新しい商売
先生たちを見送った後、グエスが私のためにもう一度紅茶を淹れ直してケーキスタンドにケーキを持ってきてくれた。
アシュレイ君を誘って中庭に向かい、一緒にケーキを食べる。
アシュレイ君には中庭の椅子が高く、足が地面についていない。
それでも背筋を伸ばしてピシッと座っているのが可愛らしい。
「お嬢様、なんだかよい顔になりましたね。何かが吹っ切れたような」
ケーキスタンドから皿にケーキを取り分けながら、グエスが言った。
「そうかしら。ありがとう、グエス。だとしたら嬉しいわ」
「はい。私としては寂しくなってしまいますけれどね。お嬢様が私の手を離れてしまうことが……」
「グエスも結婚するのでしょう?」
「そうですね……ええ。アルバには待ってもらっていますから、そろそろ私も決断しなくてはなと思っています」
「グエスもいなくなっちゃうの?」
アシュレイ君の瞳が不安そうに揺れる。
「寂しいけれど、仕方ないよね。わかってる。リーシャもグエスも結婚するんだよね、それはいいこと。僕は……騎士だから、寂しいけど我慢する」
「アシュレイ君……ありがとう。時々会いにくるわね、ハクロウもルーグと仲良しになったみたいだし」
「うん。ハクロウはルーグが好きみたいだ。僕にはお父様とハクロウがいるから、大丈夫だよ、リーシャ」
名前を呼ばれて、アシュレイ君の足元にいるハクロウが顔をあげる。
それから、アシュレイ君の膝に大きな顔を乗せた。
アシュレイ君に撫でられて、気持ちよさそうに目を細めている。
「アシュレイ様、結婚をしても私はアルバと一緒にアールグレイス家で働きますよ。どこにも行きませんから、大丈夫です」
「そうなの……? よかった! でも、リーシャもグエスも、大丈夫だからね。皆、僕を心配してくれるけれど、もう大丈夫なんだ。だって僕は、黒騎士になるんだから!」
アシュレイ君は胸を張る。
ゼフィラス様からもらった仮面とローブは、アシュレイ君のお部屋に大事に飾ってある。
いつかきっとアシュレイ君も、ゼフィラス様のように身分を隠して冒険者になるのだろうか。
もしそうなら、優しく立派な騎士になるのだろう。
「騎士様、お兄様とグエスたちをよろしくお願いしますね。でも、寂しい時は寂しいと言って、お兄様のベッドに潜り込んでくださいね、アシュレイ君。きっと喜ぶわ」
「わかったよ、リーシャ。お父様が寂しがるから、たまには一緒に寝てあげるね」
私とグエスは顔を見合わせるとくすくす笑った。
お兄様がやってきて「やけに楽しそうだね」と声をかけてくれる。
「何回も城に呼び出されて、参ったよ。リーシャの結婚だというのに、ドレスはどんな形がいいのかだの、アクセサリーはどうだの。私はドレスの貸し出しはしているけれど、ドレス職人ではないのに」
「お兄様、ごめんなさい。なんだか迷惑をかけてしまって」
「いいんだよ、リーシャ。可愛い妹のためだ。というか、君がいないのに婚礼の準備を進めるというのがどうかなと思ってるんだけど、陛下も王妃様もなかなかに強引でね」
お兄様は空いている席に座る。
グエスがすぐにお兄様の分の紅茶を用意すると、口をつけて安堵したような息をついた。
「そういえばリーシャ、君が言っていた貸し出しドレスとホテルでの結婚式だけれど、すごく評判がいいよ」
「提案してからさほど時が経っていないのですが……もう始めたのですか?」
「鉄は熱いうちに打てというだろう? 一日過ぎれば熱も冷めてしまうものだからね。君が一月いない間にドレスの買取りと貸し出しを行なって、サーガと一緒に王都での挙式の事業をはじめたんだ。私はドレスの貸し出し、サーガは場所の提供だね」
「サーガさんと、ずいぶん仲良くなったのですね」
「君と二人でゴーストに化けてから、彼とはたまに酒を飲んでいる。サーガは、リーシャを娶りたかったそうだ、本当は」
「ふふ、冗談でも嬉しいです」
私が笑うと、お兄様は「冗談ということにしておこうか」と曖昧な返事をした。
「君のドレスは、恋に敗れた聖女のドレスとして売り出したら、これがまぁ、すごくよくてね。殿下とリーシャを題材にした演劇の、女優の衣装に一度貸し出したのがよかったのかもしれない。予約が数ヶ月待ちだよ」
洗ったり縫い直したりしなくてはいけないから、毎日貸し出すというわけにはいかないらしい。
レプリカでいいのなら何着も作れるけれどそういうわけにもいかない。
そのドレス目当てで来た方々が、他のドレスを借りていくこともあるので、事業は順調。別店舗も考えているとお兄様は嬉しそうに話してくれた。
お父様もそうだけれど、お兄様も商売が好きなのだ。
私も、実は嫌いじゃない。
そういった話を聞くのは楽しい。
「で。リーシャの代わりに挙式の準備の相談に乗るから、ドレスは私の店で発注するように頼んだんだ。貸し出しドレスだけれど、買い取ったものだけではなく新品も作っていきたい。ホテル業は放っておいても順調だから、次は服飾かなと思っているよ」
「王家には伝統がありますでしょう? お抱えの職人の方々もいるのでは……」
「その辺りは問題ないよ。王家のお抱えの職人たちを私が雇えばいいのだ。話はついている」
「……抜け目ないですね、お兄様」
「商売で大切なのは根回しだよ、リーシャ。基本的には全ての根回しを終えて、最終的に合意を勝ち取るだけにしておくのが、賢い方法だと私は考えている」
「なるほど」
「ただね、根回しも度がすぎると狡猾と思われかねない。特に女性はね。しっかりと目を開いて見て、殿下の足りないところを補ってあげればいい」
「ゼフィラス様に、足りないところなんてありますでしょうか」
「そうだね。なんだと思う?」
「ええと……少し、寂しがり屋、とか」
「じゃあ、その寂しさを埋めるのが君の役目だ、リーシャ」
言ってしまって、私は頬を染める。
アシュレイ君の「黒騎士様も寂しがり屋なんだね!」と元気のいい声が響いた。