リーシャ、卒業式を迎える
学園の大広間は華やかに飾り付けられて、本日卒業式を迎える生徒たちやその婚約者や両親などが集まっている。
お城の舞踏会──ほどではないけれど、集まっているのはほとんど貴族たちばかりなのでそれ相応の身なりをしている。
私も今日は、この日のためにお母様が用意してくださった白地を赤いリボンで飾ったドレスを着ていた。
ゼフィラス様から婚約の話は既に両親の耳にも届いていて、了承の返事もしたのだという。
その辺り、ゼフィラス様はやっぱり大人だ。根回しをきちんとしてくださっている。
そのおかげで、私は卒業式の日にゼフィラス様の色を模したドレスを着ることができたのである。
私のために来てくれたのは、両親とお兄様とアシュレイ君。
お父様はお兄様以上に商売人で、貴族の方々には『成金』などと言って嫌われていたりもするけれど、成金というのは褒め言葉だとお父様はよく言っている。
「成金にもなれず家を借財まみれにする貴族がどれほど多いか。貴族は働かないなどというのは古い考えだ、リーシャ。古い考えで貴族の矜持とやらを食い潰すよりは、少しでも働いて金でパンを買ったほうがいい」
お父様のお話を聞いて、なるほど、そのとおりだと、幼いながらに私は思った。
パンはお金がないと買えない。
お金は働けば貰える。
それなら働いたほうがいい。単純な話だ。
けれどそれができない貴族も多いらしい。お金がなければ借りるしかない。
過去の世代から続く借財で、どうにもならない方々も中にはいるのだという。
そして最後には、没落してしまう。
お父様が陰口を言われているのだから、当然娘の私も同じように、成金の娘と言われることもある。
でも、気にしていなかった。成金とは褒め言葉だと、お父様に教えてもらっていたからだ。
お父様もお兄様も細身だけれど貫禄があり、お母様は上品な佇まいで、アシュレイ君は可愛らしい。
皆、私の自慢の家族だ。
そして今は、ゼフィラス様が隣にいてくださる。
「リーシャ!」
両親たち来賓の方々は広間の後方で集まってくれていて、私たち卒業生は広間の前方にある舞台の前にゆっくりと集まりはじめている。
ゼフィラス様と腕を組んで歩く私を見つけて、ミランダ様が駆け寄ってくる。
ミランダ様の隣には大樹のように大きな強面の男性──ゲイル様がいらっしゃる。
華奢なミランダ様にぐいぐい手を引かれて歩いているゲイル様は、まるで女主人に忠実に従う黒豹のように見えた。
「リーシャ、ゼフィラス様。この度は正式な婚約の発表。大変おめでたいですわ。リーシャは最近王都新聞に引っ張りだこですわね。ゼフィラス様と共にクラーケンを退治して、海に落ちた少女を救ったのだとか。婚約発表のこともあり、王都新聞もどれを記事にするべきか悩んだようで、記事がぐちゃぐちゃでしたわよ」
私とゼフィラス様の婚約は、大々的に公表された。
王都新聞により王都の方々は知ることとなり、そのうち離れた場所に住んでいる貴族の方々の耳にも入るだろう。
「ありがとうございます、ミランダ様。ゲイル様、はじめまして。リーシャ・アールグレイスと申します」
「ゲイル・ドミニクです。はじめまして、リーシャ様。そして、殿下。こんなところで会うとは、思ってもみませんでした」
「あぁ、私もだ。つい二週間前までは、リーシャの隣にならべる日が来るなどと、考えてもいなかった」
「やっとこれで、城のものたちは安堵しますね。初恋の女性と結ばれるのでなければ、誰とも結婚しないとわがままを言い続けていたのですから」
「ゲイル。それは、黙っていてほしかったんだが」
ゲイル様は強面だけれど、口を開くと礼儀正しく話しやすい方だ。
ミランダ様の旦那様になるのだから、偏屈で怖い方だとは思っていなかったけれど、その見た目よりもずっと優しそう。
黒豹と思ったけれど、むしろ大きな──のんびりとしているけれど戦うと強い、草原で昼寝する獅子みたい。
そんなことを考えていると、ゲイル様が衝撃的なことを言ったので、私は驚いてゼフィラス様を見上げた。
「そうなのですか、ゼフィラス様」
「あぁ、リーシャ。私は……君と結ばれなければ、他の誰とも結婚しないつもりだった」
「それでは、国が、たちいかなくなってしまいます」
「だから、私は皆を困らせていたんだよ、リーシャ。だが、今はもう君がいる。過去のことは、忘れよう」
「散々皆を困らせておいて、忘れられても」
「まぁまぁ、ゲイル様。いいではありませんか」
ため息をつくゲイル様を、ミランダ様が宥めた。
ざわついていた広間が、徐々に静かになっていく。先生たちが姿を現したからだ。
私たちも会話をやめて、背筋を伸ばして舞台に視線を送った。
校長先生の言葉の後、来賓の代表と、シグルスト先生の祝辞。生徒代表でクリストファーが最後の言葉を。
それが終われば、お祝いの立食パーティーが始まる。
生徒たちには帰りに卒業証明書と、学園のシンボルマークである、シルクハットを被った鹿の紋様が描かれたペンダントを渡される。
これで、無事に学園は卒業。それぞれの人生を歩む。
女性は大抵の場合は婚約者と結婚するし、男性の場合は長男であれば家を継ぐ。
そうでなければ騎士団に入ったり、文官になったり、色々だ。
校長先生のお話が終わり、来賓の代表として、トットリア公爵が現れる。ミランダ様のお父様だ。
そういえば、ベルガモルド公爵夫妻も来ているわよね、きっと。
お父様たちとは友人関係にあるのだけれど、今日は話をしている姿を見ていない。
やっぱり私のことがあるから、不仲になってしまったのだろうか。
だとしたら、とても申し訳ない。
シグルスト先生が泣きながら私たちとの思い出を語り、卒業をお祝いしてくれる。
私も少し、うるうるした。
先生には、クリストファーに浮気をされた後、よく面倒をみてもらった。
先生の挨拶が終わると、最後にクリストファーが現れた。
成績の優秀な生徒が最後の挨拶をする決まりだ。
クリストファーは、優秀だった。
先生たちからの評価も高い。だから、生徒代表に選ばれた。
その姿をみると、背筋がひやりと寒くなる。幼い頃から知っている人なのに、何もしらない――別の世界の住人のように思える。
本当に――メルアのご両親を殺めたのだろうか。
馬車馬に跳ね飛ばされるのを見ながら、見ないふりをして立ち去ったのだろうか。
式典の後に、ゼフィラス様は二人に話を聞くと言っていた。
どちらにしても、彼らと私はもう関係のない他人だ。
大切なことは、メルアが笑って暮らせるような国を――ゼフィラス様と共に作ること。
そのために何ができるのかを、考えること。
クリストファーたちが罪人であっても、そうではなかったとしても。
庶民の命を、命と思っていない貴族が、この国には多くいる。
「皆さん。この場をお借りして、大切な話があります」
最後の挨拶が終われば、パーティーが始まる。
ここまでくればもう、終わったのと同じだ。
卒業の挨拶を述べるために壇上にあがったはずのクリストファーが突然、深刻な表情で言った。




