作戦会議
ゼス様と合流をして、昼食を取るために噴水のある広場へと向かう。
サーガさんおすすめの海鮮レストランに入る。
サーガさんの行きつけらしく、すぐに海の見えるゆったりとした個室に通してくれた。
ゼフィラス様は劇場に向かうときに仮面とローブを身につけていて、ゼス様になっていた。
一人で歩くときは、そちらのほうが便利らしい。
黒騎士ゼスは有名人だから、調べ物をするときに役に立つのだと。
ゼフィラスとして行動してもいいのだけれど、相手が恐縮したり驚いたりするので、事情を説明するのが色々手間なのだという。
ムール貝やエビやホタテがごろごろ入ったパスタや、魚のフリット、イカとトマトのピザなどを、サーガさんが頼んでくれた。
ゼス様は仮面を外して、ローブのフードをおろした。
「劇場で、事故のあった日貴賓室を使用した者の名簿を探して貰っている。去年のものだから、倉庫にしまい込んであるらしい。三年分は保管してあると言っていたから、みつかると思うが」
「すぐに出せないのか、なってねぇな」
「サーガは、去年の帳簿をすぐに出せるのか?」
「俺は出せない。部下が出す。……まぁ、去年の帳簿だからな。倉庫のどこかにあるはずだ」
「それなら文句は言えないだろう」
明日までには見つかるはずだと、劇場の支配人は言っていたと、ゼフィラス様はパスタを口にしながら教えてくれた。
私も魚のフリットをいただくことにする。
サーガさんが絶賛するだけあって、白身魚には臭みがなくて、カリッとしてふわっとして美味しい。
付け合わせのビネガーソースも、酸味があって、フリットによくあう。
「情報を提供する変わりに、黒騎士ゼスを題材にした劇をつくらせて欲しいと言われた。……そういえば、昨日のクラーケン騒ぎが、もう話題になっているようだな。倒したのはゼス様かと思ったが、ゼフィラス様だったそうで驚いたと……両方私だと言いそうになってしまった、思わず」
「あぁ。そりゃあな。遊覧船がクラーケンに襲われて、それを退治したゼフィラス様と、子供を助けた可憐な伯爵令嬢。王都新聞は話題に飢えてるからな、すぐに取材に来たぞ、俺の所に」
「リーシャのことも知っていた」
「言ったからな。俺が。俺だけじゃないだろうが」
「お兄様のところにももしかしたら、記者の方が……」
一年前のセイレーン騒ぎの時は私が関わったことをお兄様は隠してくれたけれど、今回は知られている。
それはたぶん、ゼフィラス様が私の婚約者で、婚約者と二人で遊覧船の乗客を守ったというのは、傷ではなく名誉になるからだろう。
私は前回と違って無事だった。体が冷えた程度で、怪我もしなかったことも、隠さなくていい理由のひとつになったのだろう。
「それにしても、ゼス様を題材にした演劇……とても見てみたいです」
「私としては、リーシャと二人で題材にされたかった」
「そのうちそうなりそうだがな。劇団の支配人が、王太子殿下に演劇の題材にしたいなんて直談判はできねぇだろうし……さすがにそのまま、実名ではならねぇだろうが。仮面の騎士が実はゼフィラス様で、セイレーン騒ぎでリーシャと出会い、想い続けて、クラーケンをゼフィラス様として一緒に倒した――なんて、喉から手が出るほどに欲しい題材だと思うぜ」
「私はなにもしていませんよ、サーガさん」
「あはは、あんたは善良で、真っ直ぐで、健気ないい子だ。そりゃ、謙遜ってもんだ。あんたがいなきゃ、子供たちは助からなかった。あの場に、化け物のいる海の中に子供を助けに飛び込むような者は、あんた以外にはいなかっただろうさ」
「……褒めて頂いて、ありがとうございます」
「リーシャ。私もそう思っている」
「ありがとうございます、ゼフィラス様」
ゼフィラス様がどことなく拗ねたように私に何か言いたげな視線を送り、それからサーガさんを睨んだ。
「嫉妬深い男は嫌われるぞ、ゼス。王太子殿下なんだから、もっと余裕をもてよ」
「そうは言ってもな」
「……あの、ゼフィラス様。……サーガさんはいい人なので、褒めてくださっているだけです」
「いい人ってのが一番つらいな」
サーガさんが小さな声で何かを言った。
ゼフィラス様はいつの間にか食事を終えたらしく、パスタ皿にフォークを置いた。
「先に解決できそうなのは、メルアの叔父夫婦の問題だ。話は聞けたのか?」
「はい。メルアは……家の中に大切なものがあるから、取り戻したいと言っていました。けれど、叔父夫婦はかなり、よくない人たちのようです。手を出したら、孤児院に報復をする可能性があります」
「王太子殿下の命令で立ち退かせたら駄目か? もちろん、ウェールス商会の名前を出しても構わないが」
「それが一番早いだろうが……その後、子供たちに何かが起る可能性を考えると、できれば穏便にことをすすめたいな。……出て行けと言われて黙って出て行くような者たちなら、はじめからメルアの家を奪ったりはしないだろうがな」
「追い詰められると、人間、何をするかわからねぇからな。……それこそ、本当に動物の楽隊が、追い出してくれりゃいいんだが」
童話の中のように、うまくいけばいいのだけれど。
誰かに追い出されたのならばそこには恨みがうまれてしまう。
自分たちから出て行ったのなら――それは自分の意志だから、誰かを恨むこともない。
なにか、いい方法はないだろうか。
人を操り、海に落とすことのできるセイレーンのように。
「あ……」
ふと心に浮かんだ思いつきに、私は思わず声をあげていた。
あぁ、でも。
それはあまりにも空想じみていて、言葉にするのは憚られる。
「リーシャ、どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「隠さずに言って欲しい。サーガと私は冒険者ギルドで一緒に働いていたことがあるから、互いのことはなんとなく理解している。お互い、得意なのは力押しで、頭を使うことは不得手だ」
「サーガさんはウェールス商会の会長で、ゼフィラス様は王太子殿下です。頭を使うことが苦手だとは思えませんけれど……」
「俺の場合は、運がよかったんだ。金勘定は未だに苦手だし、収支についてもそこまで把握してねぇ。部下が優秀なんだ。俺一人じゃ、商売なんてとても続けていられねぇよ」
「私も同じだ。優秀な部下たちがいるから、今の立場でいられる。ゼスとしての私は、一人で魔物を討伐していたが……ほとんど、力任せだ。ゲイルなどには、腕力で全て解決できると思うのは大間違いだとたまに叱られる」
私から見れば、お二人ともとても立派で、完璧で、なんでもできる――と思ってしまうけれど。
二人に促されるように視線を向けられたので、私は口を開いた。
「……メルアのご両親は、魔物研究者だったのですよね。だとしたら、家の中に研究用の魔物を保管していてもおかしくないかと思いまして」
「そんな話は聞いたことがねぇな。たしかに、俺の商会の研究所じゃ、小型の魔物を捕らえて研究対象にしていたが。流石に自宅ではな。危険すぎる」
「ええ。もちろんそんなことはしていないと思いますが……」
「そういう嘘をつくりあげるということだな」
ゼフィラス様の言葉に、私は頷いた。
「はい。そして、ある種の魔物は、亡くなった方の無念な気持ちに反応をして、形を為します。確か、ゴーストプランツという、植物の姿をした魔物です。王国の北にある幽霊森に生息している魔物で、そこには森に入って非業の死を遂げた人々の無念をくみ取って、ゴーストプランツが作りあげた、人の怨念が姿を為したゴーストが彷徨っているから、近づいてはいけないと言われています」
「詳しいな、リーシャ」
「お父様のお仕事の関係で、街のことや土地のことは、少し、知っています」
「少しどころじゃねぇな。幽霊森なんてあるのか。知ってるか、ゼス」
「知ってはいるが、ゴーストプランツの生態までは知らなかった。切れば倒せる魔物は切れば倒せるのでな、わざわざ調べたりしない」
「そういうところが力押しなんだ」
「お前もな、サーガ」
二人は顔を見合わせると、どちらともなく苦笑した。
「つまり、どういうことだ、リーシャ?」
「ええと、つまり……」
うまくいくかはわからないけれど、私は思いついた作戦を二人に説明する。
セイレーンのように人を操ることはできないけれど。
レールメンの楽隊のように、もしかしたら――悪い人たちを、メルアの家から追い出すことができるかもしれない。