贈り物とラブレター
『愛するリーシャへ。
君にこのように手紙を書ける日が来るなんて、私はそれだけで幸せだ。
ゼスとして君を助け、婚約破棄の顛末を知り、君の不幸に憤りを覚えると同時に私は喜んでしまった。
もしかしたら私は、リーシャの心を手に入れることができるかもしれないと。
ひどい男だろう。けれどそれぐらい、私は君が好きだった。
叶わない恋だと、諦めていた。君以外いらないとさえ思い、眠れぬ夜を幾度も過ごした。
君に愛を囁ける日が来た僥倖を、私は噛み締めている。
これからは遠慮なく、君に思いを告げさせてもらう。
リーシャ、愛している。
花束と、少しの贈り物を添えさせてもらった。喜んでくれるといいのだが。
愛を込めて、ゼフィラス』
私はお行儀悪くベッドに寝転がりながら、ゼフィラス様の手紙を読んだ。
そう長くはない文章に、何回も目を通す。
ベッドサイドにはグエスが生けてくれた薔薇の花束がある。
差し色のアイビーの鮮やかな緑が綺麗で、まるでゼフィラス様の瞳の色のような赤い薔薇の花から甘い香りが漂ってくる。
便箋からもかすかな甘い香りがする。
インクの香りだろうか。インクに香料を混ぜてあるようだった。
私は手紙を胸に抱いて、体のほてりを吐き出すようにほうっと息をついた。
手紙の文字が、ゼフィラス様の声で頭を巡る。
まるで──耳元で、愛していると囁かれているみたいに。
なんて。何を考えているのかしら、私。
あぁでも、こんなに胸が苦しくなる手紙をもらったのは初めてだ。
クリストファーから手紙をもらったこともあるけれど、季節の挨拶が書いてあるぐらいだった。
こんなに、愛しているとはっきり書いてある手紙をくださるなんて。
「……ゼフィラス様」
小さくつぶやくと、じわりと涙がにじみそうになる。
これが普通の婚約者のお手紙だとしたら、私、クリストファーに全く相手にされていなかったのね。
すごく惨め。すごく滑稽。
比べても意味がないのに、比べてしまう。
ゼフィラス様が優しいほど、クリストファーが私にどれだけそっけなかったか、思い知ってしまう。
お手紙の中には、ルビーの蝶があしらわれた髪飾りが入っていた。
どう考えても高価で、素敵で、可愛くて。
アクセサリーを贈ってもらったことって、今まであったかしら。
なかったわよね。アールグレイス家にお金があることをクリストファーは知っているから、そういった贈り物もくれないのだと自分を納得させていたし、気にしないようにもしていた。
そうじゃなかったのね、きっと。
私、ずっと嫌われていたのね。それに気づかずに、一人でのぼせ上がって。
本当に、馬鹿だ。
悲しみに蓋をしたら、怒りに変わった。
怒りを押さえ込もうとしたら、狭い箱の中に無理やり閉じ込められるみたいな、閉塞感と苦しさが残った。
感情はぎりぎりまで膨らませた水風船みたいで。
針で少し突いただけで、ぱあんと音を立てて破裂してしまう。
優しさや愛情に触れるたび、自分の惨めさを再確認することになる。
一人で大丈夫だって自分に言い聞かせていたのに、結局私は、そんなに強くなんてない。
その日私は、手紙を胸に抱いて薔薇の香りに包まれて眠った。
仮面をつけた黒い騎士が、遊覧船で出会ってしまった船を惑わすセイレーンを退治してくれる夢を見た。
私はゼフィラス様からいただいた髪飾りをつけて、学園に向かった。
教室に入るとすぐに、ミランダ様がやってきて「聞きましたわよ」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「リーシャ、ゼフィラス様と婚約したそうですのね」
皆に聞かれないようにか、ミランダ様は耳元でコソコソ言った。
「えっ、どうして知っているのですか?」
「私を誰だとお思いですの? 三大公爵家とは王家に最も近しい家。おまけに私の婚約者は騎士団長をしておりましてよ。もとより、ゼスがゼフィラス様だとは知っておりましたわ。殿下の思い人があなたであることも」
「ミランダ様、教えてくれてもよかったのに」
「教えたところで何かが変わっていたとは思えませんわ。それにこういうことは、本人が言うべきですの」
ミランダ様は口元を扇で隠して、おほほ、と笑った。
確かにミランダ様の言う通りだ。ゼフィラス様が私のことが好きらしいと聞いても、私は多分信じなかっただろうし。
むしろ、なんでそんな冗談を言うのかと、警戒してしまっていたかもしれない。
昼過ぎになり、約束通りゼフィラス様は学園にやってきた。
ゼス様ではない。ゼフィラス様だ。仮面もローブもつけていない。
特に護衛もつれずに堂々と、ミランダ様と食堂のテラス席でまったりしていた私の元へと現れた。
「リーシャ、会いたかった。私の贈った髪飾り、つけてくれたのだな。なんて可憐なんだ、とても似合うよ」
私とゼフィラス様の婚約は、まだ公表されていない。
当然、現れたゼフィラス様に食堂は騒然となったし、私に見せつけるようにして食堂の特別席で食事をしていたクリストファーとシルキーも唖然としていた。