告白??
「知っている」
アレスティードは、勢いのままもう一度サイーシャに近づいて抱きしめた。もう、照れも恥ずかしさもどこかへ飛んで行ってしまった。
この女性を自分のそばに留め置きたい。出来れば、自分自身を見てほしい。その気持ちでいっぱいだった。
「‥サシャが、俺の父の事を好きなのは知っている‥。だが、一緒に暮らして俺の事も見て、もらえれば、と思っている。‥どうしても、父上の事を諦めきれないというのなら‥その時は、考える」
父親への思いを口にしたサイーシャを見るのは辛かった。だが、サイーシャが自分のもとから去ってしまう未来を考えればよりつらかった。
離すまい、とぎゅうぎゅう抱きしめるアレスティードの背中を、サイーシャは思わずとんとん叩いた。
「あ、アレス様!何か勘違いしてらっしゃいます、ちょっとお顔を見せてくださいませ!」
言われて素直にアレスティードは腕を解いた。サイーシャは顔を紅潮させ、目を見開いてアレスティードを見つめている。
「アレス様、私がフォンティール様を、お慕いしている、と思ってらっしゃったんですか?!」
「‥‥違うのか‥?」
「違います!!」
今やサイーシャの顔は真っ赤になっていた。父と一緒にいた時の顔だ、とアレスティードはぼんやり考えた。‥そしてようやくサイーシャの言葉の内容が頭の中に入って来た。
「‥違う?え、父上の事が好きなのではないのか?!」
「違います!‥もう、どうしてそんな勘違いをなされたのか‥」
赤くなった顔を両手で挟んでおろおろしているサイーシャのその手を、アレスティードは上から挟んだ。
「‥話を、聞かせてもらえるだろうか?」
恥ずかしいのでおやめください、というサイーシャの言葉とともに二人はとりあえず長椅子に腰かけた。ローランが入れておいてくれたお茶をぐいっと令嬢らしくなく飲み干してサイーシャは言った。
「私、領地経営や投資活動にとても興味があって、本当はそういうことに関わる仕事がしたかったんです」
今までのサイーシャの話を聞いていれば納得できる内容だった。アレスティードは黙って話を聞いた。
「アレス様はご存じないかもしれませんが、フォンティール様の領地経営や投資活動のご活躍はものすごいんです。私も、やられた、と思った投資が何回もありました。そして商業活動がそこまで活発でなかったここ、カラエン領の領都で、この十年の間に素晴らしい発展をさせた。その手腕や目の付け所が独特で私はそれにとても憧れました」
父が、かなりの才覚をもって領地を発展させ、また投資が狙ったところにピタリとはまり多くの利益をもたらしていることは知っていたが、サイーシャにここまで言わせるものだったのだ、というのは今、話を聞いて初めて実感したことだった。
サイーシャは続ける。
「ですが、私は女の身、上に嫡子の兄もおりますし、嫁いでも婚家でそのような活動はさせてもらえないだろうと思っていました。兄が領地経営に関わるまでは、私の意見を父も聞いてくれて多少は活動できていたのですけれど‥」
サイーシャはうつむいた。唇がわずかに震えているのが見える。
「‥兄は、私が投資をして成功することをとても嫌いました。‥女のくせに出しゃばるな、大して見かけもよくないくせに生意気な女など、嫁ぎ先もなくなる、と‥」
アレスティードはカッと身体が熱くなるのを感じた。サイーシャが、あの家の中でそのような酷い言葉をかけられているとは知らなかった。てっきり理想の家族のようなあの家で、幸せに育ってきたものだとばかり思っていたのだ。
義理の兄となった人物は、実際にあったのは結婚式の時のみで、その時も笑顔はなく通り一遍な社交辞令を交わしただけだったように記憶している。
眉を寄せたアレスティードの顔を見て、サイーシャはくすりと笑った。
「兄は、アレス様にも失礼でしたわよね‥申し訳ありません。私のような女が兄よりも爵位が上の貴族に嫁いだことが気に入らなかったんだろうと思います。‥でも、兄は悪い人ではありません。‥同じ時期にした投資で、兄は大失敗してしまったとき、たまたま私がうまくいって‥それが兄のプライドを大きく傷つけてしまったんだと思います」
「‥だからと言ってサシャを傷つけていいわけではない筈だ」
そういうアレスティードにサイーシャは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます‥。この旅に来て、アレス様に救われてばかりですわ」
「‥少しは嫌いなタイプから脱することができだろうか・・?」
少し仏頂面でそういうアレスティードに、今度こそサイーシャは朗らかに大きな声で笑った。その声を聞いて、アレスティードはまた嬉しくなった。
「アレス様、よく覚えてらっしゃいますわね!‥その節は失礼なことを申し上げてすみませんでした」
目元を指で押さえて、サイーシャは話を続けた。
「アレス様と同じく、私も社交は苦手です。でも、どうしても行かねばならない時もあって。そんな時、アレス様と同じようにあまり人の来ない庭の隅で一時避難していたんです」
「何だ、お仲間だったのか」
そう言ってアレスティードも笑った。
「そこで、アレス様の毒舌を初めて聞いたんですの。初めて聞いた時にはもう、可笑しくって!あんなに貴公子然となさってらっしゃるのに、お腹の中でこんなことを考えてらしたんだわ、と思って‥申し訳ないんですが‥お腹がよじれるほど笑いました」
「‥サシャが、楽しかったならよかった、です‥」
まさか複数回、自分のあの罵詈雑言を聞かれていたとも思わずアレスティードは思わぬことを口走っていた。
サイーシャはそんなアレスティードを見つめて微笑んだ。
「‥その時、思ったんです。この方を脅して結婚してもらえれば、あのフォンティール様に近づける。投資や経営の色々を身近で見て学ぶことができるって」
アレスティードは、ここで初めて「憧れていた」の意味を理解した。‥本当に恋愛的なものではなかったのだ。そう理解できてアレスティードは心の底から安堵した。‥正直あの父相手では随分自分は分が悪いと思っていたのだった。
「二年か三年、フォンティール様のそばで勉強させていただいて、その間に何とか資金を増やして離縁していただければ、自分一人でも生きていけるのでは、と‥自分勝手なことを考えてしまいました。‥あの時、兄が私の縁談を進めようとしていたところだったので、その焦りもありました」
アレスティードはサイーシャの話を聞いて全てが納得いった。そして、意外に自分にとっては悪い結果になっていないのではないか、と思った。
「サシャ、」
アレスティードは席を立ち、サイーシャの隣のソファに腰かけた。既に自分の気持ちも何もかも吐露してしまったアレスティードには、もはや迷いも照れもなかった。
「俺も、最初はとんでもない女に弱みを握られたと思っていた。‥だが、これは運命の出会いだったのかもしれないと思う。俺は、女性に対して好意を持ったことがなかった。女性はみな、俺の見た目や家柄だけを見て値踏みをしているように感じていたからだ。‥だが、サシャは、いつも自分自身の未来を見つめていたんだな。だから、そんなサシャと触れあっているうちに俺は自然にサシャに惹かれていったんだ」
アレスティードはそっとサイーシャの手を握った。そしてその目を見た。
サイーシャはその手の大きさから、アレスティードが同じ年の立派な青年であることに思い至り、急に恥ずかしくなった。その手をそっと引こうとしたがアレスティードは離さなかった。
「サシャ。俺は多分初めて、あなたに恋をした。サシャが好きだ。出来ればずっと俺の妻でいてほしい。父上に投資の勉強をさせてもらえるよう、俺からも頼む、このカラエン家のためにサシャの力を使ってもらいたい。‥俺の申し出に不安があるなら今すぐ書状にしたためる」
そう言ってテーブルにあったレターセットに手を伸ばす。サイーシャは慌ててその手を掴んだ。
「アレス様、お優しすぎます!私はあなたを脅して結婚した女なんですよ?そんな者のいう事なんて聞く必要ないんです」
「俺は、そうしたいんだ、サシャ」
サイーシャは頭がくらくらしてきた。こんなに甘く、自分の愛称を呼ばれたことなんかない。横で熱く自分を見つめるアレスティードの顔は整っていて美しかった。今さらながらにそう思ったサイーシャは、婚約が決まった時、随分色々な令嬢に心無いことを言われたのを思い出した。
(あなたのような見苦しい方が、あのお美しいアレスティード様の横に立つなんて、随分おこがましいですわね)
(どんな酷い手段を使ってアレスティード様に婚約を迫ったんですの?)
まあ、かなりひどい手段を使ったのには違いないが、とサイーシャは考えていた。そのサイーシャの手をぎゅっとアレスティードは握りしめた。
「サシャ、いま別のことなんか考えないでくれ。‥俺とのこと、考えてくれないか?」
サイーシャは握られた手からじわじわと熱が広がるのを感じた。実はサイーシャもアレスティードと同じく、今まで恋というものをしたことがなかったのだ。
「サシャ」
そんなふうに名前を呼ばないでほしい。何だか恥ずかしくてどこを見ればいいのかわからない。顔を赤くしたまま黙り込んでしまったサイーシャの顔を、アレスティードは覗き込むようにした。
「サシャ、答えを聞かせてくれ」
「あ、あの、えーと、アレス様、はこんな酷い女でも、よろしいんですか‥?」
「サシャがいいんだ」
アレスティードはそう言って微笑む。ここにカイザがいたらびっくり仰天して拍手喝采をしていたに違いない。さすが公爵家嫡子だけあって、一度行動に出てしまえばアレスティードには迷いがなかった。
今やサイーシャの方がどぎまぎしていた。アレス様ってこんな人だったかしら、と思いつつもどう返事していいかわからない。しどろもどろに言葉を絞り出す。
「あの‥何だか私の勝手ばかり、聞いていただいてる気がするんですけど‥私にとっていいことばかりで、アレス様にはあまり得がないような気がします」
「サシャがいてくれたら、俺は嬉しいから得だよ」
アレスティードはそう言って笑った。
サイーシャはぶわっとまた顔に熱が集まったのを感じた。
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