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大神殿での祈り



 魔物研究書を読みふけっていたら、すっかり日が昇っていた。

 文字を追っていたからだろうか、悪夢を見た恐怖は消えて、気怠い眠気だけが残った。


 身支度を整えて、ゼフィラス様の迎えを待つ。

 大神殿に行くためにだ。

 

 大神殿というのは祝日こそ忙しい。


 お休みの日はないし、工事をしていても礼拝をしにくる方々のために門戸を開いている。

 懺悔室などは行列ができていると聞いている。


 多忙な中アルゼウス様もゼフィラス様も、時間を作ってくださった。

 何か――過去の出来事の手がかりがあればいいのだけれど。


 そう思いながら、私は馬車に乗ってゼフィラス様と共に大神殿へ向かった。


 街の中央から東に進んだ場所にそびえている大神殿は、お城を一回り小さくしたぐらいの大きさである。

 外壁には動物や人や草花の姿が彫られている。想像上の動物の姿も沢山ある。

 中央の門は常に開かれていて、中には美しいランプがいくつも天井から吊られて輝いている。


 礼拝の人々が多いため、椅子などは置かれていない。真っ直ぐにホールを進んで、最奥にある三女神の像に祈りを捧げて、皆戻っていく。


 入り口付近には神殿に心付けを渡す場所、それから護符などを買う場所もある。

 礼拝堂の中には懺悔室があり、行列ができていた。


「懺悔室で懺悔すれば、少し心が軽くなるものでしょうか」


 礼拝堂の中は私語厳禁というわけではないが、厳かな雰囲気に飲まれてだろうか、皆あまり声を出さない。

 会話を交わす人々も、耳打ちのように微かな声で話をしている。


 何を言っているのか分からない程度の小さなさざめきは、海辺で拾った巻き貝を耳につけて聞く音に似ている。


 私もゼフィラス様の傍で、小さな声で囁いた。ゼフィラス様は姿勢を低くすると、軽く頷いてくれる。


「懺悔をすることで、許された気になる。裁かれるほどではないが、些細な罪が許されて、気が楽になる」


「例えば、寝る前に甘い物を食べてしまった、とか」


「あぁ、そうだな」


 ゼフィラス様は私の髪を撫でた。私は頭を押えると、俯いた。


「リーシャ、寝不足だろうか。少し、元気がない気がするが」


「遅くまで本を読んでいたせいかもしれません」


「勤勉で真面目なのはいいことだ。だが、あまり無理はしないで欲しい。眠れないわけではないのか?」


「いえ……大丈夫です」


「私が共にいることができればな。毎日、君をきちんと寝かせて……いや、どうだろうか。自信がないな」


 密やかな声音で交わす会話がくすぐったい。

 どういう意味だろうと見上げると、ゼフィラス様は困ったように笑った。


「君が隣にいると、触れたくなる。きっと、何度も」


「……ゼフィラス様、神聖な場で、いけません」


「女神は豊穣を司る。怒ったりはしないよ、きっと」


 言われた意味を理解して、私は頬を染めた。それから、ゼフィラス様の指先に、自分の指を絡める。


「ゼフィラス様、先にお祈りをしていきませんか?」


「あぁ。女神たちに、私たちのこの先の、末永い幸福を祈ろう」


「はい、私も祈りますね、一緒に」


 祭壇までの行列に並ぶと、皆が私たちに先を譲ろうとしてくれたので、それはお断りした。


 アルゼウス様との約束の時間まではまだある。

 私はゼフィラス様から頂いたルビーの蝶の髪飾りをつけていた。


 海に落ちた子供を助けに行ったときにもつけていたけれど、奇跡的になくさなくてすんだ。髪に絡みついて、落ちないでくれていたのだ。


 だから私は子供を助けることができたし、ゼフィラス様に助けて頂くこともできたのだろう。

 幸運の髪飾りと、心の中で呼んでいる。


 順番待ちをしながら、ゼフィラス様はその髪飾りにそっと触れた。


「私の贈ったものを身につけてくれているのは、嬉しいものだな。よく、海に沈まなかったな」


「はい。その節は、ご迷惑をおかけしました」


「迷惑などと思ってはいない」


「髪飾り、なくさなくてよかったです。私の、宝物ですから」


「……もっと沢山、君に贈りたい。神殿の入り口にも確か、装飾品が売っていたな。神殿で清められた宝石の類いだった」


「護符ですね。危険から身を護ってくれる、縁起のいいものです」


「君は危険に飛び込むところがあるから、買っていこうか」


「今は、気をつけています。ゼフィラス様にご迷惑をおかけしたくありませんし、それに」


「それに?」


「こんなに幸せなのに、失いたくありませんから」


 私はゼフィラス様の腕に、自分の腕を遠慮がちに絡めた。

 腕を組んでも、いいわよね。


 迷惑だって思われないかしら。聞いてからにするべきだったかしら。

 行動してから、急に不安になってしまう。


 ゼフィラス様は優しい方だと分かっているのに、嫌われたらどうしようと、心の片隅で考えてしまう。


 ゼフィラス様が好きという感情が大きくなるほどに、不安が心に差し込む。

 ――恋とは、こんなに不安定なものだったのだろうか。


「リーシャ、もっと近づいてくれるか? 人混みで、君を見失わないように」


 組んだ手に、大きな手が重ねられた。

 しっかりと体を引き寄せるようにされて、私は俯いた。


 ぎゅっと、抱き寄せるようにされていると、時間が経つのなんてあっという間だった。

 

 三人の女神を模した美しくも荘厳な石像の前で、私たちは祈りを捧げる。


 ――ずっとゼフィラス様と一緒にいられますように。

 そう願った。

 私の願う幸せは、今はそれだけだ。



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