めでたしめでたし??
とりあえず、これで一度完結です!
「アレス様って、やる時はやる男なんですねえ」
カイザが感心したように言いながら、カップに珈琲を入れた。この領地で最近飲まれ出したものらしく、色々な飲み方をしてみようと今日はテーブルに並べてある。カイザはまずアレスティードにブラックで入れたものを渡し、サイーシャにはミルクと砂糖で甘くしたものを渡した。
この別荘に来てから二日が経っていた。到着した日、二人はあの後も色々と話し合った。結局その夜はアレスティードがソファで寝ることにしたのだった。
サイーシャは随分と恐縮したが、「同じベッドで寝たら、俺は冷静でいられる自信がないが、それでもいいのか」と脅しめいたことをアレスティードが言い出して、そういう結果になった。
サイーシャは、初めて向けられた異性からの好意にどう振る舞っていいかわからずその日も翌日も終始あたふたしていた。その様子を見た時、もはや遠慮が無くなったアレスティードはサイーシャをかわいいと思うとすぐに抱きしめてしまって余計にサイーシャを混乱させた。
アレスティードはゆっくりと珈琲の香りを楽しんでから飲んだ。苦いがその中にコクがあるように感じる。
「どういう意味だ、カイザ。俺はいつでもやる男だ」
「え、もう失恋してるってあんなに膝に頭をんんん」
ぐいぐいと口のあたりをアレスティードに押されてカイザが慌てふためく。サイーシャはその様子を見て明るく笑った。横で侍女のナタリアも微笑んでいる。
「‥サシャ、昨日父上に出しておいた手紙の返事がさっき届いた。視察に同行しても構わないそうだ。俺も一緒に行きたいが構わないか?」
「はい、勿論です!ありがとうございます、アレス様」
顔を輝かせるサイーシャを、アレスティードは満足そうに見つめた。普通に話せるようになったし、自分の気持ちをしっかり伝えることができた。とりあえず一年後に離縁、という話は考え直してもらえている。
‥ただ。
「アレス様、いろいろ勉強しておかないと旦那様に奥様を取られちゃいますからねえ」
「うるさいぞカイザ」
少し心の中で不安に思っていたことを指摘され、アレスティードは不機嫌に応えた。
昨日はアレスティードとサイーシャの二人でじっくり話し合った。湖のそばでお茶をしながらゆっくりと話すことができた。
サイーシャは、生まれて初めて異性を意識した、と正直に言った。だからこそ、どうアレスティードと向き合っていいかわからない、自分は脅しをかけるような卑怯な人間だから、と。
それに対してアレスティードはにやりと笑って言った。
「俺も、そのサシャの負い目を利用しようとしてるんだから卑怯だな。どっちも卑怯でいいじゃないか」
サイーシャはそう言われて、初めてアレスティードの事をきちんと見てみよう、と思えるようになったのだった。
そしてアレスティードは父、フォンティールに手紙を書いた。この結婚に至るまでの経緯も全て隠さずに打ち明けたのだ。その返事が先ほど来たものだった。
フォンティールは、アレスティードが社交をかなり苦手にしていることは知っていたがそこまで悩み、毒づくことでストレスを解消しているなどということは知らなかったらしく、気づかずにいたことを詫びていた。だがそのおかげでサイーシャと会えたのだからよかったのではないか、という指摘も入っていた。またサイーシャに領政や経営、投資について教えることも承知してくれた。このままサイーシャが次期公爵夫人として過ごすのであれば、その勉強はきっと役に立つ、とも言ってくれたのだ。
その言葉をそのまま伝えれば、サイーシャは少し涙を滲ませて喜んだ。
「こんな、酷い経緯で結婚を迫った女ですのに‥アレス様もお義父様もお優しすぎます‥」
アレスティードはさりげなくサイーシャの横に座り、その肩を抱いた。
「それは、サシャが素敵な女性だからそうしたいと思わせてくれるんだ。だからそれはサシャの魅力だよ」
サイーシャはまた少し顔を赤くした。異性からのこのような身体的接触や賛辞に慣れていないのだ。少しもぞもぞと身体を動かしながら呟いた。
「‥‥あの、アレス様、あんまり、近づかれますと、その、恥ずかしいので‥」
そう小さく言うサイーシャを、愛おしそうに見つめながらアレスティードはしぶしぶ少し離れた。
昨日話し合ったことについては、思い切りがよくなったアレスティードの行動についても言及された。もう恥も照れもぶち捨てたアレスティードは、サイーシャへの気持ちがガン走り状態だ。いつでもその顔を見ていたいし、出来ればいつでも触れたりずっと抱きしめていたい。だが、異性からのそのような接触に慣れないサイーシャから、そういう接触はもう少し待ってくれと言われたのだ。
「もう少し私の心が落ち着いたら、あの、大丈夫になるか、と思いますので‥」
そう言いながら顔を真っ赤にしてうつむいてしまったサイーシャがかわいくて、アレスティードはそのままキスしたいくらいの気持ちだったが、ぐっと我慢した。
サイーシャがそのように言ってくれたことや、そう言ってくれた時の態度から見て、全く自分に脈がないわけではない、とアレスティードは思っていた。これからたくさん色々な話をして、サイーシャの好きな男性像を探るつもりだ。そしてできるだけそこに近づきたい。
そして、いつの日か、本当の意味で夫婦になって‥同じ寝室で一緒に眠りたい。
自分から少し離れて、甘い珈琲を飲むサイーシャをアレスティードは優しい目で見つめていた。
サイーシャは見られているのを感じながら、もぞもぞ珈琲を飲んだ。甘くて苦い、その味は今の自分の状況を表しているかのようだ。
甘く自分を「サシャ」と呼び、熱い目で自分を見つめてくるアレスティードを異性として意識しないことはもうできない。きっと自分は、このアレスティードの熱に押されてしまうだろうとサイーシャは思った。もともと面白い令息だとは思っていたし、結婚式の打ち合わせのあれこれではその直截な物言いも気に入っていた。
それにアレスティードは、サイーシャが興味があることを馬鹿にしたりせず、耳を傾けてくれる。自分に興味がないことでもサイーシャが話せばきちんと聞いてくれるのだ。サイーシャはそんなアレスティードを見て、自分自身こそ興味がなかったことに対して無関心だったのではないか、そういうところが兄は嫌だったのではないかと思い当たった。
アレスティードと一緒にいると、色々な事に気づかされる。人と関わることの大切さを、アレスティードから教えてもらえたとサイ―シャは思った。
経営や投資が好きでそういう勉強ばかりしてきた。女性にそんなものはあまり必要ないと言われれば余計に意地になって打ち込んだ。
だが、そんな自分は他の人の考えや意見を尊重していなかったのではないか。自分自身が嫌だった「偏見」や「先入観」を持っていたのではないかと思ったのだ。
素直でサイーシャに対しては自分を偽ることなく好意を伝えてくれるアレスティードは、そういうことを考えさせてくれる青年だった。
ナタリアはそんな主人を微笑ましく見ていた。やはりアレスティードはサイーシャの事が好きだったのだ、とわかって安堵していた。どんな経緯で結婚したかはともかく、ナタリアはサイーシャに「好きな人」を作って幸せになってほしかった。姉に比べて容姿に恵まれていないと思い込んでいたサイーシャは、幼少時から女性としての幸せを諦めているように見えていたのだ。
今、このように甘く呼びかけられ顔を赤らめている主人を見ることができて、ナタリアは心からよかったと思えたし、この様子であれば二人が本当の意味で夫婦となるのもそう遠い未来ではないなと思い安心していた。
「とにかく、経緯はどうあれお二人が幸せになれそうな未来が見えてほっとしていますよ。奥様も素敵ですから、きっといいご夫婦になられると思いますし。アレス様をお見捨てにならないであげてください」
カイザはのんびりとそうサイーシャに言った。
湖の方から気持ちのいい風が居室に吹き込んでくる。こんなに落ち着いてサイーシャとの時間を過ごせるとは思っていなかった。カイザの言う通りなのが癪ではあるが、やはり自分の気持ちというのは素直に言ってみた方がいいのだな、とアレスティードは思った。
隣に座ってカップを手にしているサイーシャを見つめる。父に負けないよう、自分も勉強をしよう。サイーシャに教えてもらうのもいいかもしれない。
そうやって、少しずつ本当の夫婦になっていければいい。
アレスティードはそう考えて、またそうっとサイーシャの肩を抱き寄せる。
びく、と驚いてこちらを向いたサイーシャの頬にそっと口づけた。
サイーシャはぼん、と音がしたかのように顔じゅうを真っ赤にした。
「なな、アレ、アレス、様、何を」
「すまない、サシャ。我慢ができなかった」
アレスティードはそう言って悪戯っぽく笑った。サイーシャは耳まで真っ赤になった顔でこちらを睨んできた。
「アレス様、私は、こういうことは、もう少し待ってくださいと申し上げたでしょう!‥もう、安心できません、今日はナタリアと一緒に本邸の方にお邪魔させていただきます!」
あまりの恥ずかしさときまり悪さに、そう言い放つとサイーシャはすぐに立ち上がり、ナタリアとともに居室を出て行ってしまった。
茫然と見送ったアレスティードに、カイザはため息をつきながら言った。
「アレス様‥調子に乗りすぎです。ほら、早く謝った方がいいですよ」
カイザに言われて、慌ててサイーシャの後を追いかけていく。
二人が本当の夫婦になる日は、もう少し先になりそうだ。
お読みいただきありがとうございました。
とりあえずこれで一度完結です。ひょっとしたら二人のその後、エピローグ的なものを上げるかもしれませんが完結マークをつけておきます。
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