どこでまちがったのか
どうして、なんで、どうして……?
疑問ばかりで頭がいっぱいになる。何が起きているのかわからない。
理解はできている。けれど、考えることを頭が拒否しているようでもあった。
アルバさんが動けないように縄で縛り上げられる。他の護衛の方々も同様に、床に転がされていた。
「クリストファー、私はうまくやったでしょう? これでもういいわよね、もう許してくれるわよね……?」
シルキーさんが男たちの横から顔を出した。
「リーシャ様、ごめんなさい。助けてくれたこと……嬉しかった。でも、ごめんなさい。クリストファーから中から鍵を開けるように脅されていたんです。私、鍵を開けただけ。だから私は、悪くないですよね? ね、リーシャ様!」
許しを乞うように、甘えるようにシルキーさんが言う。
――脅されていた。
だから、シルキーさんは怯えていた。
シルキーさんを襲おうとしていた男たちではなく、クリストファーが怖かったのだ。
「申し訳ありません、リーシャ様。この女を見張っていなくてはいけなかったのに、アシュレイ様を人質に取られてしまって……鍵を、開けろと。全て俺の責任です」
「違うんだ、リーシャ。お水が飲みたいって言われて、他に頼める人がいないって……可哀想だって思ってしまって、僕は、騎士なのに。その女がナイフを持っていたことに気づかなかったんだ。全部僕が悪いんだ……!」
アルバさんとアシュレイ君が、悲痛な声をあげる。
許しを乞うようにクリストファーの前にやってくるシルキーさんを、クリストファーは無言で見据えた。
「もう、役目は果たしたわ。アールグレイス家のお金をくれるのよね? 分け前をくれるって約束したわよね。そうしたらどこにでも行っていいって」
「……お金が目的なの? お願い、アシュレイ君に手を出さないで」
「あぁ。金なら持っていっていい。家にある金目のものは全て渡そう。だから、アシュレイを離してくれ!」
私がクリストファーに頼むと、お兄様はっとしたように目を見開いて、頭をさげた。
「ここにいるのはアールグレイス家の金を奪おうと提案したら、俺に従ったものたちだ。君を奪うのに一人では心許なかったから。子供や家のものたちが無事でいられるかどうかは、リーシャの心がけ次第だよ」
「私の……?」
「あぁ。俺を愛していると言って。俺に従え。抵抗はしない、逃げないと約束をしろ」
「そ、それは、もちろんよ、クリストファー……! あなたが好き! だから一緒に行く! お願い、皆には手を出さないで、お願い、ひどいことをしないで……!」
大嫌いだ。最低だ。怖い。おかしい。
でも、私が従って皆が助かるのなら、いくらでも嘘をつこう。
「金目のものは奪い終わったか?」
「あぁ、おかげさまで。数年は遊んで暮らせるだろうな」
金貨袋や宝石などを男たちは手にしている。
屋敷の中は荒らされて、無惨な有様になっている。
「では、引き上げるぞ。目的は果たした。あまり長居すると夜が明ける。夜が明ければ逃げられない」
「金さえ手に入れば他はどうでもいい。わかった。お前たち、残りの者を縛れ。さっさとやれ!」
アシュレイ君にナイフを当てている男が怒鳴る。
金品を抱えた男たちが、集まり始める。
それから、使用人の方々や護衛の方々を動けないように縛りつけた。
「白狼には手を出すな。飼い主にもな。子供を人質にしているかぎり、手は出せないが、近づけば食い殺されるぞ」
冷静に言いながら、クリストファーは冷たい瞳でシルキーさんを一瞥した。
それから、抱えていた私を床に降ろすと、剣を抜いてその体を首から右腹まで斜めに切り裂いた。
鮮血が迸り、呆気に取られた表情をしたままシルキーさんはその場に崩れ落ちる。
「っ、あ、あ……っ」
言葉にならな悲鳴が喉からあふれる。
どうして、こんな。
どうして。どうして。
「俺を騙したことを、許すと思ったか。身分の高いものは低いものをどう扱ってもいいのだと言ったのはお前だったな、シルキー」
「なんてこと、クリストファー……! どうして、ひどい、こんな、ひどいこと……」
「悪いのはシルキーだよ、リーシャ。この女は俺を騙して、俺を罪人にしたんだ。この女さえいなければ、今頃は君と幸せになることができたのに。全てはこの女のせいだ。これは、断罪。ただの刑罰だ」
クリストファーは悪びれた様子もない。
両手は縛られているけれど、両足は動く。
逃げようとした、私の腕は、簡単にクリストファーに掴まれてしまった。
「リーシャ、これで許してくれるだろう? 俺を騙した女は死んだ。君のために殺したんだ。俺は君を愛している。これで、証明できただろう?」
「……どうしてなの……どうして、こんなこと……!」
疑問しか出てこない。おそろしさに体が震える。
人を殺しても――クリストファーはどうとも思っていないのだろうか。
強引に私を抱き上げると、クリストファーは屋敷から出ていく。
男たちも金品を抱えて、入り口から引き上げていく。
アシュレイ君が私を呼ぶ声が聞こえる。
お兄様がアシュレイ君を抱きしめるのが見えて、私は安堵した。
無事で、よかった。
アルバさんもアシュレイ君も何一つ悪くない。
こんなことになってしまったのは、私のせいなのだから。
私はどうすればよかったのだろう。
どこで間違ってしまったのだろう。
ゼフィラス様に会いたい。きっと助けてくれる。私の英雄なのだから。
だから私は、絶望してはいけない。
アールグレイス家の前には、馬が数頭待機している。クリストファーは私を抱えながら馬に乗ると、どこかに馬を走らせた。