表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の婚約者に浮気された伯爵令嬢は、ずっと君が好きだったという王太子殿下と期間限定の婚約をする。  作者: 束原ミヤコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/91

疑惑



 ゼフィラス様に手を引かれて辿り着いたのは、見慣れた大通りである。

 

 ちょうど劇場から、貴族街にあるタウンハウスに戻るために必ず通る馬車道だ。


 夕暮れの道を劇場に向かい、馬車がゆっくりと通りを進んでいく。

 これから、観劇に向かう方々なのだろう。

 

 家やお店の並ぶ通りの反対側には川が流れている。

 川の横は遊歩道になっていて、真っ直ぐ歩いていると港に辿り着く。


 夕暮れの光が川面に差し込んで、揺れる水面を輝かせている。


 帰路につくために歩く人々の姿がちらほらとある。ゼフィラス様は私と手を繋いだまま、川にかかる橋の上で足を止めた。


「ファルケン夫妻が命を落としたのは、この大通り。時刻は夕暮れ、仕事を終えてメルアの待つ家に帰ろうとしていた時のことだ」


「はい」


 足を止めたゼフィラス様が、事実を確認するように口にするので、私は頷いた。


「……リーシャ、正直、君に伝えることを迷っている。だが、黙っているのは違うような気がして」


「ゼフィラス様。……私、思い出したのです。先程の、金属でできた輪のこと」


「気づいたか」


「はい」


 口にするのは、少し怖い。

 それが真実かどうかもわからない。ただ、あの輪。金属で作られた精巧な紋章のようなものは――。


「月と、梟。……それはベルガモルト家の家紋です」


 声が僅かに震えた。

 見覚えがあるはずだ。クリストファーの家に両親に連れられて行ったときに、その紋章が壁に飾られていた。


 これは何かと尋ねる私に、クリストファーは「月と梟。ベルガモルト家が三大公爵家である証だ。古の国王陛下より賜った、知性を表す紋章だよ」と得意気に教えてくれた。


「あぁ。……これはおそらく、馬車馬の綱を調節するために取り付ける金具。馬車馬が暴れて夫婦ははねられているから、その時に綱が切れて落ちたのだろうな」


「ゼフィラス様、それは、つまり……」


「劇場の名簿を確認した。同日、ベルガモルト家の名で貴賓室が借りられている。……君には、残酷な事実かもしれないが」


「どうして……」


 クリストファーはシルキーさんと浮気をした。

 それだけだと、思っていた。


 私のことは好きではなくて、学園で知り合ったシルキーさんに心を奪われた。

 それぐらい、よくあることなのかもしれないと今は思うことができる。


 婚約が解消されてからの態度も――私はずっとクリストファーのことを誰にでも優しい人だと考えていたから、驚いてしまって、どう受け止めていいのか分からずに、感情も言葉も心の中にしまいこんでいた。


 今思えばあれは、私を貶めるのを楽しんでいたのだろう。


 それぐらい私が嫌いだったのだ。

 クリストファーも、たぶん、シルキーさんも。


 それだけなら理解できる。でも、どうして。馬車でご夫婦をひいたことに、気づかなかったはずがない。

 その場で馬車をとめて助けるぐらい、できたはずだ。


 そうしたら命が助かっていたかもしれない。助からなかったとしても――きちんとした手順で、メルアに謝罪をしていれば。


 助ける努力を、していれば。


 あぁでも――去年の秋からクリストファーやシルキーさんの態度に変わったところはなにもなかった。

 罪を、罪とも思っていないのかもしれない。


「もうすぐ学園の卒業式があるだろう。私も、参加するつもりだ。リーシャの婚約者として。……式典のあとで、二人に事実を確かめる」


「……もし、彼らが罪人であれば、どうなりますか?」


「王国の法では、裁くことは難しい。貴族の罪は軽い。ベルガモルト公爵の判断になるだろうが……」


「そうなのですね」


 サーガさんの言っていたとおり、馬車の事故は罪に問われないことのほうがほとんどだ。

 貴族は特権階級で、多少のことには目をつぶられる。


 よほどの罪を犯さない限りは。


「少しずつ、変えていきたいと思っている。……だが、今はまだ」


「ゼフィラス様……」


 悔しい思いをしているのだろう。

 私は、ゼフィラス様の手を握った。


 私がかつて恋をしていた人は――人を、殺めても何とも思わない人だったのだろうか。

 体が竦みそうになる。 

 けれど、ゼフィラス様の手に触れていると、安心することができる。


 一人ではとても、受け止めきれない。耐えられなかった。

 ゼフィラス様が一緒だから、取り乱さずにすんだ。


 ゼフィラス様も同じだといい。やりきれない思いを、少しでも、私に分けて欲しい。

 

 ゼフィラス様は私を引き寄せると、包み込むように抱きしめてくれる。

 背の高くて逞しい体の背中に腕を回した。ローブ越しに触れる背中は硬くて、筋肉の隆起が感じられるものだ。


「……優しい人だと、思ってました。昔は大人しくて、私の後ろに隠れているような子で、守ってあげなきゃって思っていました。誰にでも親切で……私、何も見えてなかったんですね」


「リーシャ。……人の本質を見抜くことなど、できる人間は少ない。私も、メルアに金具を渡されるまでは、まさかと思っていたんだ。ただ名前が名簿に載っていただけで、偶然だろうと」


「……どう、受け止めていいのか分かりません」


「あぁ、そうだろうな。今は、何も考えなくていい」


 悲しいとか、許せないとか、そんなはずはないとか、信じたいとか。


 色んな感情が同時にわきあがってきて、頭も心もぐちゃぐちゃで、頭の奥がじんじんと痺れるみたいに痛む。

 助けを求めるようにゼフィラス様の体に縋りつく。

 

 胸に頬を押し付けると、腰と背中に回っていた手に強い力がこもった。

 少し、痛いぐらいに。


「リーシャ。……君が好きだ。人のために、一生懸命になることができる君を、私は愛している」


「……ゼフィラス様」


「だが、自分自身のことも大切にして欲しい。苦しかったら泣いていい。辛かったら、辛いと言っていい。……私は君の傍にいる」


「……っ」


 情けなく、泣きじゃくってしまいそうになる。

 信じていたものが粉々に砕け散っていくみたいに。


「私……知らないことばかりでした。何も気づかなかった。本当に、気づかなかったんです。……私が嫌われていたことも、シルキーさんとの浮気も……もしかしたら、メルアのご両親を……それなのに、何も気づかずに、毎日を過ごしていました」


「人の心の中など、誰にも分らない」


「でも、きっと……とても鈍感なんです。鈍感で、臆病で」


「それは違う。君は、勇敢で、優しい」


「……裏切られたのに、人を殺めたかもしれないのに、それでも好きだった過去は、変わりません。近くにいたのに気づけなかった私も、同罪ではないかと」


「違うよ、リーシャ。……君はなにも悪くない。何も」


 目を伏せると、涙がこぼれる。

 自分の感情をうまく制御することができない。


「まだ、事実を確認したわけではないんだ。……妙な気を、起こさなければいいが。せめて、このまま穏便にすますことができれば」


「……はい」


 追いつめられると、人は何をするか分からない。

 サーガさんの言葉が思い出される。


 メルアの叔父夫婦を追い出した時とは違う。ご夫婦は亡くなっていて、クリストファーが加害者だとしたら――その罪を認めて反省をしてくれるだろうか。


 好きだった人なのに、今はもう何を考えているのか分からない。


「今日は、一緒にいようか、リーシャ。今の君を一人にしたくない」


「……ありがとうございます、でも、私は大丈夫です」


「私が大丈夫ではない。心配で、手放せない」


 ゼス様として街で生活しているゼフィラス様は、宿にとまるのも慣れているのだろう。

 劇場近くには、遠方から劇場に来る客のために宿泊施設が多い。


 その中の一つの空いている部屋をとってくれた。

 お兄様たちには出かけてくるとしか言っていないから、帰らないと心配されるのではないかと不安になる。


 けれど私ももう大人で、ゼフィラス様と出かけることは伝えてあるから、帰らなくてもさほど気にされないかもしれない。


「リーシャ」


 部屋に入って鍵をかけたゼフィラス様に、名前を呼ばれる。

 所在なく部屋の真ん中に立っていた私を抱き上げると、ゼフィラス様は私をベッドに横たえて、やや強引に唇を合わせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ