サーガ・ウェールスの義憤
はじめて男性と二人きりで過ごした朝に誰かと会うのは、とても緊張する。
サーガさんの顔を真っ直ぐ見ることができない。なんだか居た堪れない気持ちになる。
サーガさんは私の羞恥心などあんまり気にした様子もなく、ソファに座った。
私とゼフィラス様も、対面式のソファの反対側に並んで座る。
ゼフィラス様が私の手を引き寄せて、握ってくださる。
すごく自然に、恋人のような扱いをしてくださっている。
昨日も、そうだった。婚約者になることを受け入れてから、ゼフィラス様は私を大切に扱ってくださっている。
多分きっと、私の感じ方が変わったのだろう。
理由が分からず戸惑うのではなく、素直に好意を受け入れることができるようになったのだろうと思う。
「昨日は大変だったからな、改めて挨拶に来させてもらったんだが──すまねぇな。つい、ゼスに対する口調になっちまう。ゼフィラス様とお呼びした方がいいでしょうか」
「いや。ゼスに対する態度でいてくれてかまわない。その方が、私も話しやすい」
「王太子殿下にこれはダメだろって分かってるんだけどな。じゃあ、人の目がないときはいつもどおりに。リーシャも、本当はリーシャ様って呼ばなくちゃいけねぇんだろうが」
「今まで通りで大丈夫です、サーガさん」
「おぉ、そうか。助かる。二人とも、昨日はありがとう。何かもっと礼をしてぇんだが、王太子殿下と、アールグレイス家のお嬢さんじゃ、金を渡してもなぁって、悩んじまってな」
「泊まる場所を手配してくれた。それだけで十分だ」
「はい。サーガさん、あまり気にしないでください」
「無欲だなぁ。もっと、これが欲しいとかあれが欲しいとか、言って欲しいんだが」
サーガさんは困ったように肩をすくめた。
「二人の結婚式には、特別に派手な贈り物を、ウェールス商会から贈らせてくれ」
「ありがとう、サーガ」
「……ありがとうございます」
結婚式。私とゼフィラス様が、結婚。
私はゼフィラス様が好きだ。でも、いいのだろうか。
私は王妃になるような教育をきちんと受けているわけでもないし、身分だって釣り合わない。
ゼフィラス様は私の手を握る指先に、軽く力を込めた。
大丈夫だと、言われている気がした。
「サーガ、君がきてくれてよかった。聞きたいことがあったんだ」
「なんだ? なんでも聞いてくれ! なんでも答えるぞ」
「あぁ。君の元で働いていた、魔物研究者の夫婦のことだ」
「どの魔物研究者だ? 何人かいるぞ」
「最近、馬車に轢かれて亡くなっている」
メルアのご両親のことだ。
ウェールス商会で働いていたと、メルアは言っていた。
「あぁ、ファルケン夫妻のことか。……俺も詳しくは知らねぇんだ。仕事の帰り道、馬車に轢かれたらしい。後から状況を確認したら、ファルケン夫妻が歩道を歩いているところに、馬車馬が暴れて突っ込んできたようだな」
「それでは、夫妻には非がないだろう。加害者はどうなったんだ?」
「誰が乗ってたのかは、調べてもわからなかった。多分、貴族だと目撃していた連中は言っていたな。全くひどい話だ。貴族は庶民を殺しても許されるらしい。馬車から降りて来もしねぇなんてな。その馬車に乗せて、医者に運んでくれたら、二人とも助かったかもしれねぇのによ」
「……サーガさん。私たち、たまたま亡くなったお二人の娘さんと知り合ったのです。娘さんは、孤児院にいて」
「メルアが孤児院に? あの子には叔父夫婦がいただろ。自分たちで育てるとか言っていたぞ、だから俺は部下に指示して、見舞金と退職金を、多めに叔父夫婦の元へ届けさせたんだが」
「それは、騙されたな、サーガ。君の店は大きく、働くものも多く全てを把握できるわけではないだろう。だから、仕方ないことだ。それは、私も同じだ。国の全てを把握できるわけではなく、助けることができるものは一握りだけだ」
「そりゃ、そうかもしれねぇけどよ。それにしても……メルアは元気にしているのか?」
「色々あったようだが、今はもう大丈夫だろう」
「孤児院ではお友だちもいるようですし。シスターたちも、可愛がってくれています」
「そうか。それならよかった。でも腹が立つな! あの金はメルアのためのものだってのに。どいつもこいつも……」
「サーガ。後で、夫婦が事故に遭った日付を確認したい」
「それはもちろん構わないぜ。俺が調べた資料も持っていくといい。結局俺は途中でやめちまったがな。犯人を探し当てても、相手が貴族じゃできることなんてない。騒ぎ立てたらメルアのためにならないと思ったんだ。ゼスは……ゼフィラス様は努力してくれているが、こういうことはそう珍しいわけでもないしな」
腹は立つがと、サーガさんは言った。
心底怒っているようで、けれど諦めているようでもある。
それはきっと大人だからだ。
私も、やりきれない気持ちになった。
ゼフィラス様は、犯人を探し当ててくださるつもりなのだろうか。
きっとゼフィラス様も怒っているのだろう。
やりきれなさを一番抱えているのは、ゼフィラス様なのかもしれない。