ミランダ様との観劇
ミランダ様から観劇の誘いをいただいたのは、婚姻の儀式と戴冠式を間近に控えた日のこと。
式典の練習や婚礼着の合わせ、輿入れの準備でめまぐるしく過ぎていく日々の中で、久々に自由な時間を過ごすことになった。
「最近殿下とは会えていますの、リーシャ?」
トットリア家の馬車が我が家まで迎えにきてくれて、着飾ったミランダ様と共に、ミランダ様が手配してくれた劇場の一等席で開演を待つ。
一等席は上階、個室になっている。緞帳の下りている舞台を眼下に見下ろす形だ。オペラグラスや飲み物、軽食などが準備されている。
「時折挨拶をしますけれど、ゆっくりというのは難しいです。ゼフィラス様、お忙しいようですし。私の支度は、男性には見せられなかったりもするものですから」
婚礼の純白のドレスと、その後の晩餐会用のドレス、それから王都の方々の前に姿を見せるときの為のドレス――と、着たり脱いだり、サイズの調節の為に縫い直して脱いだり。
ともかく着たり脱いだりしているので、その間はもちろんゼフィラス様にはお会いできない。
気づけば数日会えていないということも多く、少しの寂しさを感じていた。
ゼフィラス様はお会いする方もお話しをする方も多い。
即位と婚姻ともなれば良好な関係にある他国の王族の方々も呼ぶ。
お手紙を書いたり贈り物をしたり――ゼフィラス様が直接行うわけではないのだけれど、確認や指示などもあるから、なんせ多忙なのだ。
「まぁ、そうですわね。婚姻の準備というのはなんだかとても忙しないものです。私も、ゲイルの元に嫁入りするだけだというのに、すごく支度が多くて。荷物の多さに辟易しておりますのよ」
「トットリア家からの嫁入りですから、大変そうですね」
「ええ。リーシャと殿下の婚礼が終わったらということになっておりますの。重なると大変ですからね」
「……もしかして、私、色んな方々に迷惑をかけていますか?」
「そんなことはありませんわ。王太子殿下の結婚とはそれだけ大切なことなのです。私もリーシャではなく、今後はリーシャ様と呼ぶべきですわね」
「ミランダ様、それは……その、困ります。困るというか、寂しいというか……」
「ふふ……では、個人的な場ではこれからもリーシャと。ゲイルに会いに行くついでにあなたにも会いに行ってさしあげますわね。城の中では知り合いも少なく、不安でしょうからね」
「ありがとうございます」
やがて劇がはじまった。
ミランダ様が誘ってくれた劇は、私とゼフィラス様を題材にしたものだ。
女優の演じる私は終始ずっと勇敢で、仮面の騎士ゼス様と共にセイレーンを倒してクラーケンを倒した。
けれど男運が悪く、婚約者に捨てられてしまう。
婚礼着を抱いて泣く私に、ゼス様が手を差し伸べる。
仮面とマントを外すとそれは王太子殿下ゼフィラス様で、私たちは愛し合い――神殿地下に封じられたアルマニュクスを討伐する。
おおよそ、今まであったできごとでそう間違ってはいない。
けれど、私はここまで勇敢でもないし強くもない。かなり誇張されているので、見ていて恥ずかしくなってしまう。
ゼフィラス様が英雄というのはその通りだろうけれど――。
演劇が終わり、役者の方々が舞台上に挨拶に現れる。
拍手が会場を包み込んで、私はなんともいえない気恥ずかしさを感じていた。
題材は私とゼフィラス様でも、舞台に映えるように物語としてつくりなおされている。
それはわかるのだけれど、やっぱり恥ずかしい。
だって、名前もそのままなのだ。私はリーシャで、ゼフィラス様はゼフィラス様。
こういった劇では現実を元にする場合、名前や立場を変えたりするものだけれど、今回はそのままだった。
さすがに、ベルガモルト公爵家に遠慮してか、公爵家の名前もクリストファーの名前も出ていなかった。
けれど、事情を知る人たちが見ればすぐにわかるものだ。
「ふふ、いつ見てもいいですわね。リーシャの相談役、私です。私が演劇に出ていますわよ、ふふ……」
私は恥ずかしがっていたけれど、ミランダ様は上機嫌だった。
恥ずかしがっている私を見て「リーシャ、照れていますの? 喜ぶべき所ですわよ、ここは」と言っていた。