教師たちの来訪
一月過ぎて外に出てみれば、戴冠式と婚礼の日取りが決まっていた。
お城に戻ったゼフィラス様は、一月不在にしていた皺寄せで、城に閉じ込められている。
準備やら儀式やらがあるのだとお手紙には書いてあった。
リーシャは傷が癒えたばかりなので家で大人しくしているようにとも。
私は怪我をして甘えた日々を過ごしていただけなのに、これでいいのかと思い悩んでいると、シグルスト先生とアリッサ先生から会いたいとの連絡をもらった。
すぐに大丈夫だとのお手紙を返すと、二人は連れ立って私の元を訪れた。
シグルスト先生に会うのは卒業式以来だ。
「お二人とも、ご来訪感謝いたします。シグルスト先生、ご無沙汰しています。アリッサ先生、授業を無断で休んでしまい申し訳ありませんでした」
応接間にお二人を案内して、グエスにお茶を用意してもらう。
二人は少し話したいだけだから構わなくていいのだと言ったけれど、そういうわけにもいかない。
「いいのですよ、リーシャ様。此度は大変でしたね。大変な思いをされました」
「リーシャ君、無事で何よりだった」
ひとしきり労いの言葉をかけられた後、アリッサ先生が何かを確認するようにシグルスト先生に目配せすると、口を開く。
「リーシャ様、大変な発見をしてくださいましたね。王国の歴史を覆すようなことです。王家の者の命を奪う疫病などはないと、古の神官長の記録書で証明されました。古から続く王家の呪いは、蓋を開けてみれば嫉妬と権力争い。伝説の魔物は神殿の地下にいた──と。事実は小説より奇なりといいますが、まさしくですね」
アリッサ先生の眼鏡の奥の瞳が好奇心に輝いている。
「あぁ、私としたことが。少々興奮をしてしまいました。リーシャ様は怪我をしたというのに、申し訳ありません」
「いえ、もう治りましたので、大丈夫です」
「アリッサは生真面目そうに見えるだろう、リーシャ君。だが本当は、こういう伝説やら伝聞やらいかがわしい話が好きなんだ」
「昔から奇怪な噂話には目がないのです。生贄を煮込んだ釜だの、血染めの海だの……」
「アリアノス地方の伝説ですね。巨大な化け物が現れて、人々に生贄を要求したという。煮込んだ釜の茹で汁を捨てたせいで海が赤く染まった、と」
「まぁ、リーシャ様! お詳しいのですね」
「お父様の仕事で海の伝説についてはよく耳にしますので……」
興奮気味のアリッサ先生は、口元に手を当てて咳払いをした。
「私としたことが、すみません。本当はもっと語り合いたいのですが、今日の目的はそのことではないのです。リーシャ様、王妃教育についてですが」
「はい。お休みをしたせいで、遅れてしまいました」
「そうではなく」
首を振るアリッサ先生の後を、シグルスト先生が続ける。
「リーシャ君。君の成績は、よく知っている。それはアリッサ先生にも伝えている。僕の目から見て君は、もう十分に学びを得ているよ」
「ええ。そうなのですよ、リーシャ様。私は度々教えることはないとお伝えしました。アールグレイス家が他国と取引をしていたからか、リーシャ様は多国語に堪能ですし、難しい古代語も読むことができます。礼儀作法もダンスも十分」
「君は友人が多く、やや気難しいミランダ君とも仲がよかった。今回のことでランブルク家も君の後ろ盾になると言っている。ベルガモルト公爵も同様だ。神官家と、公爵家二家が君を支持しているのだよ」
「リーシャ様。あなたはもう十分足りています」
微笑みながら、アリッサ先生が言う。
そうなのだろうか。自分のことは、よくわからない。
私はいつも自分が足りていない気がしている。もっと何かできるのではないか、もっと私がしっかりしていれば、強ければ。
けれど──ゼフィラス様は、皆足りないのだと言った。
足りないから、一緒にいるのだと。
「婚礼の日取りがあれよという間に決まっていきましたから、リーシャ様は戸惑っているのではないかと思い、参上したのですよ」
「リーシャ君は真面目だからな。それに思い詰めやすい。君が就職先を斡旋してほしいと僕のもとに来た時のことを思い出して、心配になってしまってね。アリッサに最近の様子を聞いて、余計に心配になって、一緒にきたんだ。リーシャ君、君はもう十分に頑張っている。だから堂々と胸を張って、殿下と結婚しなさい」
「……ありがとうございます、先生」
私は、恵まれている。
本当に、恵まれている。
恵まれた家に生まれて、優しい人たちにも恵まれて。
本当に――ありがたい。
「頑張りますね、私。この国の方々のためにも、ゼフィラス様のためにも」
「あまり思いつめてはいけませんよ、リーシャ様。たまには私と怪奇伝説の話をしましょう」
「それはいいなぁ、その時は僕も交ぜてほしい」
「シグルストはいけませんよ。殿下は涼しい顔をして、嫉妬深いですからね」
帰っていく二人を見送ると、心の靄が晴れていった。
ゼフィラス様と結婚ができる。また一緒に、いることができる。
それが、嬉しかった。