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王妃様とのお茶会




 今日の授業を終えた昼下り、私は再び図書室で調べものをしていた。

 

 ここで読んだ記録書には事実だけが淡々と記されていたが、詳しいことは書かれていなかった。

 たとえば亡くなった王妃様はどんな方だったのか、など。


 記されていた名前を元に、もう少し何か記録が残っていないか探していると、数人の侍女を連れて王妃様が図書室へと顔を出した。


「リーシャちゃん、お茶の準備ができたから、一緒に来てちょうだい」


 慌てて上段の本を探していたために乗っていた踏み台から降りて、恐縮しながら挨拶をする私に、エルナ様は微笑んだ。

 

 広い中庭のテラスにお茶会の準備がされていた。

 テラスの椅子に座ると、手入れをされている薔薇の生垣やアーチ、円錐形に刈り込まれている庭木などを眺めることができる。


 色とりどりの花々にモンシロチョウが舞っている。明るい日差しをいっぱいに浴びて、花たちは元気にその花弁を広げている。


 図書室の中は海底の神殿のように、光は入るけれどどこか薄暗い。

 庭の眩しさに目を細めながら、私は僅かばかりの間、庭園の美しさに見入った。


「調べものをしている最中なのに、ごめんなさいね。いい天気だし、せっかくだから一緒にと思って」


「お誘いいただき光栄です」


「もう少し肩の力を抜いていいのよ。とって食べたりしないわよ、ゼフィラスの可愛いお嫁さんだもの」


 エルナ様は隣国から嫁がれている。

 ゼフィラス様と同じ銀の髪に赤い瞳をしている神秘的な姿の女性で、とても若々しい。

 

 テーブルのケーキスタンドには宝石みたいな一口大のケーキやフルーツが並んでいて、紅茶からはよい香りがする。

 勧められるままに紅茶を一口口にした。


「リーシャちゃん、王家のしきたりについて調べているんでしょう?」


「ご存じなのですか……?」


「ええ。ゼフィラスに聞いたのよ。なくしても問題ないものなら、なくしたいって」


「そうなのですね」


 エルナ様は赤い紅のひいてある上品な口に、一口大のケーキをぱくりと入れた。

 それからにこにこ微笑むと「美味しいわ」と呟く。

 リーシャちゃんも食べなさいと言われたので、私もイチゴの乗ったタルトを頂いた。甘酸っぱくて美味しい。


「今思えば、悪かったと思っているの。もちろん、フィーナは可愛かったわ。ゼフィラスは幼い頃は女の子みたいな見た目をしていたから、女の子の格好をさせるのが楽しくてね。着せ替え人形のように、扱ってしまったのよ」


「ゼフィラス様はお綺麗でいらっしゃいますから」


「ええ。でもねぇ、あの子はきっと嫌だったのよね。隣国から来た私は、知り合いも少ないし何もかも知らないことだらけで。ゼフィラスを着飾らせると、鬱憤が晴れたのよね。自分の子供に、自分の感情をぶつけるなんて間違ってたわねって、今は思うわ」


「エルナ様……」


「ゼフィラスは私とは、本音で話してくれないのよ。私だけではなくて、誰とも。ゲイルや、ルートグリフには違うのかしら。心を開けるのは同年代の友人ぐらいで、可愛いご令嬢には全く関心がないのよね」


 溜息交じりにエルナ様は言った。

 どこか切なそうな様子だ。


 ゼフィラス様はエルナ様のことが苦手だと言っていた。あまり関わりたくない、できたら話もしたくないと。

 私にとってエルナ様は優しくていい方だけれど、ゼフィラス様には違うのだろう。


「街に行って冒険者になってたなんて、知らなくて。私も夫もね。自分の子供のことなのに、知らないことばかりよ」


「そうなのですね。ゼフィラス様はずっと、隠していらっしゃったのですね」


「誰にでも秘密はあるものだけれどね。もちろん、四六時中監視をしているわけでもないから、仕方ないといえば仕方ないけれど。……あの子の婚約者になってくれてありがとう、リーシャちゃん。私のせいで、誰とも結婚しないのかと思って、ずっと心配していたのよ」


「王妃様のせいでは……」


「私のせいだと思っているわ。王家のしきたりだというのに、自分の楽しみのため、憂さ晴らしのために、あの子を玩具のように扱ってしまったからね」


「――エルナ様は、しきたりについてどう思われますか?」


 尋ねるのは失礼にあたるかと思っていたけれど、今なら話せるかもしれない。

 エルナ様は少し考えた後、肩を竦めた。


「はじめて聞いたときは、ずいぶん前時代的だなと思ったものよ。病は薬で治すもの。性別と名前を偽って守れるものなんて、ないんじゃないのかしらって思っていたわ。だから、面白くて、真剣ではなかったわ。この国ではそれが慣例だから、そういうものかなって思っていたけれど」


「実際、過去の王妃様は王子を亡くされているようなのです。……私は、呪いなのではないかなと思ってしまって」


「呪いなんてあるかしら。どういう状況だったの?」


 私はエルナ様に、調べたことを伝えた。


 エルナ様は私の話を聞き終えると、悲し気に目を伏せた。


「正妃マルーテの立場に私がいたら、とても苦しいことね。側妃との間に先に男児がうまれてしまったのだもの。王は血を残すのも仕事だから、何人も妻を娶っていいことになっているけれど……理解していても、嫉妬をしてしまうでしょうね」


「はい。それは、分かる気がします。私もゼフィラス様が、私の他にも女性を……と思うと」


 例えそれが、仕方のないことだとしても、

 やはり、痛い。

 口にするべきではないことは理解しているけれど、エルナ様に話すと心の棘が消えるようだ。


「そう思うと、王子の死は、呪いでも病でもなく人為的なものという可能性が高いのではないかしら」


「人為的、ですか」


「ええ。正体不明の疫病で王子が亡くなった――というよりも、側妃……フィオーラに嫉妬して、王妃マルーテが王子を殺すように誰かに命じた……としたほうが、しっくりこない?」


「そんな……で、ですが、それはあまりにも」


「リーシャちゃんの立場からすると、王族間での殺し合いなんて考えるだけで不敬でしょうけれど、実際、後宮ではよくある話なのよ。私の国……オルストニアの後宮では、少なくともよくある話だったわ」


「エルナ様も……怖い思いをしたのですか?」


「女はそんなことはないわよ。姫は、政略につかうことができるから。王子たちは、大変よ。皆、自分の子こそ王に――と、思っているもの。口には出さないけれど、後宮の女なんて野心家ばかりだもの」


「マルーテ様も、フィオーラ様を恨んでいたのでしょうか」


「リーシャちゃんだったらどう?」


「私だったら……そうですね。悲しいですし、苦しいことだと思います」


 私とゼフィラス様の間に子供ができずに、ゼフィラス様の愛情が自分ではない別の女性にむけられて、そちらに先に子供がうまれてしまったら。


 悲しくて苦しくて――その子供を、殺したくなるものだろうか。


 そこまで考えて、私は身震いした。


 心が苦しみに沈んだとしても、子供を殺すなんて――考えたくない。


「リーシャちゃんはいい子ね。想像だけで泣きそうになるほどに優しい子には、そんなことはできないでしょうね。私だって、流石にそこまではしないわ。もし同じ立場だったら、スグルトに枕をぶつけぐらいはするでしょうけれど」


 スグルト陛下の顔を思い出す。

 優しい顔立ちをした、ゼフィラス様に似て美しい方だ。


 エルナ様に枕をぶつけられている姿を想像してしまい、私は口に手を当てた。

 笑いそうになってしまった。


「笑っていいのよ、リーシャちゃん。王族だって、人間よ。リーシャちゃんと同じ。怒ったら枕をぶつけるし、頬をつねったりもするもの。だから……マルーテがフィオーラに嫉妬して、王子を殺したとしても、そんなにおかしいことじゃないとは思うわね」


「だとしたら、病でも呪いでもなく、暗殺、ということになりますね」


「子供を殺されたのだから、フィオーラもやり返すのではないかしら?」


「だから、マルーテ様の王子も、お亡くなりに……?」


「なんて考えた方がすっきりするでしょう。少なくとも、ゼフィラスは元気に育ったわよ。病から身を守るために、真剣に女装させてなんかいないわ。私はあの子を玩具にして、遊んでいたの。それでも、病になんてならなかった」


「……マルーテ様とフィオーラ様について、もう少しよく調べてみます」


 ただ名前だけだった二人の王妃の姿が、目の前に亡霊となって現れたような気がした。


 我が子を抱いて、二人は睨みあっている。

 そして、その果てに、二人とも精神に不調をきたしてお亡くなりに――。


 でも、それは変ではないかしら。

 嫉妬から互いの子を殺し合うような女性たちだ。


 強い意志がなければそんなことはきっとできない。自分こそが、王の寵愛を得るのだという、強い意志。欲望。野望。


 そんな方々が、二人とも心を病んで死んでしまうというのは、どうなのだろう。



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