もっと、近く
二人の王妃の死因についても、精神を病み、病死したとしか書いていない。
アリッサ先生の説明どおりだ。
「新しいことは、何もわかりませんでした。お時間をとらせてしまってごめんなさい、ゼフィラス様」
「リーシャと過ごす時間は、どんなものであっても貴重で楽しいよ」
「でも、ゼフィラス様、お忙しいのに」
「君との時間のためなら、多少の忙しさなどなんでもない」
「あ……ゼフィラス様」
もう一度本に視線を落とした私は、見知った名前を見つけて指で辿る。
「二人の王妃が亡くなったあと、王に嫁いだのは神官長の娘……ルシー・ランブルク。ランブルク神官家は今も神官長の家系ですね」
「あぁ。そうだな。ランブルク家は王家と同じぐらいに古い家柄だ。三大公爵家とランブルク家、その四家は始祖様の時代から存在していると記録には残っているな」
「アルゼウス・ランブルク様は私の同級です。誰にでも優しく平等な方ですね」
ゼフィラス様は「そうだな」と言いながら、視線を落とした。
何か嫌なことを言ってしまったかしらと、私はゼフィラス様を覗き込む。
「ゼフィラス様、アルゼウス様のことを、快く思っていませんか? 私、人を見る目があまりないようで……もし私が間違っていたら、教えて欲しいのです」
「アルゼウスは君の言うとおり、悪い人間ではないよ。真面目で清廉な男だと認識している。だが、君が他の男を褒めるとどうにも……嫉妬を。すまない。私は君よりも大人なのに」
「ゼフィラス様も……嫉妬をしてくださるのですか?」
私は目を丸くした。
ゼフィラス様はそういった感情とは無縁のような方に思えたからだ。
でも――そういえば、ゼス様に私を取られると言っていたことを思い出す。
「あぁ。私は多分人並みに、独占欲が強い。サーガにも嫉妬をしたし、君に褒められたアルゼウスにも。君が他の男の名前を呼ぶのが、嫌だ」
「誰の名前も呼ばないというのは難しいです。でも、極力気をつけますね」
「いや、いい。リーシャ、君は自然のままでいてくれ。私は勝手に嫉妬する」
「え、あ、ふふ……」
思わぬ宣言に、私は口元に手を当てて笑った。
「嬉しいです、ゼフィラス様。嫉妬をしてくださるというのは……私、何もかもが、はじめてです。そういった感情を、向けていただくのも」
「私は、君にしかこのような感情を抱いたりしない。君だけを愛している。君だけしかいらない」
「っ、は、はい」
囁かれる言葉はいつも熱くてひどく甘くて、自分がどこにいるのかさえ分からなくなってしまいそうになる。
本の文字を辿っていた手を握られると、唇が近づいた。
調べ物が終わったら、していただく約束だった。確かにもう、調べものは終わっていて──でも。
「ゼフィラス様、アルゼウス様にもお話を聞いてみようと、思います」
私が唇を開くと、ゼフィラス様がぴたりと動きを止めた。
顔が近いし、頬を包むようにして触れられているので、どこを見ていいか分からずに私は視線をさげる。
「アルゼウスに?」
「はい、もしかしたら……神官家の記録に、もう少し詳しいことが書いてあるかもしれません」
「そうだな、確かに。王家の記録は、王家に都合が悪いことは改竄する場合がある。特に、王妃の死などは……二人の王妃の、王位継承権を持つ子供たちがまるで競い合うように死ぬというのはな」
「……病であればそれでいいのです。何せ数百年前のことですので……何が事実かも、確認しようがないとは思うのですが、気になってしまって」
「神官家の記録には、また違うことが書いてあるかもしれない。リーシャ、アルゼウスに会う時には私も同行しよう。一応聞くが、君たちは親しいのか?」
「特別親しくはありませんが、学友、でしょうか……」
「私もリーシャと同じ年に生まれたかったな」
拗ねたようにゼフィラス様が言うのが愛らしくて、私は微笑んだ。
「年上の男性というのは、とても頼りになります。ゼフィラス様は、格好いいですよ」
「私はいつだって、君に触れたいのを我慢しているが、そろそろ限界だ」
やや乱暴に、唇が重なる。
ガタンと椅子が揺れる音がする。腰を抱かれて引き寄せられる。私の体はゼフィラス様と椅子に挟まれてしまって、身動きを取ることができない。
ゼフィラス様は大きいから、覆いかぶさるようにして私と唇を合わせている。
「リーシャ、君が私たちの子供のために、真剣に調べ物をしてくれるというだけで、私は嬉しくて、どうにかなりそうだ」
「ぁ……」
口づけの狭間に、低く掠れた声で囁かれる。
呼吸のために開いた唇に、ゼフィラス様の舌が入り込んでくる。
湿っていて熱くて、甘くて。
知識としてはあるけれど、実際にこんなふうに舌を絡められると、あまりの近さにくらくらした。
これ以上ないぐらいに、ゼフィラス様が近くにいる。
人には触れられない場所が、触れ合っている。
どうしていいか分からずぎゅっと目を閉じると、目尻に涙がたまった。
体の内側に触れられるというのは、怖い。全てを相手に明け渡すことに似ている。
でも、ゼフィラス様だから、怖くないのだろう。ゼフィラス様を信頼しているから、全て任せることができてしまう。
私の全てをさしあげたいと思うことができる。
「ん、ん……」
「リーシャ、好きだ」
「あ、……っ」
唇が離れて、こつんと額が合わさった。鼻先がふれあい、視界がぼやける。
艶のある声が鼓膜を揺らす。
「今のは、嫌ではなかっただろうか」
「いやじゃ、ないです……あの、ゼフィラス様」
「うん」
「私……頑張るって言いました。慣れますって。でも……慣れないかも、しれません……」
「……可愛い」
瞳が潤んで、体が熱い。
こんなことを──皆、しているのかしら。
とても慣れることはできそうにない。どうしたらいいのかしら。
困ってしまった私の唇や頬を撫でて、ゼフィラス様は「慣れなくてもいい」と言って愛しげに目を細めた。