王子様の告白
仮面とローブで姿を隠して街に溶け込んだゼフィラス様は、街での肩書きというものが必要だと考えたらしい。
たしかに、何者かわからない仮面とローブの男の人がうろうろしているよりは、出自が確かな仮面とローブの男性のほうが安心感があるものね。
幸いなことにゼフィラス様は腕に自信があった。
早い話がお強かった。
それなので、冒険者ギルドに登録して――魔物討伐や人助けをしながら過ごす日々。
気づけばXランクの冒険者『黒騎士ゼス』として、名前が広く知られるようになってしまったらしい。
蓋を開けてみたら単純な話。
確かにゼフィラス様の声まで記憶している人は少ない。
ゼフィラス様と直々に会話ができる人が少ないという意味で。
だから私も気づかなかった。この声、聞き覚えがある――というほど、ゼフィラス様と言葉を交わしたことがなかったからだ。
「リーシャ、私の事情はこんなところだが、説明になっていただろうか」
「はい。ありがとうございます、色々とお話ししてくださって」
「君を騙していたことを、怒ってはいないのか?」
「騙されたとは思っていませんし……でも、どうしてゼス様がゼフィラス様だと教えてくださったのですか? 隠しておくこともできたのではないかと思うのに」
私の恥ずかしい姿を知っていることを隠しておくのが、心苦しいと思ってくださったのかしら。
侍女として雇い入れてくださる前に、秘密を明らかにしておこうという心遣い?
不思議に思って尋ねると、ゼフィラス様はどこか苦しそうに眉を寄せた。
「それは──」
なにか重大な秘密を打ち明けられるような雰囲気に、私の体にも勝手に緊張が走る。
「このままでは、ゼスに君を、奪われてしまうと、焦った」
「……え?」
――ん?
よくわからないわ。だってゼフィラス様はゼス様。同一人物だもの。
それに、奪われるもなにも私は──。
「私は君ときちんと言葉を交わしたこともないのに、ゼスは君を酒場で助け、腕に抱き、カフェでパンケーキを食べて君にプレゼントを貰った。私は、ゼスが羨ましい」
「待ってください、ゼフィラス様……落ち着いて、落ち着いてください……」
「私は落ち着いているよ、リーシャ」
いえ、確かにその振る舞いや言葉使い、表情は落ち着いているのだけれども。
言動が落ち着いていないというか、どうしましたゼフィラス様……という感じだ。
だから、それは全てゼス様であって、同時にゼフィラス様なのよね?
そういう話よね。双子の兄弟、とかではなくて。
「単刀直入に言う。リーシャ、私の婚約者になってくれないだろうか」
私の頭は再び真っ白になった。
婚約者? 婚約者……? 侍女の間違いじゃなくて?
私はここになにをしに来たのだったかしら。
ええと、そう。職業の斡旋があって。王太子殿下の侍女になるための面接に来たのよね。
ゼフィラス様は何か勘違いをしているのだろうか。
「困らせてしまっている自覚はある。……だが、私は諦めていたのだ。君には大切な幼馴染みであり婚約者のクリストファーがいる。一年前、街で君を見かけたときから君が好きだった。だが、この思いは伝えることができない、叶わないものだと、胸にしまっておくつもりだった」
「……えっ、ええ、ええ……?」
一年前――私はゼフィラス様と交流は、していないわよね。
ゼフィラス様と交流していないし、ゼス様ともご挨拶も交わしていない。
好きだと言われても……困ってしまう。
「君とクリストファーの婚約が反故になったことを知り、私は……どうしても君が好きだと伝えたくなった。リーシャ、どうか私と結婚してくれないか?」
「待って、待ってください、ゼフィラス様、落ち着いて……!」
「私は落ち着いている」
私は落ち着かない……!
どうしよう。どうしよう、どうしてこうなったのかしら。
ゼフィラス様がどれほど素敵な方であっても、私は。
「私は……侍女になるためにここに来たのです」
「それについてもすまなかった。婚約者になってほしいと手紙に書いたら、君は私と会ってさえくれないのではないかと考えた」
「……それは、そうかもしれませんけれど」
否定はできない。だって、私はもう恋愛なんてしないって決めたのだし。
婚約の打診であったら、たとえ相手がゼフィラス様だとしても、お兄様にお願いしてお断りしていたはずだ。
「……不敬を承知で申し上げますが、私はもう誰とも結婚するつもりも、恋人になるつもりもないのです。私、お仕事をして生きていこうと思っています」
「リーシャ。……私は君のことがずっと好きだった。今も、好きだ」
「ええと……その」
「だから、私に機会をくれないだろうか? 一年間でいい。君が私を好きにならなければ、婚約はなかったことにしよう」
どうして、私なんかを。
さっぱり分からないけれど、ゼフィラス様は真剣だった。
笑って誤魔化すことも、できそうにない。
「……婚約は、必要ですか?」
「あぁ。私もこの年だ。結婚しろと周りがうるさい。君が婚約者であればそれもなくなるだろうし、私は君以外とは結婚するつもりはない」
「うぅ……」
勿論、私にはこの場で「嫌です」と言って逃げるという選択肢があった。
私はゼフィラス様の──ゼス様の人となりをそれなりに知っているので、そんなことで怒ったりしない方だと分かっている。
でも――私に自分がゼス様だと教えるのは勇気のいることだったと思うし。
ゼス様は恩人で――私に、優しくて。
だから、私は。
ううん。全部言い訳だわ。
私は結局、断ることができなかった。
その赤い瞳があまりにも真剣で、切実だったから。
拒絶されるのは、苦しいから。
だから――私はゼフィラス様のことが嫌いではないのだし、一年間だけならと――。
「わかりました」
――頷いていた。