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クリストファーとシルキー


 クリストファーに手紙を届けにいったお兄様は、ベルガモルド公爵家から多額の慰謝料と謝罪の手紙を持って帰ってきた。


「ベルガモルド公爵たちは、私たちの両親に合わせる顔がないって頭をさげていたよ」

「そうですか。それにしてもすごい量の金貨ですね」


「これは慰謝料だから、リーシャにあげる」

「いらないです……」

「そう? でも、我が家は別にお金に困っていないしなぁ」


 お兄様はどさりと、金貨の入った袋を執務室のテーブルの上に置いた。


 私はソファに座って、レモングラスとバタフライピーのハーブティーを飲んでいる。

 不思議な青い色をしたお茶ができるバタフライピーは、最近王都で流行っている。


 こういった流行は、貴族から庶民に広まることもあるけれど、庶民の中だけ唐突に広まって、それを貴族がみつけて買収して商売にすることもある。

 バタフライピーは前者で、隣国から王妃様が輸入したのがはじまりみたいだ。


「貰える物は貰うのが商売の基本だからね。リーシャの心の傷の分を含めて、こちらの言い値で五百万ゴールド。きっちり貰ってきたよ」


「多いですね……」


「五百万ゴールドなんてはした金だよ? そうだ、これを元手にして、王都にホテルを建てようか。リーシャの名前をつけよう」

「やめてください」


 お兄様は善意で言ってくれているのだろうけれど、私は首を振った。

 婚約破談の慰謝料で建てたホテルなんて、どう考えても呪われたホテルになってしまう。

 それに、目にする度にクリストファーを思い出してしまうもの。


「そう? まぁ、お金のことはともかくとして。クリストファーは頑なで、シルキーと結婚すると言い張っているみたいだ。クリストファーは跡継ぎだからね、公爵家は仕方なくシルキーとの結婚を了承するようだけれど」


「はい。それでいいと思います。愛し合っているのですから」

「リーシャは優しいね」

「優しくなんて……でも、恨んでも、怒っても……終わってしまったことは、元には戻らないのですから」


 そして私は婚約者を失い、その代わりに五百万ゴールドを手に入れた。

 アールグレイス伯爵家の男子には元々商才があるらしく、お父様もお兄様もそれぞれ事業を立ち上げて成功している。

 お父様は海運業、お兄様はホテル業という感じで。


 お父様はまだ壮健なのでお仕事を続けているけれど、もっと年を取ったら海運業もお兄様に任せるつもりらしい。

 それなので、私はお金に困ったという経験が一度もない。

 といってもそれはアールグレイス家のお金。自分で稼いだわけじゃないのだけれど。

 

 手元の五百万ゴールドも、ベルガモルド公爵家からむしり取ったものだと思うとなんだか呪われている気がする。

 とりあえず見ないようにクローゼットの奥底にしまって、忘れることにした。

 

 お兄様が両親に手紙を書いてくれて、婚約破棄の件は伝えてくれるということになった。

 実をいえば婚礼着はもうできていたので、私の手元には使い道のない五百万ゴールドと婚礼着が残ったというわけである。


 休み明け、私はお兄様やアシュレイ君、グエスを筆頭に侍女たちに心配をされながら、学園へと向かった。

 休んでもいいのだと何度も言われたけれど、負けた気がするので嫌だった。


「リーシャ!」


 馬車で学園まで送って貰い、学舎までの道を歩いていると、予想もしていなかった人が私に話しかけてきた。


 クリストファーである。


 一昨日の今日で、あんなことがあったのに、どうして笑顔で私に駆け寄ってくるのだろう。

 一体何を、考えているのだろうか。


「ごきげんよう、クリストファー様」


 いつもは「おはよう、クリス」と挨拶をしていたけれど、私は他人行儀な挨拶をして、スカートを摘まんで礼をした。

 もう婚約者ではないのだ。相手は公爵家ご子息様。私は伯爵家の娘。

 クリストファーは私が迂闊に話しかけていい人ではなくなった。


「リーシャ、ありがとう! 手紙を読んだんだ。俺とシルキーの結婚を認めてくれるって。俺とは、以前の通りに幼馴染みに戻ってくれるんだな」


「え、ええ……」


 あの手紙の文を、とても前向きに受け取ってくれたのね……。


「シルキーもとても喜んでいる」


 気づかなかったのだけれど、クリストファーの背後にはシルキーが隠れていた。

 ちょこんと顔をのぞかせて、シルキーはもじもじした。


「ありがとうございます、リーシャ。私とクリス様のことを祝福して、お友達に戻ってくれるのですね……? リーシャ、結婚式にはきてくださいね」


「ええ……え、ええ……」


 どうしてそうなるの。関わらないようにするのが普通ではないの?


「リーシャ、これから俺たちは今まで通りだな」

「リーシャ、祝福してくださってありがとうございます」


 私は、唖然としたまま何も言うことができなかった。

 クリストファーとシルキーは言うだけ言って満足したのか、手を繋いで仲良く歩き出した。


 一人ぽつんと残った私は、その場で立ちすくむ。

 事情を知らない同級生たちが、訝しそうな顔をしながら私の横を通り過ぎていく。


 怒ったら駄目。過去の男に未練なんてないもの。


「…………っ」


 色んな感情を抑えつけて我慢していると、じわりと涙が滲んだ。

 私――もしかして人生最大級に軽んじられて、馬鹿にされている?


「恋愛なんて二度としない……!」


 そして私は、硬く決意をした。

 お兄様みたいに自分でお金を稼ぎながら、一人で強く生きていこうと。



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