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仕事の斡旋



 シグルスト先生の教員室に行くと、すぐに手紙を渡された。


 王家の刻印の入ったシーリングスタンプで封のされた上質な紙の封筒を、私は先生の前で開いた。


「おぉ、リーシャ君。それは帰ってから開きなさい。僕に見えてしまう」

「でも、先生。直接我が家に手紙を届けずに、先生を経由したということは、手紙の内容は職業の斡旋なのではないかなと思って」


「王家が直々に? なかなかないことだけれど」


 コポコポと音がする。

 シグルスト先生がカップにコーヒーをいれて、テーブルに置いてくれる。


「リーシャ君、砂糖やミルクは?」

「何もいれなくて大丈夫です」


「君は甘いものは嫌いかな?」

「甘いものは大好きですよ。でも、苦いものも好きです。今日は苦い気分なんです」


「あー……まぁ、そうだろうね。全く、クリストファーたちにも困ったものだよ」


 朝のやりとりが、シグルスト先生の耳にも入っているのかしら。

 まぁ、皆の前であれほど揉めたのだ。揉めたというか、ミランダ様が怒っているだけに見えたかもしれないけれど。

 シグルスト先生は私の前に座って、やれやれと首を振った。


「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。それよりも、孤児院の件はすごいな。以前から神官たちの汚職についての噂は流れていたんだ。けれど、神官というものは特別な存在だからな。摘発するのは難しかった」


「それは、王家であっても?」

「もちろん。巧妙に汚職を隠されて、証拠もなく、尋ねても知らないと言われ続けたら、事実も事実とは違う形に湾曲されるものだろう」


「なるほど……」


 確かにそれは理解できる。

 私とクリストファーとシルキーの関係だって、私の手紙一枚で美談にされてしまいつつあるもの。


 私がクリストファーを叩いたことなんて誰も知らないし。

 ミランダ様は理解してくれているけれど、クリストファーたちが大きな声で吹聴しているせいで、『私に邪魔をされながらも真実の愛を貫いたクリストファーとシルキー、最後には折れて二人を祝福した私』みたいになっている。


 全く事実じゃないけれど、クリストファーやシルキーから見た私の存在って、そんなものだったのかもしれない。


「先生、お手紙……ゼフィラス様です。孤児院でのことのお礼と、それから――」


 私は手紙を先生に見せた。


 ◇


『親愛なるリーシャ・アールグレイス殿。


 先日は貴殿の勇敢な行動により、孤児院の子供たちからの貴重な証言が得られたと、ゼスより報告を受けた。

 以前から、あの孤児院については私もあやしいと思っていた。


 子供たちが不当に扱われているのではないかと。

 だが、視察では何も出てこないとの報告しか得られなかった。


 私が直接見に行くこともあったが、シスターたちはなにもないと言い、子供たちは私の姿を見ると怯えてしまう。


 君の勇敢な姿を見て、子供たちも安心して助けてと叫ぶことができたのだろう。


 お陰で、孤児院の運営費を使い込んでいたシスターたちを捕縛し、賄賂を受け取っていた神官たちも捕縛することができた。


 孤児院は真っ当に運営がなされるだろう。全て君のお陰だ。


 ゼスから、君の事情を聞いた。

 君が就職先を探しているのだと。


 もしよければ、私の侍女として働いてくれないだろうか。

 一度、城に話を聞きにきてくれると嬉しい。

 君が来訪してくれたら、私はいつでも君に会いに行く。


 リーシャ、いつでも待っている。


 ゼフィラス・エルランジア』


 ◇


「本当だ。王太子殿下の侍女とは、大出世だぞ、リーシャ君」

「どうしましょう、先生……」


「ゼフィラス様は、優しく聡明で寛大なお方だと評判だ。孤児院の件も、報告を受けてすぐに動いてくれたのだろう?」


「はい」

「一度会って、話をしてみるといい。人柄を知り、仕えるべきか考えなさい」


 シグルスト先生の雰囲気から、是非その話を受けろ、という気持ちが伝わってくる。

 ゼフィラス様の侍女になる──考えたこともなかった。


 とても、いい話だ。

 王太子殿下の侍女ともなれば、私の将来は安泰。


 王都にお部屋でも借りて、一人で生きていけるぐらいはお金が稼げるだろう。


 確かに王都にはアールグレイス家のタウンハウスがあるけれど、いつまでも独り身でいる私の姿なんて、アシュレイ君に見せたくない。

 できることなら優雅に一人暮らしをする、独身貴族の叔母として、格好をつけたい。


「分かりました、先生。お話を聞きに行ってきますね」

「では、返事は僕の方からしておくよ。日程の調整も学園側からということで。あくまでも仕事の斡旋。もし君が嫌だと感じたら、断りやすいように間に入らせて貰う」


「ありがとうございます、先生。とても助かります」

「教師だからね、当然だよ」


 私はシグルスト先生に頭をさげてお礼を言った。

 ミランダ様に報告すると「そうなの、いい話じゃない」と喜んでくれた。


「あなたがお城で働くのなら、私も気軽に会えますもの。騎士団本部はお城にありますから」


 それは嬉しい。独り身でいると決めた私だけれど、お友達まで失いたくはないもの。

 ミランダ様が近くにいると思うと、とても心強い。


 家に帰ってからお兄様やアシュレイ君にも話をした。


「いい話じゃないか、リーシャ。国王陛下はまだ壮健でいらっしゃるが、ゼフィラス様の即位も近いだろう。ゼフィラス様の侍女であれば、将来安泰だよ」


 お兄様は私と同じような感想を言った。それから「しかし、侍女か。侍女……うーん……本当かな」と、ぶつぶつ言っていた。


「リーシャ、お城で働くのなら、この家から通えるよね。ずっと一緒にいてくれるんだよね、リーシャ」


 アシュレイ君はそう言って、お兄様に「リーシャにもリーシャの人生があるんだよ」と軽く窘められていた。



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