってない?)


 流石におかしいと思い、寝ぼけ眼を無理やり開くと、目の前にはレオナルドの美しく整った顔があった。


「ひやあぁあっ!」


 リズベットは驚きすぎて、悲鳴を上げながら後退りした。危うく寝台から転げ落ちるところだったが、何とかギリギリのところで留まる。


「……リズ、起きたのか?」


 リズベットの大声に、レオナルドも流石に起きてしまったようだ。

 

「すみません、すみません。私、寝台の脇で眠ってしまって、でも気づいたら、レオ様の寝台に入り込んでいて……」


 リズベットは混乱するあまり、うまく言葉が出てこなかった。無意識とはいえ、第一王子の寝台に潜り込むなんて粗相にも程がある。恥ずかしすぎて、もはや今すぐにでも罰して欲しかった。


 すると、レオナルドがあっけらかんとした様子で言う。


「ああ、これは俺のせいだ。リズが風邪を引いてしまいそうだったから、勝手に引き入れてしまった。すまない」

「そうだったんですね……ええと、ありがとう、ございます」


 反射的に礼を言うも、リズベットはすぐに思い直した。今のこの状況は、明らかに良くない。


「いえ、そうではなく……! すみません、今すぐ出ていきますので……!!」


 そう言って寝台から下りようとしたところ、レオナルドに手首を掴まれてしまった。振り向くと、彼の青い瞳がじっとこちらを見つめている。


「……できればもう少し、ここにいてくれないか? 君がそばにいると、不思議と悪夢を見なかった」


 甘えるような声音だった。


 自分の心の安寧か、患者の安眠か。


 最近レオナルドが十分な睡眠を取れていないことを考えると、後者を優先せざるを得なかった。


「わ、わかりました。そういうことなら……」

「ありがとう」


 レオナルドは礼を言うと、掴んだままだったリズベットの手首を優しく引っ張った。そしてそのまま彼の腕に抱きしめられ、視界が彼の胸で覆われる。一瞬しか見えなかったが、彼は幸せそうに目を細めていた気がした。


「え、あの、これは」


(一緒に寝る必要はないのでは!?)


 ここにいてくれとは言われたが、それは「近くにいてくれ」という意味だと思っていた。だから、まさか抱き枕にされるとは考えもしなかったのだ。


 リズベットが再び混乱していると、頭の上から安心しきった声が降ってくる。


「おやすみ、リズ」


 レオナルドはそう言うと、またすぐに眠ってしまった。


(何この状況!?)


 彼は一体どういうつもりなのだろうか。いくら婚約者がいないとはいえ、これは流石にまずいだろう。気に入ってくれているとは思っていたが、この扱いは一体どういう意味を持つのだろうか。


(ペットみたいな? まさか、女として好きになったとか……いや、ないない。あったら困る)


 リズベットは身を潜めて生きなければならない。それなのに王子の寵愛を受けようものなら、嫌でも注目を浴びてしまう。そうなれば、また刺客に狙われるかもしれない。自分のせいで、また誰かが殺されるかもしれない。


 だから、彼と何かあっては困るのだ。


 そんなことを考えつつも、彼の体温に包まれたリズベットは、心臓が高鳴って仕方がなかった。


(ドキドキ、止まってよ……!)


 目をぎゅっと閉じると、レオナルドの呼吸や心音を感じ、余計に彼の存在を意識してしまった。目を開けても彼の胸が目に入ってきて、それはそれで心臓に悪い。


(好きになっちゃいけないのよ。この人だけは……!)


 しかしリズベットは、何か取り返しのつかない一線を踏み越えてしまったような気がしてならなかった。


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