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もっとあなたを、きっと



「言い訳も、弁明も、あとで聞こう。二人を連れて行け」


「はい、殿下。皆、二人を捕えろ」


 ゼフィラス様の命令に、ゲイル様がすぐにこたえる。

 ゼフィラス様の護衛のために待機していた兵士の方々に命令をした。


「俺は、なにも悪くない! なにも! 俺は何もしていない! 父上! 母上……!」


 拘束されるクリストファーに、公爵夫婦は応えない。


 縋るように、その瞳が私を向いた。


「リーシャ! 殿下に言ってくれ、何かの勘違いだって! 俺は無実だ、ベルガモルト家の血を持つ俺が……こんなことは間違っている! リーシャ!」


「クリストファー様。……罪を認めて、償ってください」


 私は目を伏せる。

 ほかにかけられる言葉はない。


 シルキーさんは、涙を流している。

 哀れみを誘う姿だ。「お父様、お母様!」と助けを求められたシルキーさんのご両親も、彼女から顔を背けた。


 クリストファーとシルキーさんは、ゼフィラス様の指示によって兵士の方々に拘束されて連れて行かれた。


 ミランダ様は憤慨していて、事態を見守っていた貴族の方々は呆気にとられている。


 ベルガモルト公爵も奥方様も、もう、クリストファーに視線さえ向けなかった。


 奥方様の目尻に涙が浮かんでいた気がしたけれど――私には、何もできることがなかったし、言うべき言葉もみつからなかった。


 いつの間にかお兄様が私の肩に手を置いて、アシュレイ君が私の手を握ってくれる。


 ゼフィラス様は二人に「リーシャを少しだけ、任せてもいいか」と尋ねて、アシュレイ君がまるで騎士みたいに「もちろんです、殿下」とかしこまってこたえた。


 護衛兵たちとともにいたルートグリフさんが、ゼフィラス様にローブと仮面を渡す。


 アシュレイ君が弾んだ声で「黒騎士ゼスだ……!」と、瞳を輝かせた。


 ローブを羽織り、仮面をつけて、ゼフィラス様は颯爽と舞台にあがっていく。

 

「――この姿を見れば分かるかと思うが」


 舞台に立つ妖しげな仮面の騎士様に、貴族の皆様は再び言葉を失ったようだった。


 黒騎士ゼス様を知っている者たちは「ゼス様だ」「ゼフィラス様……」とこそこそ言い合っている。


「ゼス。ゼフィラス。わかりやすすぎると思いますのよ。でも、誰も気づかないのが不思議で仕方ありませんでしたわ」


「まさか王太子殿下が妙な仮面をかぶって冒険者をしているとは思わないですからね」


 ミランダ様とゲイル様が顔を見合わせて、微笑みあった。


「黒騎士ゼスとは私だ。つまり、リーシャと過ごしていたゼスとは私で、私はずっとリーシャに片思いをしていた。婚約も、私が無理を言って結んだものだ」


 ずっと隠していた筈なのに。

 私のために――皆にそれを告げてくれている。


 もうこれ以上晒せるものはないのだと、手持ちのカードを全て切ってしまうぐらいの潔さで。


「私はリーシャを愛している。彼女の、人に手を差し伸べるのは当然だと思っている優しさを。自分の命さえ省みず、誰かを助けるためなら一歩踏み出すことのできる強さを、愛している」


「……っ」


 クリストファーが勝ち誇ったように言っていた、ゼス様との浮気の誤解をとくためだろう。

 

 秘密をさらして、私を守ろうとしてくれている。


 その優しさが、想いが、心を満たしていく。

 冷え切っていた指先に、温度が戻ってくる。


「私は、リーシャを妻にしたいと願っている。そのために愛を捧げて、努力をしている最中だ。邪魔をしたい者や文句があるものは、私に直接伝えるといい。それから――アールグレイス家が権力を持つことを危惧する者がいるようだが、それは間違いだ」


 ゼフィラス様はそこで言葉を句切った。

 先程まで文句を言っていた貴族たちが、静かにゼフィラス様の言葉を待っている。


 顔を隠していた仮面を外し、ローブを脱いで、ゼフィラス様は笑った。

 誰もを魅了してしまうような――とても美しい笑みだった。


「アールグレイス家は、王家など必要がないぐらいに金を持っていて、その金を善業の為に使っている。私はそれは何故なのか、アールグレイス伯爵と、ルーベルトに聞いた」


 私の隣で、お兄様が口元に手を当てている。

 恥ずかしそうに照れている姿はとても珍しいものだ。


 まさか、公の場で皆に言われるとは思っていなかったのだろう。


「金を稼ぐのは単なる趣味であり、余剰資金を善行に使えば、巡り巡ってよいことがあるのだそうだ。悪いことをすれば、悪いことが起きる。因果応報――これは、アールグレイス伯爵の取引先の、異国の言葉だな」


 因果応報――そのような意味のことを、私は昔お父様から聞いたことがある。


 よい行いを続ければ、よいことがある。

 けれど人は弱いから――悪いことをもしてしまう。


 そうならないためには、強くならなくてはいけない。


 でもやっぱり、人は、弱いから――。


 間違いを、犯してしまう。


 二人の罪は、そそがれるのだろうか。

 せめて、メルアがこの先、幸福に生きられるようにと祈ることしかできないけれど。


「せっかくの祝いの場を、混乱させてしまいすまなかった。卒業生たちは、これからも――私とともにこの国をささえて欲しい。私も、これは趣味だが、ゼスとして。それから、ゼフィラスとして。この国を、よりよくしたいと願っている」


 ゼフィラス様の言葉に、生徒たちからは拍手が沸き起こる。


 お父様は元気づけるようにベルガモルト公爵の肩を叩き、お母様たちは涙ぐみながら手を握り合っている。


 ゼフィラス様が私の元に戻ってきて、手を差し伸べてくださる。


「……このようなことになってしまって。辛い思いをさせたな、リーシャ。すまなかった」


「覚悟はできていました。私も、申し訳ありませんでした」


「リーシャが謝ることは、なにも」


「ゼフィラス様に甘えてばかりいました。毅然と、立ち向かわなくてはいけなかったのに、それができなかったから。だからきっと私は侮られて、彼らは……こんなことを」


「それは、どうだろうか。……リーシャの態度がどうであれ、同じ間違いをおかしていたかもしれない。それに、私は君に甘えられたい」


「ゼフィラス様……」


 ゼフィラス様は私の手を取り、腰を引き寄せてくれる。

 その温もりに、ようやく体から緊張が抜けていく。

 

 怖いくらいの冷たい憤りは消え失せて、私の知るゼフィラス様に戻っていた。


「リーシャ、金のことでクリストファーが我が家に恨みを持っていることに、父上も公爵も気づかなかった。私もそれを、知らなかった。……君にばかり、辛い思いをさせてしまって、すまなかったね」


 お兄様が謝ってくれる。

 お兄様は悪くない。誰も、悪くない。


 クリストファーの気持ちに気づけなかった私のせいだ。


 けれど、時間は戻らない。

 反省して、前に進むしかない。もう二度と、後悔しないように。


「お兄様は、なにも悪くありません。私は……足りないことばかりだと思い知りました」


「君は十分足りているよ、リーシャ。私が強引に君を婚約者にしたのに、それを受け入れてくれた。皆の前で、そのように振る舞ってくれて、嬉しかった」


「きちんと、できていたでしょうか。まだまだ、努力不足だとは思いますが……」


「十分だよ。リーシャ……君には、怖いところを見せてしまった。私は、偉そうで、嫌な男に見えなかったか? 君は私を、まだ好きでいてくれるだろうか」


 私は、ゼフィラス様の手を握り返した。

 大きくて頼りになる、男の人の手。


 私は強くありたい。けれど人は弱いから、すぐに心が折れてしまう。


 だから一人ではなく、誰かと一緒になろうとするのだろう。

 寄り添い、励まし合って。


 それは私もゼフィラス様も、きっと一緒。

 お兄様も、アシュレイ君も。


 ――クリストファーもシルキーさんも、同じだったのだろうか。


「ゼフィラス様」


「リーシャ……」


「私は、とっくに……あなたのことを、今までよりももっと、ずっと、好きになっています」


 恥ずかしかったので、ゼフィラス様の手を引っ張って、背の高いゼフィラス様の顔に届くように背伸びをした。


 顔を寄せてくださるゼフィラス様の耳元でそう囁くと、ゼフィラス様の白い頬に赤みがさした。


「リーシャ……!」


 引き寄せられて、抱きしめられる。

 アシュレイ君がお兄様に抱き上げられて、嬉しそうに笑っている。

 ミランダ様がゲイル様と手を繋いで、微笑んでいる。


 冬の終わりとともに、新しい春がやってくる。

 それはきっと、希望に満ちあふれたものになるだろう。


 卒業式の騒動から、数日。


 三大公爵家のうちの一つ、ベルガモルト家の嫡男クリストファーが起こした罪は、卒業式に集まっていた多くの貴族たちの目にすることとなった。

 それ故に、ゼフィラス様は後処理で忙しく、しばらくお会いできない日々が続いた。


 その間、私はアールグレイス家で静かに過ごしていた。

 お父様とお母様が滞在されていてたので、今まであったことをお話したり。

 アシュレイ君と、散歩をしたり。


 ベルガモルト家のことではお父様にもお母様にも思うことがあったらしい。

 クリストファーの行いで、皆、心に小さな傷ができていた。

 それを癒やすような、日々だった。


 それからしばらくして。

 久々に会いにきてくださったゼフィラス様から、クリストファーたちのことを聞いた。


 二人とも、罪を認めた。口では、反省しているようなことを言っていたそうだ。

 クリストファーとシルキーさんは、爵位を剥奪されて投獄された後、流刑地に追放されることになるようだ。


 辺境にある流刑地は不毛の大地だけれど、愛があれば二人で暮らすことはできる――らしい。


 命を奪って、命を奪われなかったのだからそれだけでも温情が与えられたのだろうと、話を聞きながら、お兄様は言っていた。


 どうやらメルアを、公爵夫妻が引き取るという話が出ているらしい。

 ベルガモルト家にはクリストファーしか嫡子がいない。

 公爵夫婦から、ゼフィラス様は相談を受けたらしい。


 血を繋げるのが公爵家の役割だ。けれど――それはもう、できないからと。

 ゼフィラス様は国王陛下と相談し、それを了承したそうだ。

 大切なのは血筋ではない。心であると。


 公爵家の借財については、ただお金を渡すだけではなく、お金を稼ぐ方法を教えるべきだなとお父様は反省をしていた。

 サーガさんに頼んで公爵に商売の仕方を指導してもらうと言っていた。


 お父様やお兄様は天性の商売人で、どうすればいいのかを教えるのは難しいのだそうだ。

 その点サーガさんは、人に指導するのが上手い。

 メルアの件で、サーガさんと交流を持つようになったお兄様はそう評価していた。


 元々ベルガモルト公爵は真面目で勤勉な方らしい。

 ただ――公爵家が商売をするなどあり得ないと、借財で苦しみながらも歴代の公爵たちが守ってきた矜持を、捨てられなかっただけだそうだ。


 お父様は友人としてそれを不憫に思い、力を貸していたらしい。

 きっと変わるだろうと、お父様は言っている。


 私は――ゼフィラス様の婚約者として、王妃教育を受けることが決まった。

 ゼフィラス様はすぐに結婚をしたがっていたけれど、私が王妃として相応しい人間になるまで待っていて欲しいと伝えている。


 ゼフィラス様も頑張ってくださったのだから、私も頑張らないといけない。


 自分を自分で認めるためにも。

 皆から認めて貰うためにも。


 ――あなたを愛していると、堂々と伝えられるように。




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