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それもあれも、これも、お手伝いが必要のようです



 食事を食べさせてもらうと、口をナプキンで拭われる。

 まるで小さな頃に戻ったみたいだ。

 お母様に、お菓子を食べて汚れた口を拭いてもらったことがあったような気がする。

 

 上にゼリー状のソースののっているクッキーは齧るとどうしても唇が赤くなってしまうのだったわね。

 今の私は子供じゃないけれど──いつまで、これが続くのだろう。

 

 私の手が治るまでだとしたら、一月ぐらいはこのままなのかしら。

 早く治ってほしい。居た堪れない。


 自宅でグエスにお世話をしてもらうのとは違うのだもの。

 もちろん嬉しい気持ちはあるけれど、この状況をあっさり受け入れるのはやっぱり少し難しい。


「リーシャ。これは、痛み止め。少し苦いが、飲めるか?」


「はい、大丈夫です」


 ゼフィラス様が私の口元に、緑色の液体の入った器をあてる。

 雑草をすりつぶしたような匂いがする。青臭さと苦味が混じっている。

 

 覚悟を決めて一気に飲み干すと、独特な薬草臭さが鼻から抜けて、私はケホケホ咳き込んだ。

 ゼフィラス様が心配そうに背中をさすってくれる。


「まずいだろう」


「だ、大丈夫です……」


「リーシャ、こちらを。蜂蜜だ。多少は苦味が薄れる」


「ん……」


 スプーンにすくった蜂蜜を口に入れられると、甘みが口に広がった。

 とろりととろけて喉に落ちていく甘みに、私は目を細める。確かに苦味が楽になった。


 スプーンからこぼれた蜂蜜が、服に溢れる。

 ゼフィラス様はナプキンでそれを拭うと「すまないリーシャ」と慌てた。


「用意をしてくるから、薬が効いたところで湯浴みをしようか、リーシャ。体を清めて、あとは休もう」

「えっ、あっ、あの……」


「どうした?」

「お風呂は、一人で……大丈夫ですから」


「その手では無理だ」

「で、ですが、あの、こればかりは……!」


「大丈夫だ、見ない」

「そういう問題では……」


「度重なる訓練で、私は目を閉じていてもどこに何があるのかがわかるのだ。だから、見ない」

「で、でも……」


 流石にお風呂は……!


 私たちは夫婦になるのだけれど、流石にそれは、いけない気がする。

 度重なる訓練で心眼を手に入れたらしいゼフィラス様だとしても、全く見ないというのは無理なのではないだろうか。

 いえ、見る見ないの話ではなくて──。


「……わかりました」


 そして結局私は押し負けた。

 ゼフィラス様は黒い布を目に巻いているのにまるで見ているかのように私の服を脱がせて、バスタブにためたお湯に私を抱き上げて入れてくれた。


 私は半ば呆然としながらなすがままになっていた。

 そしてはっと我にかえった時には、羞恥心と申し訳なさの荒波に揉まれてずぶずぶお湯に沈んでしまいたくなった。


「あ、あの、ゼフィラス様」

「どうした、リーシャ。湯が熱いか」


「確かに見えていないのだと思いますけれど、かえって申し訳なくて……あの、布を、とっていただいて構いませんので」

「そういうわけにはいかない。私たちはまだ婚姻前なのだから」


「ここまでしていただいているのですから、もう、いいのです」


 もちろん恥ずかしいけれど、傷が治るまでご迷惑をおかけするのだから、ゼフィラス様にできる限り不自由な思いをさせたくない。


 ゼフィラス様のことだから問題ないのだろうとは思うけれど、見えないことでもし濡れた床に滑って転んだらと心配になってしまう。

 ゼフィラス様がお怪我をすることを考えたら、私の裸体など安いものだ。


「た、たいして誇れるようなものではありませんが、お世話になっている以上は、必要以上にお手を煩わせたくなくて……見ていただいて構いませんので」


「しかしだな、リーシャ」

「ゼフィラス様は……私を、妻にしてくださるのですよね? 婚約者です、私たち。だから、問題ありません」


「それはもちろんそうだが……わかった、リーシャ。私も覚悟を決めよう」

「は、はい」


 私はどこを見ていいかわからず、お湯を見ていた。

 お湯は白濁していて、体を隠している。白濁したお湯からは柑橘系のいい香りがする。


 ゼフィラス様の説明では薬湯らしい。こちらも、包帯を解いた手をつけると、火傷の治りもそうだけれど皮膚の修復も早くなるのだという。


 するりと布がとかれて、ぱさりと床に落ちる。

 チラリと視線を送ると、ゼフィラス様とばっちり目があった。


 湯浴みを手伝うために薄着になっているゼフィラス様の筋肉の隆起した太い腕や胸板が目に入り、私は俯いた。


「……リーシャ」

「本当に、その、自慢できるようなものが何もなくて……私、すごく普通なんです、どこもかしこも」


「そんなことはない、リーシャ。すごく綺麗だ」

「ありがとうございます……」


「髪を洗おうか」

「は、はい。お願いします」


 太い指が髪に通り頭に触れる。

 洗髪料が泡立って、頭を揉まれるたびにすごく気持ちいい。


 侍女たちにも頭を洗ってもらうことはあるけれど、ゼフィラス様の指は力強くて繊細で、恥ずかしさも忘れて眠たくなってきてしまう。


「……気持ちいい、です」

「……そうか。よかった」


「あの、ゼフィラス様」

「なんだ?」


「……一緒に、入ってもいいかなと、思います。ゼフィラス様も濡れてしまいますし、二度手間になってしまうかなって」


 沈黙が無性にくすぐったくて、私は思い浮かんだ言葉を伝えた。

 言った後で、その言葉の意味に気づく。


 何を言っているのかしら、私。一緒にというのは、一緒にということだ。

 体を見ていいと言ったり、一緒に入浴しようと言ったり。

 はしたないわよね。呆れられたら、どうしよう。


「……次は、是非」

「は、はい」


 押し殺したような声でゼフィラス様が言うので、私は小さく頷くことしかできなかった。


 呆れられるよりはいいのだけれど──。

 一月もこれが続くのかと思うと、のぼせたわけでもないのに頭がくらくらした。




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