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白狼のルーグ


 ミランダ様が「楽しんでいらっしゃい、リーシャ!」と私を見送ってくれて、私は挨拶もそこそこにぐいぐいゼフィラス様に手を引かれて校舎の入り口までやってきた。


 ゼフィラス様はハッとしたように私の手を離すと、ガシッと私の両肩を掴む。


「リーシャ、すまない! 強引に君を連れてきてしまった」

「いえ、大丈夫です、ゼフィラス様。……あの」


 喉の奥に布が押し込められたような息苦しさや怒りが、すっと体から抜けていく。

 私を蔑む二人の言葉をゼフィラス様は信じるような素振りもみせなかった。

 それだけで私は、救われている。


「ありがとうございました。守ってくださって」

「リーシャ……私は、反省している」


「反省?」

「あぁ。もっといい言葉があったはずだと。咄嗟に出てきた言葉は……まるで身分をひけらかすような、嫌味な男のようではなかったか? 私は偉いのだから、跪け! と言っているように聞こえただろう」


「え……あ、あはは……っ」


 思わぬ反省の言葉を聞いてしまい、私は口元に手を当てた。

 あまり褒められたことではないのに、声をあげて笑ってしまったからだ。


 だって──王太子殿下なのだから偉いのは当たり前だ。

 この国で一番偉いと言っても過言ではないし、国王陛下がいらっしゃるけれど、偉さで言ったら私から見たらゼフィラス様は雲の上の人だ。

 

 そんなこと言ったら、クリストファーもそうだったのだけれど。

 こちらには幼馴染としての気やすさがあった。今はないけど。


「ごめんなさい、ゼフィラス様。真剣、なのに」

「笑顔も可憐だな、リーシャ。君がそうして笑ってくれると、私は嬉しい」


「……あの、恥ずかしい、ので」

「照れている君も、可愛い。……私の身分が役に立って、よかった。あのように人を叱責することなど、ゼフィラスとしてはあまりないのでな。ゼスとしては、かなり場数を踏んでいるのだが」


「ゼス様だったら、なんとおっしゃいますか?」

「そうだな……黙れ、屑が。血を見たくないのなら消えろ、だな」

「ふふ……すごくゼス様という感じです」


 私はゼス様が酒場で怖い人たちを倒してくれた時のことを思い出した。

 ゼス様はあの時──。


「夜道には気をつけることだな……も、とっても格好よかったです」

「……私は焦っている。ゼスに、リーシャを奪われる」


「ゼス様はゼフィラス様ですよ。……先ほども、王子様のようで……もちろん、王子様ですけれど、素敵でした」

「……リーシャ。期待してしまうな、そうして君が私に微笑んでくれると」


 ゼフィラス様は私の指にご自分の指を絡めるようにすると、眉を寄せて切なげに笑った。

 それから「行こう。嫌なことは、忘れるといい」と言って、私を寮まで送ってくれた。


 学園寮では、一緒に寮についてきてくれているグエスが、いそいそと私にデート用の服を着せてくれる。

 夕方お兄様と会うので遅くなると告げると、「お気をつけてお嬢様。お泊まりしてきてもいいんですよ。ゼフィラス様と二人でどこかに」と、熱心に言っていた。


 まさかそんなことはしないと首を振ったけれど、グエスは本気みたいだった。

 

 寮の前で待っていてくれるゼフィラス様の姿に、女子寮の生徒たちは騒然となっていた。

 どうして王太子殿下がここにいるのだと聞いてくるまだ事情を知らない方々に愛想笑いをして、私はいそいそとゼフィラス様の元へと向かった。


「リーシャ! とても可愛いよ。君の秋空みたいな色の髪に、群青色のドレスがよく似合っている。私の瞳の色の髪飾りをつけてくれているのを見ると、男として誇らしく感じるな。もっと君に何か、贈りたくなってしまう」


「……ありがとうございます、ゼフィラス様。……私、こんなに褒められたこと、なくて。なんて言っていいのか」


「君を褒めない男は愚かだ。私の言葉はお世辞でも誇張でもないよ。本当にそう思っている。君を面と向かって可愛いと言うことができるなんて、私は幸せだ」


 ゼフィラス様は私を抱き上げてぐるぐる回りそうな勢いで褒めてくださる。

 それから、手を繋いで学園の外へと連れて行ってくださった。


 てっきり、馬車が待っているのかと思った。

 けれど学園の外でお行儀よく座って待っていたのは、大きくて毛並みも立派な白狼だった。


 我が家にいるハクロウよりも一回り大きいだろうか。

 ふさふさの白い毛並みが風に揺れていて、ゼフィラス様が近づくと、賢そうな金色の瞳を私たちに向けた。


「これは、ルーグ。私の白狼だ」

「とっても可愛いです。可愛いというのはよくないでしょうか。勇ましくて、素敵です」

「グオン」


 ルーグは挨拶をするように低い声で鳴いてくれた。

 おすわりの態勢から、立ち上がるルーグの上に、ゼフィラス様は私を乗せてくれる。


「馬車の方がよかっただろうか」

「白狼、好きです。馬車よりも好きです。我が家にも、ハクロウという名の子がいるのですよ」


「君ならそう言ってくれると思っていた。リーシャ、そういうところが、好きだよ」

「……っ、ありがとうございます」


 ゼフィラス様もルーグに跨ると、手綱を軽く引いた。

 ゆっくりした速度から徐々にルーグが走り始める。


 風に髪が揺れる。新緑の香りがする。

 ふさふさの獣毛が体に触れる。ゼフィラス様の力強い手が、私の腰を支えている。

 

 ──楽しい。

 さっきまでの最低な気分が、嘘みたいに消えていった。



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