ゼフィラス様とゼス様
シグルスト先生にお願いして日取りを決めてもらい、お手紙を貰った翌々日の午後、私はお城に向かった。
ゼフィラス様とはお忙しい方なのかと思うのだけれど、できるだけはやくと伝えてもらったら、先方からのお手紙で日時の指定があった。
思いのほか早くお会いできることに驚きながらも、私は喜んで了承のお返事を書いた。
お城で王太子殿下とお会いするのだからと、今日はきちんと華美にならない程度のドレスを着て、髪も整えてもらった。
王家の印の入ったお手紙と、お兄様に書いてもらった身分証のアールグレイス家の刻印の入ったお手紙を二通、門番の方に見せると、話が通じているのかすぐに中に通してくれた。
王都中央に聳え立っているお城には、何度か来たことがある。
それは舞踏会や祝賀会の時などで、私はクリストファーに手を引かれてお城の大広間へと行ったのだ。
「どうしました、アールグレイス様。お腹が痛いのですか」
「ご病気でしたら、医務室に」
「大丈夫です、ごめんなさい、大丈夫です」
白壁にいくつもの円柱形の塔の連なるお城を見上げて立ち止まってしまった私を、門番の方々が心配してくれる。
私は大丈夫だと笑って誤魔化して、お城の中に足をすすめた。
私たちが普段立ち入ることのできる場所は決まっていて、貴族といえどもお城の中をうろうろすることはできない。
入ってすぐに謁見の間があり、舞踏会用の大広間は謁見の間とは別の棟にある。
なんせお城は広くて、お城だけで一つの街のようになっている。
「リーシャ様、お待ちしておりました」
一体どこに向かえばいいのかと悩んでいると、私の元へと立派な身なりをして帯剣をした方が近づいてくる。
お城において帯剣が許されるのは、騎士の方々か城の警備兵の方々、護衛の方々か──後は、身分の高い方だけである。
身分の高い方とは、王家の血筋の方々や、あとは宰相様や、王家の方々の側近たち。
いずれにせよ、誰かを守る必要のある方々だ。
「はじめまして。僕はゼフィラス様の執事をさせていただいている、ルートグリフです。ゼフィラス様の命により、リーシャ様をお迎えにあがりました。どうぞこちらに」
金の髪を黒い紐で縛った、眼鏡をかけた少し冷たい印象のある方だ。私よりもずっと年上だろう。
声にもあまり感情がこもっていない印象だったけれど、嫌な感じはしない。
もしかしたらこれから一緒に働くことになる可能性もあるので、私は「リーシャ・アールグレイスと申します」と、丁寧に挨拶をした。
お城で働くというのは――なんだか現実味が湧かない。
降って湧いたような幸運とでもいえばいいのか。
果たして自分にその役割ができるのか。不安はあるけれど――頑張るしかない。
私はルートグリフさんに連れられて、足を踏み入れたことのない謁見の間のさらに奥に向かった。
ツルツルに磨き上げられた床をコツコツと歩いて、立派な扉を開いた先にあったのは応接間である。
絵画や彫刻、調度品が並ぶ部屋の中央には、テーブルとソファセットが置かれている。
ルートグリフさんに促されて、私はソファに座った。
ややあって二人分の紅茶と、可愛らしいケーキがのったケーキスタンドをルートグリフさんが運んできて、私の目の前のテーブルに置いてくれる。
就職の面接なのに、こんな待遇をしていただいていいのかしらと思いながら、私は紅茶は飲まずにゼフィラス様を待った。
先にいただくのは失礼にあたる。
それに、どうにもお腹の辺りがざわざわする。
喉に布が詰まったみたいな苦しさを感じる。
とても、緊張している。
だって相手は王太子殿下だ。
私にとっては雲の上の存在で、まさかこんなことになるなんて──。
「リーシャ」
「は、はい!」
名前を呼ばれて、私は勢いよく立ちあがった。
開いたままの扉から、どうしてかわからないけれどゼス様が入ってくる。
黒いローブにいつものあやしげな仮面の、どこからどう見てもゼス様だ。
どうしてゼス様がいるのかしら。
私の面接を心配して、応援に来てくれた、とか。
よくわからない。ルートグリフさんがゼス様に続いて中に入ってくると、扉を閉めてゼス様の背後に控えた。
「ゼス様……?」
「あぁ。リーシャ、先日はありがとう。おかげで、孤児院の問題が解決した」
「そ、それはいいのですけれど、私は何もしていませんし……それよりも、どうしてお城に?」
「それは……その……だな」
ゼス様は言い淀んだ。
ゼス様の背後で、ルートグリフさんが「覚悟を決めてください、殿下」と、小さな声で応援している。
殿下って?
「……実は、黒騎士ゼスとは世をしのぶ仮の姿。……俺は、……いや、私は」
ゼス様は徐に仮面を外して、頭からすっぽり被っているフードを外す。
フードからは美しい銀色の髪が流れ落ちて、仮面の下の瞳はよく熟した林檎のような赤い色をしている。
ひと目見たら忘れないぐらいの美しい顔立ちをしたその方は、どこからどう見ても王太子ゼフィラス様だった。