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不死のアルマニュクス



 アルマニュクスの体から抜け出た魂が、天に昇っていく。

 その体が炎に包まれるほどに、魂の量は増えていく。

 

 いったいどれほど、喰らってきたのだろう。


 輝く光玉が全て人の命だとしたら、なんて夥しい量なのだろう。


 あの中に――マルーテ様と、フィオーラ様がいらっしゃるのだろうか。失われた、王子たちも。


『ぎ、あ、あ』


 耳障りな声が、部屋に反響する。

 黒い塊が、小さくなっていく。


 するする萎み消えていくアルマニュクスを前に、ゼフィラス様は炎の剣をおろした。


 終わったのだろうか、これで。

 ゼフィラス様はお強い。数々の魔物を討伐してきた。


 海中のセイレーンも、巨大なクラーケンも、ゼフィラス様の前ではたいした敵ではないように、あっさり倒された。


 古代の方々にはどうしようもなかった魔物も、今の知識では滅ぼすことができるのだろうか。


 私は再び、記録書に視線を落とす。


「……封印の首輪。魔硝石を切り出してつくったもの。封魔の鏡とともに、使用する。鏡から外に出るのは、体の一部だけ。本体は、鏡の中に……!」


 魔物の消滅を見届けて、私の元へ駆け寄ろうとするゼフィラス様の背後で、バキバキ音を立てながら鏡が割れる。


 割れた鏡の奥から、細長い枯れ枝のような手が何本もゼフィラス様に向かって伸びる。


 駄目だ。あの枝先に触れたら、ゼフィラス様の魂が食べられてしまう。

 ゼフィラス様が――死んでしまう。

 

 嫌だ。そんなことは、嫌!

 私は、なにも考えずに駆け出していた。


 自分を変えなきゃと思った。

 まっすぐ前に、進むことしかできない。


 けれど、やはり思ってしまうのだ。

 誰かを救うことができれば、それでいいのだと。


 それが愛する人の命だとしたら、私には後悔はない。


 じっとして動かずに、ただ見ているだけなんてできない。


 こういうとき、驚くほどに速く動くことができるみたいだ。

 火事場の馬鹿力というのだっただろうか。

 私は転げるように走る。落ちていた黄金の盾を拾い上げて、ゼフィラス様の元へ。その前へ。


 沢山の手と、ゼフィラス様の間に体を滑り込ませる。


 大きな盾に、何本もの手がぶつかった。

 ぶつかった手が盾ごと私を包むように膨れ上がる。


「リーシャ!」

「リーシャ様……!」


 アルゼウス様がカンテラを投げた。カンテラの炎が乾いた本に燃え移り、炎が燃え広がる。


「我らが女神よ、邪悪を祓いたまえ! 邪なるものを、聖なる炎で打ち払い、我らに光を!」


 アルゼウス様の祈りの言葉が響く。


 炎の中で、封印から解放されたアルマニュクスがのたうちまわった。

 その何本もの指先が、私を包み込んでいる。


 まるで、あの時みたいだ。深い海に沈んでいく。

 死を覚悟した、ときのように。


「リーシャ! 助ける、必ず、リーシャ! 動くな!」


 燃え広がる炎が、ゼフィラス様の剣を赤く輝かせた。

 私を包むたくさんの鏡から伸びる細長い漆黒を、その剣は切り裂いていく。


 熱い。盾が熱せられて、熱い。

 握りしめた手が熱い。もう限界だ。痛い。熱い。痛い――。


『もう少しよ、頑張って』


『大丈夫、もう少し』


「……っ」


 盾を掴む手に、白い手が重なる。それは、薄ぼんやりした女性の姿をしていた。

 二人の女性だ。美しいドレスを着ている。嫋やかな手が、私の手に触れる。


 助けてと――私に伝えた。マルーテ様と、それからフィオーラ様だ。


 不死なる手が、魂を喰らう手が、黄金の盾ごと私を飲み込んでいく。


 だめ。駄目だ。割れた鏡から伸びるものたちが、私に触れる。触れようとしている。

 ──魂が、喰われる。


「リーシャ!」


 ゼフィラス様が剣を捨てて、私に手を伸ばした。

 一緒に、飲まれてしまう。私はその手を掴めない。


 あぁでも、私はあなたが好き。

 本当に、大好き。


 足りないばかりの私を、好きになってくれて、ありがとう。


 私が喰われている間に、逃げて欲しい。


「逃げて、ゼス様!」


 私は大丈夫だと微笑んだ。

 ゼフィラス様は強い。ゼフィラス様がご無事であれば、不死のアルマニュクスもきっと討伐できる。


 その命を繋ぐのが、私の役割だ。

 ずっとゼフィラス様に守ってもらっていた。

 

 だから私も、あなたの役に立ちたい。


『大丈夫よ』


『大丈夫』


『私たちを救ってくれた』


『私たちの子を、救ってくれた。ありがとう、勇敢なあなた』


 鏡の中からのびる枯れ枝のような無数の手が、私に触れる寸前に、柔らかい光が私を包んだ気がした。

 王妃様たちが、私を抱きしめてくれている。

 優しくあたたかな揺り籠の中にいるような感覚に、全身が包まれる。


「リーシャ!」


 ――轟音とともに、天井が落ちる。

 私の手はゼフィラス様に掴まれて、瓦礫の下敷きにならずに引き寄せて抱きしめられた。


 落ちた天井から、何本もの槍が、瓦礫の下のアルマニュクスに突き刺さる。

 

 槍が突き刺さり、そして最後には大剣が。

 大剣を持った男が、空から降ってくる。


「ゲイル殿!」


 アルゼウス様が名前を呼んだ。

 瓦礫の上でアルマニュクスに大剣を突き刺しているのは、

騎士団長のゲイル様だった。



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