表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/91

不思議の国のベリークリームパンケーキ


 可愛い観葉植物にランプに、ハートやスペードが描かれたポット。

 トランプのオブジェに、硝子の薔薇。

 

 ソファとテーブルが並ぶ可愛い店内の窓際の席に座るゼス様は、やっぱりそこだけ亜空間みたいな一種異様な威圧感がある。

 

 不思議の国の騎士みたいで、似合うには似合うのよ。

 リンゴの角切りがたっぷり入ったアップルシナモンティーと、生クリームが森の木ぐらいにもさっと乗った、ベリーいっぱいふわふわパンケーキが目の前におかれているのには、少し違和感を感じるけれど。


 ゼス様は私と同じものを注文した。

 このお店でよかったのかしらと内心びくびくしていた私だけれど、美味しいものは食べたい。


 色々あったけど、食欲が全くなくなるというようなこともなく、胃がキリキリ痛むようなこともなく、私は元気にパンケーキを注文した。

 美味しいって評判だったし、せっかく来たのだから注文したいもの。


 ゼス様はナイフとフォークを使って、美しい所作でパンケーキを一口大に切って器用に食べている。

 生クリームがたっぷりのったパンケーキを一口、口に入れた。


「……美味しい! 思ったよりも甘くないですね。レモンクリームかな。甘酸っぱいです。それにパンケーキ、口の中でしゅわしゅわしてとけていきますね」


「そうだな。もっと、甘いのかと思っていた」


「アップルシナモンティーも、爽やかで美味しいです。はー……来てよかった。やっぱり王都はいいですね……素敵なものが沢山ありますもの」


 私はアップルシナモンティーで喉を潤して、にこにこした。

 それからはっとして、まじまじとゼス様を見つめる。


「ごめんなさい! つい、いつもの調子で食べたり飲んだり話したりしてしまいました……」

「それの何がいけない?」


「それは、その……」


「君が何を気にしているのかはわからないが、俺はそのままの君でいい。嬉しそうに食事をしている君を見ていると、こちらまで嬉しくなる」

「ゼス様は、優しい人ですね。流石は黒騎士ゼス様です」


「その呼び名だが」

「黒騎士、ですか?」

「あぁ。……冒険者なのに騎士とは、妙ではないか?」


 確かに。

 冒険者とは騎士ではない。騎士とは、ゲイル様率いる騎士団の方々のことだからだ。

 そんな疑問をご自身で口にするのがなんだか面白くて、私は口元に手をあてるとくすくす笑った。


「何か、おかしいことを言っただろうか」

「いえ、本当にそうだなって思って。でも、ゼス様は冒険者というよりは、騎士に見えますものね。どことなく、品があるというか、優雅というか……」


「口元しか見えていないのに、そう感じるものなのか?」


「すくなくとも、野蛮には見えませんよ。もちろん、冒険者の方々が野蛮とは思っていませんけれど……! でも、ウェールス商会のサーガさんは、もっとこう、海の男! みたいな感じでワイルドです。ゼス様はワイルドではなく、優雅という感じです」


 サーガさんとはとある事件がきっかけで出会った。

 王都の港の中では一番大きな船を持っている、貿易業をしている大きな商会の社長さんである。

 元々は冒険者をしていて、そこで稼いだお金を元手に商会を立ち上げた若き社長さんだ。


 だから私の冒険者のイメージとは、サーガさんのようなワイルドな男性という感じだった。

 その意味で言うと、やっぱりゼス様は冒険者というよりは騎士様という気がする。


「リーシャは……ワイルドな男が好きなのか?」

「えっ、私? 好きな男性……?」


「あぁ」

「い、いえ、私は……私はもう、恋とかはいいかなって思っていて」


 私はとんでもないと首を振った。サーガさんは知り合いで、好きかどうかなんて考えたこともなかった。

 そもそも私よりもずっと年上だし。

 

「十八年間、ずっと好きだった幼馴染みに裏切られて、振られてしまいました。……だから、もういいんです。人を好きになると、また苦しい思いをするかもしれませんし」


「君を裏切るような男ばかりではないだろう」


「ゼス様は誠実そうですね。あっ、まさか恋人はいませんよね……? 恋人がいるとしたら、食事を一緒にするのはよくありません」


「いない。……恥ずかしい話だが、女性は苦手だ。二十五年間、ずっと一人だ」

「そうなのですね、ではよかったです。ゼス様、人気があるのですから、恋人なんてすぐできるんじゃないでしょうか」


 よく考えたら、私、ゼス様のことをなにも知らないのよね。

 今のはよくなかったと反省して、あわてて訂正した。


「ごめんなさい。軽率でした。女性が苦手だとおっしゃっていたのに。私、適当なことを……」

「いや。俺も君の傷をえぐるようなことを言ってしまった。すまない」


「そんなことはないですよ。こうして、話ができるとすっきりしますね。ゼス様、もしかして私を心配して昼食に誘ってくだったのですか?」


「……心配と言えば、心配だな」


 私はもう大丈夫だからと微笑んだ。


 ゼス様と話をして、笑うことができている。


「もう大丈夫です。物語の中でも、幼馴染みとは得てしてふられるものなのです。そういう風に、世界はできているのですね」

「そうなのか?」

「はい」


 半分元気で、半分まだ駄目で。悲しいを怒りに変えて、怒りを、どうでもいいものとして飲み込んで。


 少し時間がかかるかもしれないけれど、忙しく働いていればきっと忘れることができる。

 ゼス様とも、話をすることができたし。

 

 ゼス様は「それなら、よかった」と、それ以上何も聞かなかった。

 私の分の会計も一緒に支払ってくれるゼス様に、慌てたりお礼を言ったりしながら店を出る。

 

 これできっと、ゼス様と会うことももうないわね。

 アシュレイ君に、ゼス様は本当にいい方だと教えてあげなきゃ。

 

 そんなことを考えながらふと視線を巡らせると、女神の噴水の前で泣いている女の子に気づいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ