五代目の王の子供たち
ゼフィラス様の顔が離れていって、私の唇を硬い指先が撫でた。
「ん……ぁ」
「リーシャ……可愛い」
囁くような言葉が耳に触れて、全身がかっと熱を帯びる。
もうすでに熱いけれど、焼けるみたいに熱い。
瞳が潤んで視界がぼやける。あまり人には見せられないような顔をしているのではないかしら。
ゼフィラス様に捕まっていた手を離すと、足に力が入らないせいで体がふらついて、ずるっと倒れそうになる。
倒れる前にゼフィラス様が私を抱き上げてくださった。
「どうした? 具合が……」
「ち、違うのです……なんだか、力が抜けてしまって……」
恥ずかしくて、ゼフィラス様の顔を見ることができない。
唇を辿る舌の感触が妙に淫らで、思い出すだけで胸が激しく高鳴った。
「……っ、そうか。……」
「……あ、あの、ごめんなさい。もっと慣れます、私、頑張りますから、呆れないでくださると嬉しいのですが……」
あの程度でこんなに恥ずかしがってしまっていては、ゼフィラス様も困ってしまうわよね。
ゼフィラス様は少しずつでいいと言っていたけれど、夫婦になるのだから、これぐらいで動揺していてはいけない。
王妃というのは堂々としていなくてはいけないのだと、アリッサ先生も言っていたもの。
「……君が可愛すぎて、私はどうしたらいいのかわからない」
絞り出すような声でゼフィラス様は言って、抱き上げた私の首筋に顔を埋めた。
「私は幸せだ、リーシャ。君のこんな、愛らしい姿を見ることができるのだから。……呆れたりはしない。リーシャが可愛くて、倒れそうだ」
「あ、ありがとうございます……可愛いと言われるの、慣れていなくて。嬉しいです」
「可愛い。可愛いリーシャ。め……」
「め?」
「い、いや、なんでもない。本を取るのだったな。私がとろう。あの本か? 五代目の王の」
「は、はい。その本です」
め――とは、何かしら。
ゼフィラス様がそれ以上言わなかったので、私も聞かなかった。
少し落ち着いた私を床に降ろして、ゼフィラス様は軽々と上段の本を取ってくれる。
私では背伸びしてやっとの場所にある本は、ゼフィラス様の背丈では軽々と抜き出すことができた。
机まで本を持っていくと、椅子に並んで座った。
静かな図書室に二人きりで並んで座っていると、まるで秘密の場所に隠れているようで、妙に気持ちが浮足立った。
「五代目の王には妻が二人いた。王は妃を何人も娶ることが許されている──もちろん、私はリーシャ以外の女性を娶る気などないが」
記録書の頁を、ゼフィラスの長い指が捲る。
もし私との間に子ができなかったらそれはよくないことではないかしらと思ったけれど、私は言葉を飲み込んだ。
私は――今まで、男性の愛がなくても大丈夫とでもいうような態度を取り続けてきた。
本当はそんなこと、ないのに。素直に感情を伝えるべきだとお母様には言われた。
私は、ゼフィラス様の前では、できるかぎり可愛い女性でいたい。
「ありがとうございます、ゼフィラス様。……王としての義務については理解しているつもりですが、やっぱり、寂しく思ったり、嫉妬をしてしまうと思いますから、そうおっしゃってくださると嬉しいです」
「どんなことがあっても、私は君以外を愛さないよ、リーシャ」
「はい、ゼフィラス様。私も、同じ気持ちです」
本の頁をまくる手に、手を重ねて、微笑みあう。
視線が交わり、顔が近づく。また口づけられるのだと思うと、体にわずかな緊張が走る。
羞恥と喜びと緊張は、感情の一塊になっているみたいに、いつも同時に体を支配する。
ゼフィラス様は口づける前に口元を手で押さえると、軽く頭を振った。
「駄目だな、私は。つい、欲望が先走ってしまう。……今は真面目な調べものの最中だったな。口づけは、あとで。一度すると、際限なくしたくなってしまう」
「……は、はい。あの、よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしくお願いされた」
何となく、気恥ずかしい空気が部屋に充満する。
気を取り直して私は、本の文字に意識を向けた。
「王妃様には長らく子供が生まれなかったのですね。第二妃様に王子が生まれて、そちらを後継者にという声があがったと書いてあります」
「あぁ、そのようだな。昔のことだから、改めてこの時代について調べることもなかったが、王妃の立場を思うと不憫なことだな」
第二妃との間に生まれた王子が亡くなったのは、王子が五歳の時。
病気の病名は、疫病としか書いていない。
「病気の症状は……不明? 朝目覚めると、ベッドの中で息を引き取っていた」
「突然死のようなものだな。熱が出たわけでもなく、体に不調があったわけでもないようだ」
「その後すぐに、王妃様に子供が産まれた。その子も王子で、王位継承権を持っていた……けれど、先に亡くなった第二妃様の子を追いかけるように、同じような状態で亡くなっている。まだ一歳に満たない年齢です」
「残酷なことだ。まだ赤子だというのに。気を病んでしまう気持ちも理解できる」
その後立て続けに、やはり同じような症状で第二妃様の王子が二人亡くなっている。
生まれては、命を奪われてしまう。
確かにそれは、恐ろしい呪いのようにも思えた。