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婚礼着の始末


 ◇


 クリストファーとの婚礼に着るはずだった婚礼着が、綺麗にたたまれて袋に入れられる。


 私にとってはもう必要ないもので、かといって捨てるのも忍びない。

 せっかく、お母様が私のためにつくってくださったものなのだから。


「ゼフィラス殿下は、なんておっしゃっているの?」


「婚礼着についてですか?」


「ええ。もちろん、相談はしたのでしょう?」


「はい」


 お母様とお父様はまだ領地に帰らずに、タウンハウスに残っている。

 久々に会うアシュレイ君と遊んだり、ハクロウを撫でたり、のんびりすごしていた。


「新しいものをその日がきたら送らせて欲しいと。婚礼着についても王家の伝統があるようですから、お願いをしました」


「そう。それならいいわ。あなたは一人で決めて一人でどんどん歩いて行ってしまうところがあるから、気をつけなさいね」


「ありがとうございます、お母様。それについてはとても反省しています。私、目の前に水溜まりがあっても気づかずに突き進んでしまうみたいなので」


「それがあなたのいいところだと私は思けれど、あなたには幸せになって欲しいのよ。親としてね」


「はい。気をつけます」


 ゼフィラス様と婚約をしたのに、クリストファーとの婚礼着をとっておくのはゼフィラス様に失礼な気がした。


 だから、やはり捨てた方がいいのかと尋ねてみると、ゼフィラス様は「リーシャのドレスは私が準備する。王家にはお抱えの仕立屋がいて、彼らに任せないと後々面倒になるんだ。クリストファーとの婚礼着など燃やし……いや、着ることはもうないだろう」とおっしゃっていた。


 だから、捨ててしまおうかと思ったのだけれど、それでは勿体ない。

 ドレスを仕立てるのには多額のお金がかかっている。

 特に婚礼着は、一度しか着ないにもかかわらずとても高級である。


 貴族の女性たちの中には、一度着たドレスは二度と着ないという方もいるようだけれど。

 ともかく、婚礼着を捨てるなんてことはとてもできないと考えた。


 なんとか役に立てることはできないかしらとひとしきり考えて、グエスの結婚式に使用してはどうか――と、思いついた。

 でも、体型が違う。グエスの方が私よりも大きいし体つきも豊満だ。


 そうすると、もっと不特定多数の方々にドレスを試して貰ったら、使用できる人が見つかるかもしれないと思ったのだ。


 だから、お兄様にそれを提案した。

 ドレスを捨てるのではなく、要らないドレスを買い取って、安価で庶民の方々に貸し出しはできないものかと。


 庶民の方々だって結婚式はあげる。もちろんそれは貴族のそれに比べたら細々としたものだ。

 日々の暮らしで精一杯な方々にとって、着飾っての結婚式など、かなり敷居が高い。

 けれど、女性であれば――華やかな婚礼着を着て、美しい姿で結婚式をあげたいと思う物ではないだろうか。


 私もそうだったように。確かに私は、クリストファーとの結婚が破談になってしまい、婚礼着を着ることができないことを、とても残念に思ったのだ。


「なるほど。それはいいね、リーシャ。私は男性だから、そういったことには疎くてね。でも、そうだね。ドレスの貸し出し屋とはいままでなかった。貴族たちから婚礼着を買い取り、洗濯や縫い直しなどの管理を行い、貸し出しを行う……儲かるかもしれないよ」


「儲かるかどうかまでは分からないですけれど、捨ててしまうのは勿体ないと思って」


「商売のはじまりはいつだって、無駄を省きたいという気持ちからはじまるんだよ。足りないことに気づくのも才能だよ。美しいドレスを着るのは金持ちの特権だったけれど、安価で貸し出されるものであれば皆、もう少し気軽に着飾ることができる」


 うんうんと頷きながら、お兄様は続ける。


「婚礼に限ったものではなく、音楽会や観劇、それなりのドレスコードが求められる場所も、もう少し出入りしやすくなるね。それに、貴族たちにとっても、宝石やアクセサリーと違って、ドレスは高級過ぎるし使い道がなくて誰もが買い取りを嫌がるものだから、それを買い取ってくれる店ができるのは喜ばしいことだ」


「お兄様はすごいですね。一つのことから、十ぐらいのことを考えることができます」


「この場合すごいのは、私ではなくてリーシャだよ。リーシャは自分を過小評価するところがあるけれど、そんなことはない。私はあんなドレスなど捨ててしまえばいいとほんの数分前は思っていたからね」


 それからのお兄様の動きは迅速だった。

 王都にホテルを建てるために買い取っていた土地の、取り壊そうとしていた建物をレンタルドレス用の店に変えた。


 それから、アールグレイスグループのホテルで結婚式プランを組んで、旅行と結婚式を同時に行うことができるようにして、庶民の方々が手を出しやすい値段設定にするのだとか。


 お兄様は「王都にはウェールス商会があるからね、ホテルを建てるのはどうかなって悩んでいたんだ。それに新しい事業もしたいなって思っていたところだから。素敵な提案をありがとう、リーシャ」と、とても喜んでいた。


 ――そんなわけで、私の婚礼着も買い取られて運ばれていくところである。


「でも、ドレスを買い取ってくれるというのはいいわね。保管にだってお金がかかるし、体型が変わってしまえば昔のドレスなんて着れないもの。そもそも毎年、流行が変わってしまうし、流行遅れのものを着ると馬鹿にされるしね」


 運ばれていくドレスを見ながら、お母様が言う。

 お母様は確かに、以前よりもふくよかになったようだ。


 お父様は「丸い女性はいいものだよね。豊かさの象徴という感じがする。もっと丸くなってもいい」と、お母様のふくよかさを喜んでいる。


「リーシャもお父様の子ね。発想が商売人だわ」


「……お母様、私、悩んでいます」


 ドレスがお兄様の部下の方によって運ばれていったあと、応接間に残った私はソファに座っているお母様に話しかける。


「まぁ! 悩み、何かしら! リーシャは悩みを相談しない子だったから、嬉しいわ、お母様は」


「私、自分の発案が、商売に繋がるとはあまり思っていませんでした。お金のことを気にしたり、それを口にするのは……男性から、嫌われますでしょうか」


「ゼフィラス様に嫌われることを心配しているの?」


「は、はい……ゼフィラス様は、優しい方ですけれど。できれば、好かれたいと、嫌われたくないと考えてしまって……」


「相手のために変わろうとするのは尊いことだわ。でも、あなたのままのあなたを、ゼフィラス様は好きなのではないかしら。気になるのなら聞いてみるといいのよ。あなたは、もう少し感情を素直に出した方がいいわね」


 感情を素直に出す――。

 やってみようと、私は「頑張ってみます」と頷いた。



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