クリストファーへの手紙
『クリストファー・ベルガモルド様。
リーシャ・アールグレイスはあなたとの婚約の破談を受け入れます。いつからシルキーとよい仲になっていたかは存じあげませんが、できることならあんな形ではなくてきちんと言葉で伝えて欲しかったです。
あなたが私の幼馴染であること、楽しい時間があったことはよい思い出として記憶に残しておきます。
どうぞ、お幸せに。
リーシャ・アールグレイス』
そんな手紙を書いて、お兄様に託した。
お兄様は「これでいいの?」と心配してくれたけれど、これでいい。
今更恨み言を書いても仕方ないし。
それは悲しいけれど。途中で泣いてしまって、何度か書き直したりしたけど。
でも、お皿からこぼれたお水は元に戻らないのよね。
時間が戻ればいいとか、シルキーに奪われなかった未来について考えたりとか、それは少しはしてしまう。
でも、もう終わったことだもの。
私は浮気をされた。
そもそも私は、クリストファーに嫌われていた。
この二つの事実がある限り、私にはもう、幸せな結婚ができるなんて希望は、一つもない。
「リーシャ、元気がない。心配」
「ごめんね、アシュレイ君。私はいつでも元気よ?」
「無理しないで。お母様も、元気がなくても元気だって、いつも言ってた」
「うん……ごめんね。嘘つきだったわ、私。今は少し元気がないの。好きだった人に、嫌いって言われてしまったから」
お兄様がベルガモルド公爵家に行っている間、私はアシュレイ君とお庭を散歩していた。
季節は春に向かっていて、越冬をした庭の木々には新緑が芽吹き始めている。
もうどんぐりは落ちていないのかとがっかりしているアシュレイ君とは、秋の間、お庭でつやつやのどんぐりやピカピカの栗を集めた。
なにに使うわけでもないだろうけれど、アシュレイ君はそれを宝箱にしまっている。
私たちと一緒に、我が家で飼っているアシュレイ君よりも大きな白狼のハクロウが、私の手を鼻先でつつく。
ハクロウは賢くて、私たちの言葉がわかるみたいだ。
白狼は王国で馬の次に騎乗用もしくは愛玩動物として親しまれている動物である。
馬よりも値段が高いので、使用している人はごく少数だけれど。
この子は、お義姉様が亡くなってからしばらくしてお兄様が買ってきた。
最初はとても小さかったのだけれど、白狼は数ヶ月で成体になるので、今はもう私を乗せて走ることができるぐらいには大きい。
私はハクロウちゃんの白いふかふかの頭を撫でる。
狼の中でも賢い白狼は、穏やかで忠実。森にいる狼は人を襲うけれど、人の手で育てられている白狼たちは人を襲わないし、野生の白狼も滅多なことでは人を襲ったりしない。
「リーシャを嫌うなんて、おかしい」
「うん、ありがとう、アシュレイ君」
「僕が、リーシャにひどいことを言った人を、やっつけてあげる」
「やっつけてくれるの?」
「うん! グエスから聞いたよ。リーシャ、黒騎士ゼスに助けてもらったんだって」
「ええ。仮面の騎士様ね」
「黒騎士ゼスは、僕の憧れなんだ。火山のサラマンダーを討伐したし、海のクラーケンも討伐したって」
「それはすごいわね」
アシュレイ君が大きな瞳を輝かせて、興奮気味に言う。
昨日は気が動転していたのでそれどころじゃなかったけれど、よく考えたら私、すごい人に助けてもらったのね。
それにしても、どうして仮面をつけているのかしら。
「ゼスと同じ仮面、街で売ってるんだよ。お父様に買ってもらった」
「そうなの……知らなかったわ」
「部屋に飾ってあるんだ」
「どうして仮面をつけているのかしら」
「わかんない。仮面をしていた方が格好いいからじゃないかな。仮面を外すと、格好よくないのかも」
「そうは思えなかったけれど……」
口元しか見ることができなかったけれど、整った顔立ちをしているように思えた。
でも、わからないわね。フードをかぶっていたから、髪型さえもわからないし。
「リーシャ、僕、アルバに鍛えてもらってるんだ。いつかゼスみたいな冒険者になろうって思って」
「あら……いいわね。格好いいわ」
「うん。そうしたら、リーシャのことは僕が守ってあげる。お母様のことは守れなかったけれど……リーシャは、僕が守るよ」
「ありがとう、アシュレイ君」
小さな手で私の手をぎゅっと握りしめてくれるアシュレイ君の健気さに、鼻の奥がツンとした。
私も頑張らなきゃね。
明日はちゃんと学園に行こう。
私は何も悪いことをしていないのだし。それに、私の進路について、先生と相談したいもの。