シルキーの疑惑
まともな食事も睡眠も、何もかもが久々だとシルキーさんは言った。
お兄様に事情を説明して、とりあえず一晩我が家で休ませるという話になった。
客室でシルキーさんが眠った後、お兄様は「ずっと家に置いておくわけにもいかない。哀れみは感じるが、彼女は罪人であることは変わりがないのだから」と、私と二人きりになると言った。
「身寄りがない女性が働ける孤児院や修道院がありますね。そちらに引き取ってもらえばいいでしょうか」
「流刑になった者が王都に現れること自体問題ではあるのだけれど……あの様子ではね。再び辺境から抜け出して、略奪されて殺されるのが落ちだろう。特に、若い女性は悲惨なことになるからね」
赤葡萄酒の入ったグラスを傾けながら、お兄様は淡々と言う。
「殿下に話をして、処罰を変えてもらうべきかな。シルキーの話が本当であれば、クリストファーにはシルキーに対する愛情から、家に帰れと言ったのだろうし」
「……でも、お兄様。処罰を言い渡された女性が一人で流刑地から出たら悲惨な目にあうのですよね。家に帰すのは愛情なのでしょうか、本当に」
どんな目にあったかは分からないけれど、怖い思いをしているのだ。
命があるだけよかったと思えるぐらいの何かが、あったのかもしれない。
そうでなくても女性の一人旅など危険なのに、無一文で家から放り出されたような印象さえ受ける。
「リーシャはそう思うのだね」
「はい、お兄様」
「シルキーは嘘をついていると?」
「それは……わかりません。クリストファーが、女性の一人旅が危険であることを考慮していなかった可能性もありますが、愛する女性を危険に晒したりは普通はしないのではないかと」
「君の目から見て、シルキーというのはどういう女性だろうか」
お兄様に問われて、少し考える。
「……学園に入ってから知り合いました。大人しくて、控えめな方という印象でした。男性たちから人気がありましたので、他の女生徒からよく思われずに孤立気味で……クリストファーと浮気をしていましたが、私は気づきませんでした。ミランダ様は薄々勘づいていたようですけれど」
「つまり、嘘はあまり得意ではないのだろうね」
「はい。……あの場で助けたことに後悔はありませんが、よく考えるとなんだか、おかしい気はします。クリストファーを愛しているのなら、家に帰れと言われても一緒にいるものではないでしょうか。行き場がないのなら余計に、クリストファーの元で生きようと思うのではないかなと」
「まぁ、そうだね。リーシャならきっとそうするだろうね」
「……それに、王都には多くの人が暮らしているのに、私の前に現れたのは偶然とは思えません」
「疑わしいという結論になるかな?」
「……信じたいとは思います。怪我をして震えている女性を疑いたくはありません。怖い男性たちに追われていたのは本当です。男性に囲まれる恐ろしさを、私も知っていますので」
私とシルキーさんでは状況は違うけれど。
でも、男性たちに囲まれて乱暴にされそうになるのは、本当に怖いことだ。
「今のところは無害に見えるが、注意をしておこう。リーシャも、あまり深入りしないように。すぐに修道院に送るように明日手配する。殿下に手紙を書いて朝一番で届けるよ。殿下のことだから、すぐに来てくれるだろうしね」
「お忙しいのに、問題を起こしてしまって申し訳ないです」
「仕方ないさ。男に追われている女性に助けを求められて、見ないふりをして立ち去る方が、問題がある。君の行動は正しいと私は思っているよ。リーシャのそういうところを含めて、殿下はリーシャのことが好きなのだろうからね」
「ありがとうございます、お兄様。私も、明日になったらもう少しシルキーさんと話をしてみます」
「あぁ。だが、気をつけて、リーシャ」
「ありがとうございます、お兄様」
私はお兄様に礼をすると、自室に戻った。
シルキーさんは疲れてもう眠っているだろうか。
ゼフィラス様は辺境の流刑地は辺鄙な場所だけれど、二人で努力すれば生きていける程度の場所だと言っていた。
僻地ではあるけれど、荒野ではないし、人も住んでいる。
どうして離れてしまったのだろう。
私だったら、ゼフィラス様の元を離れたりしないのに。
──それは今だからそう思えるだけかもしれない。
怪我をした時、ゼフィラス様にはもう私はふさわしくないのだと考えていたのだから。
疑いたくはないけれど、でもやはり少し奇妙だ。
ともかく明日、シルキーさんにもう少し話を聞いてみよう。
そわそわと落ち着かないような、ふわふわと地に足が着かないような、嫌な感じがする。
私はベッドに入って目を閉じた。もう夜も遅い。今日は何もできない。
演劇はとても楽しくて、ゼフィラス様との婚姻の儀式も戴冠式も、緊張はするけれど喜ばしさでいっぱいだった。
透明な水の入ったコップに、インクが一滴落ちて広がっていくように。
窓を揺らす強い風の音が、不安を掻き立てた。