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伝統の始まり


 王妃に教育の場として選ばれたのは、お城の図書室の一角にある歴代の王家の方々が教育を受けてきた勉強部屋である。 


 窓からは明るい光が降り注ぎ、重厚感のある立派な木製の机と椅子が並んでいる。


 朝から休憩を挟んで、昼過ぎまで。


 ありがたいことに、歴代の王妃様を教育してきた由緒ある家の出の先生が、私のために時間をさいてくれている。


 王妃様とご挨拶をした時に、「まぁ、リーシャちゃん。息子のために頑張ってくれるなんてありがとう」とおっしゃって、選んでくださった方だ。


 ゼフィラス様はゼフィラス様のお母様──エルナ様が苦手らしい。


 エルナ様と、それからお姉様であるラスティ様に、十六歳になるまでおもちゃにされたのだという。


 エルナ様やラスティ様にとってはそうではなかったのかもしれないけれど、ゼフィラス様にはそう感じられたのだ。


 ゼフィラス様はお美しくていらっしゃるから、リボンやフリルで飾りたくなる気持ちは分かる気がする。


 けれど、ご本人にとってそれは苦痛でしかなかったのよねと、ゼフィラス様の話を聞きながら、私は頷いていた。


 当時の話を、ゼフィラス様はエルナ様やラスティ様とはしていないみたいだ。

 

 ややこしくなるからいまさら話さなくていいと、ゼフィラス様は思っているようだった。


 先にゼフィラス様の話を聞いていたので、エルナ様とは一体どんな方なのかと思っていた。


 元々は隣国の姫で、さぞ怖い方なのかと不安になっていたのだけれど、気さくでいい方だった。


 ゼフィラス様に言わせると、強引で口うるさい、らしい。

 少しでも反抗すると「フィーナは可愛かったのに!」と言って泣くので、面倒なのだそう。


「まぁ……王妃教育といっても、リーシャ様は高等教育も終えられていて、シグルストから貰った成績表によれば、どの科目も評価はA以上はあるので、教えることなんてあまりないのですけれども」


 アリッサ先生が腕を組んで首を傾げながら言った。

 艶やかな赤毛の色気のある佇まいの先生は、シグルスト先生が騎士だった時からの知り合いらしい。


 私の成績はすでにアリッサ先生に伝わっていて、それを元に教育課程を組んでくれている。


「そもそも、アールグレイスグループが王国中で商売をしているから、リーシャ様も王国国内の情勢や気候や土地の特色などについてはとても詳しいですものね。残すところあとは、王家の歴史ぐらいでしょうか。多国語も、よく話すことができますし」


 ありがたいことに、お父様はよく我が家に他国からの客人を呼んでいた。

 だから、自然と覚えることができた。

 堪能というほどでもないけれど、話すことはできる。


「私などは、まだまだです。よろしくお願いします、先生」


「あまり謙遜しすぎるのもいけませんよ、リーシャ様。王妃様とは、自信と威厳に満ちていなくてはいけません。王妃様の不安な言動や表情が、皆に移ってしまうものですから」


「はい、気をつけます」


 王家の歴史の授業が始まり、私はノートに書き込みをしながらアリッサ先生の話を聞いていた。


 歴代の王子が十六になる日まで名前を変えて性別を偽るという話になり、私は手を挙げて質問することにした。


「アリッサ先生、名前を変えることが魔性のものから身を隠すことに繋がることはわかりましたが、いつからそれは始まったのですか?」


「五代目のエルランジア王の時代ですね。その時代、王子が立て続けに身罷られるという凶事が起こったのです」


「立て続けに……」


「最初に亡くなったのは第二王妃様の御子。次に亡くなったのが正妃様の御子。そして、お生まれになった第二王妃様の御子が二人。合わせて、四人の王子が亡くなっているのですね」


「ご病気でしょうか」


「記録には、病死と。それを苦にした王妃様と第二王妃様も精神の安定を崩されお亡くなりに」


 背筋にぞくりとしたものが走る。

 今から数百年前の時代だ。

 病への知識も今よりは浅いだろうし、治療法も少なかっただろう。


 自分の子を失うとは、どんな気持ちだろうか。

 自分が死んだほうがずっといいと思うぐらい、悲しく辛いことだろう。


 だから、二人の王妃様はお亡くなりになってしまった。


「結局、エルランジア王は若い妃を娶り、大神官様の指示で生まれた子に女の姿をさせて名前を変えさせました」


「大神官様の発案だったのですね」


「三女神の御信託を受けたようです。そうすれば、魔性のものから守ることができる、と」


 三女神様とは、大神殿に祀られているこの国の守護神様のことだ。

 エデンズトーアをおさめている、生と死と、豊穣を司る女神様たち。


 王国民にとっては、馴染み深い神々である。 

 アリッサ先生は淡々と続ける。


「十六までというのは、その時代の王家では十六には成人の儀式を受けていたからですね」


「その王子はご無事だったのですか?」


「ええ。大切に守られて育てられたようですよ。若い妃は大神官様の娘でもありましたから、王家と神官家、双方の家に支えられて立派な王に──いえ、どうでしょうね。少々、問題はあったようですが」


 アリッサ先生はそこで声をひそめた。


「王家に残った唯一の男児ですから、それはそれは大切に育てられたようです。そのせいで、少々わがままにお育ちになられたようですね。エルランジア王国の暗黒時代と呼ばれている時代がその後続き、王家は財政難に苦しんだようです」


「浪費家だったということですね」


「ええ。浪費家で、後宮にも多くの女性を侍らせたようです。後宮に女性が増えれば、国庫を圧迫しますので……しばらくは大変な時代が続いたと、歴史書には残されれています」


「誰も、咎めなかったのでしょうか」


「神官長の娘の子ですから、神官家の後ろ盾も強かったようです。誰も諫められなかったか、諫めたものを遠ざけたか。そのあたりのことはわかりませんけれど」


「……そうなのですね。……名前と性別を隠したことで、無事にお育ちになって王になられたのですね」


「ええ。王子を隠すという伝統はこの時から始まりました。そして今も、それは続いています。ゼフィラス様も」


「はい。それは存じ上げています」


「ゼフィラス様はこの伝統を終わりにしたいと思っているようですが、長らく続いたものを変えるのは難しいのです。伝統を終わらせて王子が身罷られたら、古くからのしきたりに反したからだと言われかねません」


「……長らく信じられてきたものを変えるというのは、難しいことですよね」


 確かにアリッサ先生の言うことはもっともだった。


 けれど――名前を隠すことで避けられる病なんてあるのかしら。

 それはやっぱり、ただの迷信なのではないかと思うけれど、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。




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