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ルーベルト・アールグレイス


 アールグレイス家のタウンハウスに戻ると、侍女のグエスが待っていた。

 グエスは古くからアールグレイス家に仕えてくれているオルディアン家の二女で、私よりも二つ年上の二十歳。

 栗色の髪に茶色の瞳の、全体的にモンブランを思わせる色合いの愛らしい女性である。

 

 ルーベルトお兄様の護衛のアルバさんと恋人で「お嬢様が結婚したら、アルバとの結婚を考えます」と一年ほど前から言っている。


「お嬢様!? どうされました、お嬢様……っ! ドレスも乱れて、髪も……靴も履いていませんし……!」

「グエス……!」

「お嬢様!」


 グエスに抱きつく私に、同じぐらい激しく私を抱きしめ返してくれる。

 私の結婚を楽しみにしてくれていたのに。

 すごく、もうしわけない。今日あったことを伝えようとしたけれど、恥ずかしくて情けなくて、言葉が喉につまってしまう。


「どうしたんだい、二人とも。そんなところで。リーシャ、おかえり。劇は楽しかった……って何があった!?」

「ルーベルトお兄様……!」

「クリストファーがリーシャをこんな目に……!? なんてことだ……」


 騒ぎを聞きつけたのかルーベルトお兄様もやってくる。

 私と同じ、薄い秋空のような青みがかった銀の髪に青い瞳の、優しげな風貌の方である。


 私よりも十歳、歳の離れたお兄様は今、二十八歳。奥様も子供もいる──正確には、いた。

 お義姉様は体があまり強くない方で、一年前に病を拗らせてそのまま亡くなってしまった。

 子供は一人。八歳のアシュレイ君。


 お姉様が亡くなる前はみんなでアールグレイス伯爵家で暮らしていたのだけれど、お父様とお母様に伯爵家と領地をおまかせして、今は王都のタウンハウスに住んでいる。


 お兄様はアールグレイス家の資産を使って、各地の土地を購入してはホテルを建てるという事業を営んでいる。

 王都にいる理由の表向きは、情報がすぐに入るし仕事がしやすいから、みたいだけれど。


 詳しくは聞いたことがないけれど、本当はお義姉様が亡くなってしまって、寂しいからなんじゃないかなって私は思ってる。

  

 辛い顔もしないし、私にとってはいつでも穏やかで優しい、いいお兄様だ。

 そのお兄様は、私の姿を見て顔を真っ青に染めた。

 喜怒哀楽の喜と楽以外の感情をあまり顔に出さないお兄様の、珍しい表情だった。


「今すぐ、ベルガモルト公爵家に抗議の手紙を出そう。なんて酷いことを……」

「違うのですお兄様。酷いことはされました、されましたけれど、少し、違います」


「どう違うんだ、リーシャ。婚礼前に、無理やり襲われそうになったのではないのかい? お兄様には隠さないで言ってほしい」

「とりあえず、落ち着いてください。私は大丈夫ですから。あまり騒ぐと、アシュレイ君が起きてしまいます」


 もう夜も遅い。アシュレイ君はとっくに寝ている時間よね。

 お兄様があんまり狼狽えるものだから、私は逆に少し落ち着くことができた。


 確かに私、酷い姿をしているものね。

 勘違いされても仕方ないぐらいの。

 

 いますぐベルガモルト公爵家に乗り込みにいきかねないお兄様の気迫に気押されながらも、私はグエスとお兄様と一緒にリビングルームに向かった。


 グエスの指示で、他の侍女が私の体を隠すための長いショールを持ってきてくれる。

 履き物と、それから暖かい紅茶も用意される。


 馬車で私の送迎をしてくれていた従者たちがお兄様に謝ろうとするので、「私のせいですから、休んでください」と言ってさがってもらった。


 お兄様にはきちんと事情を話さなくてはいけないけれど、皆の前で話すのはやっぱり気が引ける。


 グエスには部屋に残ってもらい、お兄様とグエスと三人になった。

 私はソファに座って、暖かい紅茶を一口口にする。


 ふぅっと息を吐き出して、今日起こったことを話した。


「実を言えば、お兄様には内緒にしていたのですけれど、今日のデート、クリストファーに断られてしまっていました」

「ではリーシャは一体誰と観劇に行ったんだい?」


「一人で」

「一人で!? そんな……私を誘ってくれたらよかったのに」


「アシュレイ君を置いて観劇に一緒に行こうなんて言えませんし。私、結構一人が好きなのです」

「……しかし。まぁ、今は、それはいい。それで何があった?」


「劇を楽しんだ帰りに、クリストファーに会いました。クリストファーは私のお友達のシルキーとデートをしていて……浮気を、していたんです」

「なんてことだ……」


 お兄様は額に手を当てて、首を振りました。

 そして「あの子はいい子だと思っていたのに」と、がっかりしたように呟きました。


「私、我慢ができなくて。その場で、クリストファーを叩きました。浮気を責めると、私のことなど嫌いだと。婚約は破棄だと言われて……」


「一体リーシャにどんな不足があるというのか。こんなに可愛いのに」


「お兄様、それは兄の欲目というものですよ」

「欲目でもいい。私にとっては王国一可愛くて賢い、自慢の妹だよ」

「ありがとうございます」


 私の落ち度を、何か指摘されるかと思った。

 けれどそんなことはなくて、お兄様が私の髪を撫でてくれるので、私は安堵の息をついた。


「そこまでは理解できた。でも、どうしてリーシャがこんなにぼろぼろにならなくてはいけない?」


「私……お恥ずかしい話なのですが、浮気をされたショックで、馬車に戻らずにそのまま街の酒場に駆け込んだのです」

「その格好でかい?」


「はい、この格好で」

「リーシャ……」


「ご、ごめんなさい、反省しています、二度としません……! 私、怖い思いをしそうになりました。けれど、それを黒の騎士様が助けてくださって……」

「黒の騎士というと……あの冒険者の……いや、まさか、そんな……」


「お兄様?」

「いや、いいんだ。しかし偶然居合わせた……? 黒の騎士が?」

「はい」


「そう……ともかく、リーシャが無事でよかった」

「ゼス様のおかげです。必ずお礼をすると、約束しました」


「うん。そうだね。それがいい。……何もなかったんだね? 傷つけられたりは」

「この通り、無事です」


 グエスは涙ぐみ「なんて酷い……」と呟いて、お兄様は労わるように私の手を握ると「ゆっくり休みなさい、リーシャ。後の処理はお兄様がしておくから」と言ってくれた。



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