巣ごもりの終わり
火傷の治癒には一月程度かかるとゼフィラス様は言っていたけれど、薬や薬湯がよかったのか一月を待たずに私の傷は治った。
今はもう、違和感なく動かすこともできる。
「ゼフィラス様、ありがとうございました。お陰ですっかりよくなりました」
「そうか……よかった」
私の手をじっくりと観察したゼフィラス様は微笑んだ。
「……よくないことだが、寂しいと感じてしまうな」
「寂しいですか?」
「あぁ。ここから、出なくてはいけないだろう」
「ゼフィラス様……今日も明日も、明後日も、一緒です。結婚したら、ずっと一緒です」
ゼフィラス様が不安に思うのは、私がゼフィラス様から離れようとしたからなのではないかしら。
だとしたら、自信を持たなくてはいけない。
私は動くようになった手でゼフィラス様の手を包むように握りしめた。
「あぁ、そうだな、リーシャ」
おおよそ一月、屋敷に籠っていた。
外はどうなっているのだろう。少し心配だけれど、でも、大丈夫。
ゼフィラス様が一緒にいてくれるのだ。そう思えば――何も怖いことはない。
「ゼフィラス様……私、沢山恥ずかしい姿を、見せてしまいました」
「あ、あぁ……」
「だから、その……せ、責任をとってくださいね……? 離さないでください、ずっと」
離れたいと願うよりも、責任をとれと詰って欲しい。
そう、ゼフィラス様は言っていた。
そんな風には思わない。私の傷は私だけの責任で、ゼフィラス様は何も悪くない。
でも、言葉で安心して貰えるのならと、私は小さな声で伝えた。
羞恥に声が震える。もっと明るく、冗談みたいに言おうと思っていたのに、できなかった。
離さないで欲しい。傍にいて欲しい。
朝も夜も共に過ごすのが当たり前になっていた。
他に誰もいない穏やかで静かで温かい日々の終わりを私も寂しいと思っている。
「あぁ、もちろんだ……!」
ゼフィラス様は力強く言って、繋いだ手を引き寄せて抱きしめられる。
今までよりも遠慮無く私を抱きしめてくれたので、力が強くて少し痛かった。
ルーグに乗ってアールグレイス家に送っていただくと、アシュレイ君とハクロウがすぐに駆け寄ってきてくれた。
「リーシャ、お帰り! ゼス様、こんにちは!」
ハクロウと、私たちが乗ってきたルーグは鼻先を軽く触れあわせて挨拶を交わしている。
アシュレイ君は私に抱きついたあと、ゼフィラス様にきちんと礼をした。
「殿下、リーシャの面倒を見てくださりありがとうございました。リーシャ、傷はどうかな」
「リーシャ、元気そうでよかった。あなたはまた怪我をして。心配したのよ」
お父様とお母様も顔を出してくれる。
二人とももうとっくに領地に帰ったかと思っていたのに。
お父様はお仕事があるから、普段は領地の屋敷にいる。タウンハウスに顔を出しても、数日で帰ってしまうことがほとんどだった。
「アシュレイ君、こんにちは。お二方とも、この度は申し訳ありませんでした」
「謝罪はもう受けたから、いいんだよ」
「ええ。命が無事だったのだから、それでいいのです」
「お父様、お母様、すっかり火傷はよくなりました。手も動きます。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
私は両手を両親に見せた。
お母様は私の手をとって、それからぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。
ふくよかなお母様に抱きしめられると、あたたかくて安心するけれど、照れてしまう。
「娘を大切にしてくれてありがとうございます、殿下。リーシャは幸せ者ですね、殿下のような方に大切にしてもらえるのですから。リーシャ、感謝をしなくてはいけないよ」
「はい、お父様」
「時に、殿下。王都では英雄と聖女の話で持ちきりですよ。劇の題材にされて、劇場は大盛況です。二人を題材にした読み物も発売されるぐらいで、婚礼はまだかと――街の商人たちは祝いの準備で忙しいようです。殿下の結婚となればお祭り騒ぎになりますし、記念品などは飛ぶように売れますからね」
私はお母様から離れると、お父様とゼフィラス様の顔を交互に見た。
そんなことになっているなんて私は知らなかったし、ゼフィラス様も驚いて――は、いないようだった。
「君の思惑通りという感じですかね、ゼフィラス殿下」
「まぁ、そうです。そうなるだろうとは思っていました」
「いつもはのんびりことを構えている陛下も、成り行きを見守ってはいられなくなったのでしょうね。息子は度々城に呼び出されています」
「お兄様が?」
そういえばお兄様の姿が見当たらない。どこに行ったのかしら。
「陛下と神官長が中心となって、二人の婚儀を進めているのですが、息子もそこに参加させられていますよ。自分の婚礼ではないのにと言っていますが、リーシャがいないので、代わりにということでしょう。最近婚礼着についての商売もはじめたので、それもあるのでしょうけれどね」
「婚礼着といえば、リーシャ。あなたの使わなかった婚礼着、恋に破れた女が着ると新しい恋が見つかるとかなんとかで評判になって、予約が殺到しているそうよ」
「そ、そうなのですか」
お母様に言われて、私は眉を寄せる。喜んだらいいのか微妙なところだ。
婚礼の準備が進んでいるという話も、長く屋敷に籠っていたからか、なんだか夢の中のことのようでどうにも実感が湧かなかった。




