エデンズトーアにのぼりゆく
ゲイル様より更に上、抜けた天井の上階には騎士の方々がいる。
それぞれ青い炎の燃える、火矢を手にしている。
「皆、上階に! 瓦礫を越えて上に!」
「リーシャ、アルゼウス!」
ゼフィラス様は剣を鞘に戻し、私とアルゼウス様を両腕に抱えると、軽々と瓦礫を越えて上階にあがる。
アルゼウス様は目を白黒させて、私は大人しくしていた。
両手が痛い。熱せられた盾を持ったせいだ。自分の手を見るのが怖い。
指が固まったみたいに、動かすことができない。痛みのせいなのか、それとも火傷のせいなのか。
分からないけれど、声を出すとうめき声をあげてしまいそうで、唇を噛む。
私は、助けて貰ったのか。
古の、王妃様たちに。
「撃て!」
ゲイル様もゼフィラス様の隣に降り立った。同時に号令をする。
騎士の方々の火矢が、アルマニュクスがいるだろう瓦礫の下に何本も放たれる。
矢で撃ち抜かれて青色の炎で燃やされる度に、アルマニュクスが「ギギアアア」と不気味な声をあげる。
その体から再び大量の魂が抜け出して、天井をすり抜け、壁をすり抜けて空に昇っていく。
ずるりと、炎にまかれながらも瓦礫から這いずって出てくるものがある。
それは顔だった。巨大な頭だ。
闇の塊のような頭が、ずるずると床に空いた穴から上階にのぼってこようとしている。
ゼフィラス様は剣を抜くと、その巨大な頭部を一閃した。
切り開かれた頭部が、二つに分かれる。
滑り落ちるようにして分離した頭部の中にもびっしりと、青白く輝く光玉が詰まっている。
光玉が、女神様の元へと昇っていく。
炎の海の上で輝く鎮魂の灯りのように。おぞましい気配が消えていく。
最後の抵抗のように巨大な頭の下半分にある口が大きく開いたが、その口からも沢山の光玉が抜けて、黒い頭はするするしぼんで溶けるように消えていった。
「迷い子たちよ。白き翼を生やし天に昇れ。女神の元へとたどり着けるように、聖なる送り火よ安寧の地へと導き給え。――何人の人間を食べさせたのでしょう。我が祖先の罪を、謝罪させてください。ごめんなさい、皆。ごめんなさい」
アルゼウス様が両手を組んで、祝詞を唱える。
光球たちがアルゼウス様や私やゼフィラス様のまわりをくるくと周り、高く高く遠くに消えていった。
最後に残ったものがある。
それは二人の女性の姿をしている。マルーテ様もフィオーラ様も、光り輝く光玉を腕に抱いている。
『ありがとう』
そう、聞こえた気がした。
お礼を言わなくてはいけないのは、私だ。助けていただいたのだから。
けれど、胸がいっぱいになってしまって、言葉が出てこない。
「終わったのでしょうか……」
唖然としながら、アルゼウス様が呟いた。
瓦礫の下の炎が消えていく。もう燃やせるものがなくなったのか、それとも役目を終えたからなのか。
「今のが何なのか分かりませんが、終わったと考えていいでしょう。闇の魔物は聖炎に弱い。魂が空に飛ぶのを見て、そう判断して聖なる矢を持ってきましたが、何事なのですか一体」
ゲイル様が眉間に皺を寄せる。
元々強面のゲイル様がそういった表情をすると、もの凄く怒っている感じがして少し怖い。
「助かった、ゲイル。よくこの短時間で救援に来てくれたな」
「お二人で神殿に出かけると聞いて、神殿の警備を手厚くしていたのですよ。次期国王と王妃様が二人で出かけるのですから、安全対策は大切です。今や、お二人とも有名になってしまいましたしね」
「そうか。それは、迷惑をかけた」
「本当です。危険なことをするのなら先に相談してください。ゼフィラス様は自分の力を過信しすぎているのです。報告も連絡も相談もせずに、危険な魔物を狩りに行くのはやめてください。そもそも、ゼフィラス様は力押し過ぎるのです。事前に特徴を調べずに剣一本で勝てると突っ込んでいくので、特殊な魔物に対しては準備不足になるのですよ」
「今のは、アルマニュクスだ」
「え」
「アルマニュクスらしい」
「全く、なんてことだ! 一歩間違えれば大惨事でしたよ!」
「ゲイル殿、申し訳ありません。色々事情がありまして……まさかこんなことになるとは、思っていなかったのです」
深々と、アルゼウス様が怒るゲイル様に頭を下げた。
「不死の体から魂が抜ければそれは、最早不死ではなくなるものなのでしょうか。かつて封印されたときにはそれが分からず、切っても切っても再生する体を見て、封印を選んだ――ということでしょうか。分かりませんが、今はもう魔物の気配はしません」
「闇の魔物は本当に珍しいですからね。アルマニュクスもそのうちの一つ。闇の魔物はかつて全て不死だと思われていましたが、今は倒し方は判明しています。魔物研究者が長年研究をし続けてくれたおかげで」
「詳しい事情は僕から話します。ゼフィラス様、リーシャ様を安全な場所に」
「あぁ。リーシャ、行こう。両手に怪我をしている。すまなかった、私のせいだ」
ゼフィラス様が私を抱きあげようとするので、私は一歩下がって、両手を後ろ手に隠した。
見られたくない。気づかれたくない。
もし手が――動かなくなってしまったら。
自分でも、傷を見るのが怖いぐらいなのだ。痛みを意識すると、冷や汗が背中をつたった。
「ゼフィラス様のせいではありません。私は、大丈夫――」
「リーシャ、君は大丈夫ではない。後処理はゲイルたちに任せる。私と共に帰ろう」
「……っ」
強引に抱き上げられる。私の両手は、無残に焼けただれていた。
真っ赤になり、皮膚が剥けている。
「……君がいなければ私は死んでいた。必ず傷は治す。リーシャ、目を閉じて。眠れ。もう限界だろう」
「……っ、はい」
言われたままに、目を閉じる。
ゼフィラス様が無事でよかった。これで――王家の呪いは解けるのだろうか。
それならば私の両手ぐらい、安いものだ。
体の傷は、欠陥になる。王妃にはもう、なれないかもしれないけれど。