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11.本当の家族


 リズベットは元々、エインズリー侯爵家という名の知れた名家の長女だった。


 優しい両親に、可愛い弟と妹。そして、グレイがいた。グレイはリズベットが生まれた時には既に家にいて、どうやら両親が拾ってきた子のようだった。


 あの事件が起きるまでは、とても幸せだったんだと思う。あまりにも昔のことでよく思い出せないが、おぼろげに「幸せだった」という感覚だけが、リズベットの中に残っている。


 事件が起きたのは、リズベットがまだ五歳の時だった。


 深夜、皆が寝静まっている時間に顔を隠した男たちが屋敷に入ってきて、家族や使用人たちを次々に殺していった。


 男たちは明らかにリズベットを狙っている様子だったが、なぜ狙われたのかは今でもよくわからない。


 そして、男たちに斬られて血まみれになった両親は、命絶える直前、グレイにリズベットを託し、二人を逃がした。


 その後、グレイはリズベットを連れて、両親の知人だったナイトレイ子爵の元に逃げ込んだのだ。


 突然転がり込んできたにも関わらず、ナイトレイ子爵家の人々はとても良くしてくれた。義両親は、実の子のように愛してくれたし、義兄や義姉は、本当の妹のように可愛がってくれた。皆、リズベットに家族の愛情を惜しげもなく注いでくれたのだ。


 そのおかげで、リズベットは心を歪ませることなく、まっすぐに育つことができた。ナイトレイ家には、感謝してもしきれない。


 その恩を返すために、リズベットは医師になり、ナイトレイ家が経営する病院で働いているのだ。


 一家を襲った男たちの目的がリズベットの命だったこともあり、自分がエインズリー侯爵家の生き残りであることはひた隠しにしている。このことを知っているのは、グレイと義父だけだ。


 事件当時の記憶は曖昧で、思い出せない部分も多い。


 しかし、真っ赤に燃える屋敷と、自分を背負ってナイトレイ子爵家まで夜通し歩いてくれたグレイの背中だけは、よく覚えている。


 あの日からグレイは、リズベットのことをずっと守ってくれているのだ。


「私の命を狙ってくる人間なんて、あの事件以来ひとりもいなかったんじゃない? 私、危険な目に遭った覚えないもの」


 エインズリー侯爵家惨殺事件においては、リズベットとグレイは「死亡」ではなく「行方不明」として処理されている。そのため当時は、男たちが躍起になって自分を探していて、いつか殺しに来るのではないかと怯えた日々を過ごしていた。


 しかし正体を隠して生きてきたおかげか、結局あの事件以来、危険な目に遭うようなことは一度もなかった。あったとしても、無関係なチンピラに絡まれたことがあるくらいだ。


 だからリズベットは、男たちもとっくに諦めたのだろうと思っていたのだ。


 するとグレイは、相変わらず本を読みながら言葉を返してくる。


「いや? いっぱいいたよ? そりゃもう、たーくさん。俺、裏でめちゃくちゃ仕事してる」

「嘘!?」

「嘘」

「…………」


 リズベットは無言でグレイに近づくと、寝そべっている彼の腹の上に、思いっきり体重をかけて座ってやった。


「うぐっ! ごめん、ごめんて。いいから下りろ」


 リズベットはグレイから下りずに、そのまま彼を見下ろして睨みつけた。


「真面目に話してるの! グレイには私に縛られて欲しくない。自由に生きて欲しいの。やりたいことがあればそっちを優先して欲しいし、なりたいものがあれば全力で応援したい。好きな子ができたら結婚だって――」


 そこまで言ったところで、リズベットの口はグレイの手によって塞がれた。彼はそこでようやく本を脇に置き、真面目な顔をこちらに向けてくる。


「別にお前に縛られてるわけじゃない。お前の護衛は、俺が好きでやってるだけだ。俺を拾ってくれたお前の両親への恩返しがしたいというのもある。だから、お前にとやかく言われるようなことじゃない」


 そうまで言われると、リズベットも何も言い返せなくなってしまった。


 グレイはリズベットの両親――エインズリー侯爵夫妻に多大なる恩を感じている。そして、その恩人を助けられなかった強い後悔を抱えているのだ。


 恩人に託された娘を守るという形で、彼は償いをしているのかもしれない。


 グレイはリズベットの口元から手をどけると、先ほどまでの真面目さから一転して、からかうように笑いかけてきた。


「あとお前、太ったろ? いくらあの屋敷での料理がうまかったからって、食べ過ぎは……いでえっ!」


 リズベットはグレイが最後まで言い終わる前に彼の腹の上から立ち上がり、彼の頭をバシバシと叩いた。


「痛っ! おま、やめろ!」

「普通、女性にそういうこと言う!? ほんと信じらんない!」

「お前、力加減……!」


 ひとしきり殴り終わって満足したリズベットは、グレイを寝台から引きずり落とし、代わりに自分が寝台に入った。


「もう寝るから。おやすみ」

「おー」


 グレイは床からむくりと起き上がると、読んでいた本を律儀に本棚に戻しつつ、独り言のように言った。


「でもそうだな。俺が託していいと思える奴が現れたら、お前の護衛を引退してもいいかな。例えば、あの王子殿下とか」

「またレオナルド殿下の話? ないない。クビになった身だし、もう関わることもないでしょ」


 それに、王族と噂になれば絶対に目立つ。そうなれば、これまで身を潜めて生きてきたのが台無しだ。自分自身はもちろん、ナイトレイ子爵家にも危険が及ぶかもしれない。


(グレイだってそんなことわかってるでしょうに、どうしてそんなこと言うのかしら)


 リズベットがグレイに視線を向けると、彼は振り返りざまにニヤリと笑った。


「それはどうだろうなあ。明日あたり、ひょっこり迎えに来るかもよ」


 そしてグレイは、「おやすみ」と言って闇の中に消えていった。


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