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小さな騎士見習い



 王妃教育を受けるため、お城に通うようになった私を、アシュレイ君とハクロウが朝早くから玄関で送り出してくれる。


 アシュレイ君はゼフィラス様から贈られたアシュレイ君用の仮面と、ローブに身を包んでいて、ハクロウにも同じような特製のローブを着せている。


 黒騎士見習いアッシュと、そのオトモの白狼ハクロウなのだという。

 どうしてアシュレイじゃなくてアッシュなのか尋ねたら「仮面の騎士は、身分と名前を隠すものなんだよ、リーシャ」と得意げに言っていた。


「リーシャ、いってらっしゃい! 黒騎士様によろしくね!」


「ありがとう、アシュレイ君。見送り嬉しいけれど、無理はしないでね」


「無理はしてないよ。王妃様を送り出すのは、騎士の仕事だもの」


 アシュレイ君は最近は騎士ごっこに夢中だ。

 ゼフィラス様からプレゼントして貰った衣装を、毎日のように着ている。


 お兄様は「アシュレイにはアールグレイス家を継いでもらわないといけないんだけどね」と困り顔で言っていた。

 

 けれど、以前にもまして元気そうなアシュレイ君の様子に、とても喜んでいるようだった。


「うん。頑張るわね、ゼフィラス様に相応しい私になれるように」


「ゼフィラス様はリーシャが好きなんでしょ? それなのに、相応しいとか相応しくないとか、どうして?」


 アシュレイ君に不思議そうに聞かれて、私は確かにと僅かに逡巡する。


「……うん。そうね。じゃあ言い方を変えましょう」


「何か変えるの?」


「ええ。……立派な王妃様になれるように、かしら。ゼフィラス様の前では、私は私のままでいてもいいのよね、きっと」


 私が王妃教育を受けるのは、この国の方々のため。

 ゼフィラス様と私の身分は釣り合わない。


 そのうえ、まともに教育も受けて来なかったとあっては、ゼフィラス様の信用が失われてしまうだろうし、王国民の方々を失望させてしまう。


 今までは、自分が正しいと信じたことを自分の気持ちのまま行なってきた。


 これからはそういうわけにはいかない。私の言動で、困る人たちがたくさん出てきてしまうのだ。


 けれど、ただのリーシャとしては──このままでいいのかもしれない。

 ゼフィラス様が私を好きだとおっしゃってくれているのだから。


 変わらなくてはと意固地になるのは、アシュレイ君の言うようにきっと変なのだろう。


 アシュレイ君は小さな手で、私の手を引っ張った。


「僕も、今のままのリーシャが好きだよ」


「ありがとう、アシュレイ君」


「お母様が死んじゃうかもって、僕はリーシャに言ったでしょ? ひどいことを言ったって思って。僕があんなことを言ったから、お母様は死んじゃったんだって、僕はリーシャを困らせたよね」


 それは、よく覚えている。

 お義姉様が亡くなった後のことだ。


 私は、ずっと塞ぎ込んでいたアシュレイ君を気晴らしに庭園のお散歩に連れ出した。


 アシュレイ君は何も話さなかった。私も何も聞かなかった。

 それでも拒絶したり逃げ出したりはしなかったから、手を繋いで庭園の奥に行って、東屋でお花を見ながら休憩をした。


 気づくとアシュレイ君の大きな瞳から涙がぼろぼろ溢れていて「お母様が死んじゃったのは、僕のせいだ」と自分を責める言葉を、ふりしぼるような声で吐き出した。


「僕が、ひどいことを言ったから……お母様は死んじゃうかもしれないって、言ったから! 元気になるのを、信じてあげられなかったから、本当に死んじゃったんだ……!」


「……そんなことはないわ。お義姉様が亡くなったのは、誰のせいでもない」


 私は、なんて言っていいのかわからなかった。

 どの言葉を選んでも、それは全て軽薄に聞こえるような気がした。


 死に対して私はとても無力でちっぽけだ。

 浮かんではパチリと弾けてしまうシャボン玉みたいに、アシュレイ君に伝えられる言葉が頭に思い浮かんでも、声にならなかった。


 だから、その体を引き寄せて、ずっと抱きしめていた。

 それしか私にはできない。


 せめて、アシュレイ君は一人ではないのだと、感じていて欲しかった。


 私がいる。お兄様がいる。

 そしてお義姉様も、きっと見守ってくれている。


「リーシャ、人は死んだら、どうなるの?」


「……わからない。神殿の教えでは、よい人たちは女神様たちに導かれて、エデンズトーアに行けると言われているけれど」


 それは、神殿での教えだ。

 私たちが死んだら、その魂は死者の楽園であるエデンズトーアに導かれるといわれている。


「じゃあ、そこにいったらお母様に会えるかな」


「……きっとまだ早いって怒られるわ。お義姉様はアシュレイ君をエデンズトーアから見ている。精一杯生きて生きて、楽しいことをたくさんして、いいこともたくさんして、そうしたらきっと胸を張ってお義姉様に会いに行ける」


「……うん」


 私にできることは少なくて、かけられる言葉も少ない。

 けれどアシュレイ君と一緒にいることはできる。


 アールグレイス家は恵まれていて、だからこそ誰かを守れる強い人にならなくてはと思っていた。


 それだけじゃない。

 アシュレイ君のお手本になるように、生きなければ。


 真っ直ぐに生きよう。困っている人を助けよう。誰かを支えよう。

 いい人間で、いなくては。


 そう思い続けてきた。


「僕は、リーシャがいてくれたから、大丈夫って思えたんだよ。もし誰かがリーシャを悪く言ったら、僕がやっつけてあげる。僕は、騎士だから」


「ありがとう、アシュレイ君。じゃあ、困ったときは助けてね?」


「うん!」


 アシュレイ君は力強く頷いてくれた。

 私はアシュレイ君の頭を撫でる。「騎士の頭を撫でたらダメだよ」と注意されたので、くすくす笑った。


 本気で嫌がっているわけじゃないことを、知っている。


「じゃあ行ってきます」


 その愛らしい笑顔を見るだけで、今日も頑張ろうと思えるのだ。


 先に馬車で待っていてくれたグエスが涙ぐんでいるので、私はその背中を軽く撫でた。


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