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断罪の時間



 生徒代表として挨拶をするはずのクリストファーが発した言葉の奇妙さに、一瞬広間がざわめいてまた静かになった。


 一体何を言い出すのかと、皆が聞き耳を立てている。

 私とクリストファーとシルキーさんの話は集まっている人々はおそらく知っているだろうし、ゼフィラス様と私の婚約が大々的に公表されたばかり。


 そんな中でのクリストファーの発言なのだから、興味を持つのは当然だろう。


「俺とリーシャは婚約者だった。だがその婚約は、アールグレイス家に借りのある我が家にとっては、脅迫のようなものだった」


 借り――とは、何かしら。

 ベルガモルド公爵夫婦と、私の両親は友人だった。だから――私たちは幼馴染みだった。

 私はそう記憶している。それ以外のことは、知らない。


「ベルガモルド公爵家は、過去から続く借財に苦しんでいた。そこに、成金のアールグレイス家が金を貸すと申し出てきたのだ。その代わり、我が父はアールグレイス伯爵に名前を貸した。ベルガモルド公爵の名前を出すことでアールグレイス伯爵は更なる信用を得て、よりいっそう金を稼ぐようになった」


 ――そんなことは、知らない。

 けれどそうだとしても、お父様と公爵は不仲には見えなかった。


 お父様がベルガモルド家にお金を貸したとしても、困っているお友達に手を貸してあげただけとも言える。

 それがそんなに悪いことだとは思えない。


「そんな中、何も知らない愚かなリーシャが、俺と結婚をしたいと言い出した。当然、両親は頷くだろう。相手が身分の低い伯爵家の娘であったとしても、金を借りているアールグレイス家の娘だ。俺は、長らく虜囚生活を送っていたようなものだった」


「……っ」


 私は唇をきゅっと噛んだ。

 お金のことがあるから、仕方なく私の我が儘を受け入れたの?

 ずっと苦い思いをしながら、私の相手をし続けていたの?


 クリストファーからしてみれば、私はお金をたてにとって、婚約を迫る嫌な女だったのだろうか。


 けれど、そうだとしても。もう、終わったことだ。

 今更どうしたいのだろう。私に復讐をしたいのだろうか。


 ――私はもう、傷ついたりしないのに。

 十分、傷ついた。心臓を切りつけられて、傷口から血が流れるように。

 その傷口は、ゼフィラス様が塞いでくださった。


 それ以上に残酷なことを、知ってしまったから。

 だからもう――口を閉じて欲しい。

 もう、終わりにして欲しい。私のためではなく、あなたたちのために。


「リーシャは、金があるのが当然と思っている家の娘だ。我が儘で自分勝手で俺の気持ちなど何一つ考えようとしてくれなかった。そんなとき――シルキーが俺の前に現れた」


 舞台の袖から、シルキーさんが「クリストファー様!」と言って、クリストファーの元へと駆け寄った。

 なんだか――演劇を見ているみたいだ。


 今日、この場で私を貶めようと、二人で話し合ってきたのだろう、きっと。


「シルキーは俺を救ってくれた。いつも、リーシャに話を合わせて愛想笑いをするしかなかった俺に、真実の愛を教えてくれた」


「クリストファー様は、悩んでいらっしゃいました。リーシャ様に支配されている、ご自身のことを」


 涙に濡れた瞳で、か細い声でシルキーさんが言う。


「リーシャもようやく、俺の気持ちをわかってくれた。俺たちの問題は、円満に解決したと、皆は知っているだろう。それなのに――!」


 クリストファーの言葉に熱が籠っていく。


「アールグレイス家は、我が家に対する援助を切ると言い出した。これはどう考えても脅しだろう。自分も王太子殿下と浮気をしておきながら、シルキーと真実の愛を見つけた俺に嫉妬をして、俺を苦しめようとしているのだ!」


「私は、浮気などはしていません。クリストファー様、浮気をしたのはあなたです。私はそれを許しました。……これ以上、何を求めるのですか?」


 私は背筋を伸ばし前を向いて、声を張り上げた。

 ただの伯爵令嬢としては、クリストファーには言い返せない。けれど今の私は、ゼフィラス様の婚約者だ。

 黙っていれば、ゼフィラス様の恥となってしまう。 


 クリストファーの発言は、あまりにも、飛躍しすぎている。

 どうして私がそこまでして、クリストファーを傷つける必要があると考えるのだろう。

 もう私は、あなたのことなどどうとも思っていないのに。


 僅かばかりの情は残っている。その情は、これ以上はやめてほしいと警鐘を鳴らしている。

 このままでは――あなたをここで、断罪しなくてはいけなくなってしまう。


 ゼフィラス様の唇は固く結ばれていて、凍えるような怒りを、感じることができる。


 私も怒っている。けれど、それ以上に悲しかった。


「援助の件は、私は知りませんでした。知らなかったことが罪だとしたら、それは謝罪をさせてください。あなたを傷つけた私を、あなたは傷つけた。それで終わりでは、いけませんか」

 

「お前のような最低な女が、この国の国母になるなどあり得ないことだ! お前は、有名な冒険者ゼスにも色目を使っている。ゼスに贈り物をしているところを、何人もの者たちが目撃している。二人きりで出かけて、宿泊する姿も見られている。それに、ウェールス商会のサーガにも求婚されていると聞いた。俺という婚約者がありながら、何人もの男と浮気をしていたのだろう!?」


 ゼス様はゼフィラス様だし、サーガさんから求婚はされていない。

 ゼフィラス様とゼス様が同一人物だと知らなければ、浮気と思われても仕方ないかもしれないけれど。


 クリストファーは、私の行動について調べたのだろうか。

 だとしたら、ゼス様がゼフィラス様だと気づきそうなものだけれど。

 でも、人をつかって調べたとしたら、自分の目で見ているわけではない。

 報告を聞いただけなら、分からないかもしれない。


「自分の浮気を棚にあげて、俺のことだけを糾弾し、我が家を――俺とシルキーを苦しめる、最低な女だ」


 私の隣で、ミランダ様が「よくもまあぬけぬけと……」と、小さな声で呟いた。

 広間がざわめきはじめている。


 集まっている貴族の方々は、アールグレイス家をよく思っていない方々も多い。

 

「王太子殿下も、アールグレイス家に金を積まれて、婚約を受け入れたのでは?」

「あの成金の娘が、王妃になるのか」

「身分が釣り合っていない。だが、金がある。金があるから娘を王妃にすらできるのか」


 非難めいた陰口も、聞こえてくる。


 お父様は、顔色を変えることなく穏やかな表情で成り行きを見守っている。

 アシュレイ君は怒っていて、何も言わないようにだろう、お兄様に口をふさがれていた。

 お兄様の瞳と目があう。私は小さく頷いた。


「我が家を成金と蔑みたいのなら、どうぞ、ご自由になさってください。ですが、私は父や兄を誇りに思っています。商才は、才能。お金を稼ぐことを、私は罪とは思っていません。そして――私を愚弄することは、私を選んでくださったゼフィラス様を愚弄することと同じです。ご理解の上、発言をなさってください」


『商人と渡り合うときは、まずは相手を怒らせないように下手に。強い言葉は必要ない。穏やかに、柔和に。けれど自分が正しいのだという気持ちを曲げてはいけない。まっすぐ前を見て、笑顔で、余裕を持って。そうすれば相手はこちらを侮らなくなる。下手にばかり出ていたら、足元を見られるだけだからね』


 私もお兄様と同じ。立派な商人の、お父様の娘だ。

 お父様の言葉を思い出す。怒らず、優しく、柔和に穏やかに。けれど自分の意思は、曲げてはいけない。


「黙れ、リーシャ! 王太子殿下、目を覚ましてください。そんな女との婚約など、破棄をするべきだ。その女は浮気性で、我が儘で、金があるから世界は自分を中心に回っていると思っている、最低な――」


「黙るのはお前だ、クリストファー」


 ゼフィラス様が一言言っただけで――しんと広間が静まりかえった。

 その言葉は、口調は、温和で優しいゼフィラス様のものではない。

 争いに慣れた、ゼス様のものだった。 



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