リーシャ、仮面の男に助けられる
このまま――私、二階の空き部屋に連れて行かれるのだろうか。
そこで、ここにいる男たちに酷いことをされる。
ぞわりと、全身に悪寒が走った。
自棄になっていたのは確かだ。でも、寂しさや悲しさを埋めるために、誰でもいいから一晩一緒に過ごして欲しいなんて――私はそこまで落ちぶれてない。
「離して! 離しなさい! 私はリーシャ、アールグレイス伯爵の娘よ! 触らないで!」
「おぉ、そりゃ怖い」
「じゃあ誰にも話せないぐらい、恥ずかしい思いをしてもらわなきゃなぁ」
「大丈夫だよ、お嬢さん。きっと癖になって、また俺たちに会いに来たくなる」
「そんなわけがないでしょう……!」
私の名乗りにも、臆した様子はない。
もしかして、こういったことにここの男性たちは慣れているのだろうか。
暴れるけれど、私の体は無情にも抱き上げられて足が床から浮いてしまう。
ドレスは乱れて、アクセサリーはここぞとばかりに外されて、盗まれてしまう。
暴れたせいでヒールの靴が落ちる。足先も踵も痛い。
あぁ、泣きたくないのに。
じわりと涙があふれてくる。
「嫌……っ、助けて、誰か、助けて……!」
助けてくれる人なんていないと、わかってる。
でも、叫ばずにはいられなかった。
私が悪い。何の覚悟もなく、勢いのまま、こんな目立つ格好でこんなところに来てしまったのだ。
「ふ……ぅう」
「泣き顔も可愛いなぁ」
「そそられるな」
「大丈夫だよお嬢さん。お兄さんたちと少し、遊ぶだけだ」
「嫌よ! 離しなさい! 誰か……!」
声が、哀れなぐらいに震えてしまう。
体もがたがたと震える。怖い。怖い。怖い。怖い――。
――その時。
ドサドサと、私を囲んでいた男たちが唐突に、床に倒れた。
「え……」
「その手を離せ」
それは、黒衣の騎士だった。
酒場の奥でお酒を飲んでいた人だ。
酒場の奥の影と同化するみたいに、静かに。
じろじろ見るのは失礼だから、あまりちゃんとは見ていない。
黒い衣装に、フードをかぶり、目元を隠す仮面をつけている。
露わになっているのは口元だけで、薄い唇に高い鼻梁がのぞき、その口元からさほど年嵩ではないことがわかる。
その男性は武器も使わずに、拳を男たちのみぞおちにめり込ませて、首を掴んでテーブルに叩きつけて、次々と男たちを床に沈めていった。
「なんだ、ゼス! お前も交ざりてぇのか?」
「何を怒ってんだよ、ゼス。お嬢さんが欲しいならそう言えばいいだろ」
「……女性を物のように扱うのは感心しない。リーシャに触れるな、クズどもめ」
――ゼス。
その名前を私は知っていた。
黒騎士ゼスと呼ばれる冒険者。
王都の冒険者ギルドの有名人で、ギルドには冒険者のランク付けでEからSまである。
その中でもSを越えて、たった一人のXランクの冒険者と呼ばれている。
数多くの伝説級の魔物を討伐し、禁足地と呼ばれる危険な場所を踏破している冒険者である。
黒衣に、仮面をつけているという噂の彼を見たのは、これがはじめてだ。
この方が、ゼス様。
ゼス様は、すっかり怯んで後退る男たちから私を奪い取った。
とても優しく抱き上げられた私は、呆然としながらゼス様を見上げていた。