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金貨袋の有効活用



 アールグレイス家までゼス様に送ってもらい、お別れをした。

 家に戻った頃にはもう夕方になっていて、ゼス様は「ずいぶん歩いたが大丈夫か」と、終始心配してくれていた。


 暇さえあればよく街をうろうろしているので大丈夫だと答えると「珍しいな、君は貴族なのに」と言っていた。


 メルアは大丈夫だろうか。

 もしあの孤児院で何かが起こっているのだとしたら、孤児院から抜け出したことで罰を受けなければいいけれど。


「お兄様、王都の孤児院でまともにお金が使われていないようなことがあるのでしょうか」

「どうしたの、急に」


「今日、迷子の女の子を孤児院に送り届けたのです。どうやら、その孤児院ではまともに食事を与えていないらしくて」


「そうなんだね。まぁ、あるだろうね」


「ありますか?」

「王都は広いからね。国というものはもっと広い。土地が広くて人が多いほど、細かい管理などはできなくなるものだよ」


 夕食の最中にお兄様に質問すると、お兄様はあまり感情的になる様子もなく答えてくれる。

 アシュレイ君が「でも、かわいそうだよ」と呟いた。


「うん。かわいそうだね。でも、アシュレイの腕には何人の人間が抱えられると思う?」


「うーん……一人かなぁ。リーシャなら抱っこできるかも」

「ふふ、ありがとう、アシュレイ君」


 私の名前を最初に出してくれたので、私は微笑んだ。

 例えば私やお兄様がある日突然亡くなってしまって、アシュレイ君がメルアのようになったらと思うと、余計に胸が痛んだ。


「リーシャしか抱えられない腕で、他のかわいそうな人たちを抱え続けたら、アシュレイは潰れてしまうよね」

「うん……そうなのかな」


「かわいそう、助けてあげたいと思うのは、素晴らしいことだけれど、この国は大きい。全てのかわいそうな人たちを、助けることなんてできない」

「……それは理解できますけれど」


 お兄様は正しいのだと思うけれど。

 でも──。


「リーシャ。私たちは貴族だ。私たちにできるのは、自分の領地に住む人々ができる限り安心して豊かに過ごすことができるように尽力すること。そして君は貴族なのだから、君の見て感じたものを、然るべき場所へと伝えることができるだろう?」


「はい、確かにそうです」

「全て自分一人でなんとかしようとは思ってはいけないよ。君ができることを、すればいい」

「王家に、奏上すればいいということですね。……それは、ゼス様がしてくださると言っていました。王家に、知り合いがいるのだと」


「……ゼスと、また会ったの?」

「たまたま、ご一緒して……」


 お兄様はやれやれというように軽く頭を振った。


「ゼスが一緒だったのなら、大丈夫だよ、きっと。明日には……その孤児院も、まともになっているのではないかな」

「明日には?」


「うん。私の方でも情報を集めておいてあげるよ。そうでないと、リーシャは心配して家を抜け出して、孤児院に行ってしまいそうだしね」

「……ええと、それは」


「君は、行動力があるから」

「お兄様を心配させないように、気をつけてはいるのですよ」


 翌日、私はお兄様に断りを入れてから、エルフエディル孤児院へと向かった。

 北地区は治安がよくないので、お兄様の護衛をしているアルバさんにも一緒に来てもらった。


 アルバさんはもともと傭兵をしていた方だ。

 お兄様が傭兵斡旋所で雇った護衛で、腕が立つのと礼儀正しいという二つを満たしていることから、そのまま我が家で雇うことになった。


 今年で三十歳になるというアルバさんは、黒い獅子の立て髪のような髪に青い瞳の凛々しい方で、お兄様の護衛であり、アールグレイス家の兵士の方々を束ねる役割をしている。


 アールグレイス伯爵家には護衛の兵士が多い。

 これは、お兄様やお父様が商売で成功していることに関係している。


 お金がある家というのは、悪い人に狙われやすいのだという。

 だから、私が酒場で身分を名乗ってしまったのは完全な悪手だった。

 あの時は焦っていたから、きちんと考えることもできなかったのだけれど。


 昨日はゼス様と一緒だったし、身分を名乗っても問題はなかったと思う。

 あぁでも、ゼス様がいなければきっと私、孤児院に乗り込んでいただろうし、一人で解決しようとして事態を悪化させていたかもしれない。

 

 ゼス様もお兄様も大人だ。

 私も、大人にならないといけないわね。

 これからは──自分の身は自分で守らなくてはいけないし、一人で生きていくのだから。


「アルバさん。あの……ごめんなさい」

「どうして謝るのですか、お嬢様」


「アルバさん、グエスと結婚するはずだったのに、私の婚約破棄のせいで、先送りになったのではないかなと思って……グエス、私が結婚しないと、自分も結婚できないって言うから」


 私はもう結婚しないし、恋もしないのだとグエスに宣言したら「お嬢様、そんな悲しいことを言わないでくださいよ」と泣かれてしまった。

 それなので、グエスとはそれ以上私の結婚についての話ができていない。


「気にしないでください。結婚しようがしまいが、私はグエスが好きです。結婚なんてのは、ただの契約にしか過ぎませんよ」

「……アルバさん、すごいですね。アルバさんみたいな人と、私も出会えていたらよかったです」


 並んで歩きながら、私は感嘆のため息をついた。

 グエスはよい方を選んだ。私は、見る目がなかった。


 アルバさんは苦笑まじりに「もういい歳ですからね、私は。この年であまり浮ついたことを言うのも恥ずかしいですから」と言った。


「あ! お姉さん!」


 孤児院にたどり着くと、昨日の雰囲気とはまるで違っていた。


 メルアが私に気づいて、すぐに駆け寄ってきてくれる。

 子どもたちが、シスターたちと一緒に外で遊んでいるし、服装も髪も綺麗に整えられている。


「リーシャ様!」


 メルアと一緒に、若いシスターが走ってきてくれる。

 昨日、院長の後ろで静かにしていたシスターのうちの一人だ。


「リーシャ様、昨日はありがとうございました」

「お姉ちゃん、ありがとう!」


 何人かのシスターたちも私たちの元へ来て、頭をさげてくれる。


「……いえ、私は何もできませんでした。大丈夫でしたか?」

「この孤児院は……リーシャ様もご承知の通り、まともに運営されていませんでした。院長とその取り巻きたちが私腹を肥やしていて。院長は神殿から派遣されていた人ですから、誰も文句を言えなかったのです」


「そうなのですね。神殿から?」

「はい。ハルマさんに口答えをしたシスターたちは、ここをクビになりました。私も、何度もここを辞めようと思いました。でも、子どもたちが不憫でやめることができなかったのです」


 シスターたちが頷き合っている。

 子どもたちは、昨日はどこか緊張した面持ちだったけれど、表情が柔らかくなっているようだった。

 シスターたちにしがみついたり、手を繋いだりしている。


「昨日、リーシャ様とゼス様がお帰りになってからしばらくして、王太子殿下がやってこられました」

「えっ、王太子殿下が、直々に?」

「はい。ゼス様から連絡が来たとのことで。何人かの兵士と、神官たちを連れて。今までは、王家からの視察が来ると子供たちも私たちも口止めされていたものですから、何も言えなかったのですが」


 そもそもその視察者自体、ハルマさんと繋がりのある神官だったりしたらしい。

 ゼス様と私が見聞きした証言を元に、子供たちや善意で働いているシスターたちから話を聞き出してくれたのだという。


 くまなく孤児院の中を調べて、子どもたちを調べて。

 そして、ハルマさんやその取り巻きたちが運営費を着服しているという事実が明るみに出たようだ。


 ハルマさんとその取り巻きたちは捕まり、ハルマさんの証言で、ハルマさんから賄賂をもらっていた神官の何人かも捕まったそうだ。


「これでようやく、子どもたちのためにお金を使うことができます」

「私たちも子どもたちを苦しめました。その贖罪だと思って、これから子どもたちを大切にしていきたいと思います」


「そう……よかった」

「ありがとう、お姉ちゃん。シスターたちが、お風呂に入れてくれたの。新しいお洋服も。それから、今日はケーキも食べたの」

「よかったわね、メルア」


 私はアルバさんに持ってもらっていた、金貨の入った袋をシスターに差し出した。

 それは、クリストファーの家からお兄様がもらってきた慰謝料である。

 使うのは嫌だったし、置いて置くのも嫌だった。

 だから。


「これ、よかったらみんなのために使って。私には、いらないお金だから」

「こんなに貰えません……!」


「孤児院、屋根も壁も傷んでいるわよ。修繕費にしてもいいし、もうすぐほら、春の祭典があるでしょう? お祝いに使ってもいいわ」

「ですが」


「その代わり、時々遊びに来てもいい?」

「もちろんです!」

「お姉さん、また来てくれるの? 嬉しい」


 私はシスターに、金貨袋を押し付けた。

 メルアが飛び跳ねて喜んでいる。


 それにしても、王太子殿下が直々にハルマさんたちを捕縛しに来るなんて。

 王家との繋がりがあるとは言っていたけれど、ゼス様は何者なのかしら。


 王太子殿下とは王家のパーティーでご挨拶をしたことはあるけれど。

 私から話しかけていいような身分の方ではないから、個人的にお話をしたことはないもの。


 王太子殿下が直々に、小さな孤児院のために動いてくれるなんて、とてもいい方なのか。

 それとも、ゼス様がすごいのか。

 どちらなのかはわからないけれど、とりあえずは、よかった。




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