不思議の国のベリークリームパンケーキ
可愛い観葉植物にランプに、ハートやスペードが描かれたポット。
トランプのオブジェに、硝子の薔薇。
ソファとテーブルが並ぶ可愛い店内の窓際の席に座るゼス様は、やっぱりそこだけ亜空間みたいな一種異様な威圧感がある。
不思議の国の騎士みたいで、似合うには似合うのよ。
リンゴの角切りがたっぷり入ったアップルシナモンティーと、生クリームが森の木ぐらいにもさっと乗った、ベリーいっぱいふわふわパンケーキが目の前におかれているのには、少し違和感を感じるけれど。
ゼス様は私と同じものを注文した。
このお店でよかったのかしらと内心びくびくしていた私だけれど、美味しいものは食べたい。
色々あったけど、食欲が全くなくなるというようなこともなく、胃がキリキリ痛むようなこともなく、私は元気にパンケーキを注文した。
美味しいって評判だったし、せっかく来たのだから注文したいもの。
ゼス様はナイフとフォークを使って、美しい所作でパンケーキを一口大に切って器用に食べている。
生クリームがたっぷりのったパンケーキを一口、口に入れた。
「……美味しい! 思ったよりも甘くないですね。レモンクリームかな。甘酸っぱいです。それにパンケーキ、口の中でしゅわしゅわしてとけていきますね」
「そうだな。もっと、甘いのかと思っていた」
「アップルシナモンティーも、爽やかで美味しいです。はー……来てよかった。やっぱり王都はいいですね……素敵なものが沢山ありますもの」
私はアップルシナモンティーで喉を潤して、にこにこした。
それからはっとして、まじまじとゼス様を見つめる。
「ごめんなさい! つい、いつもの調子で食べたり飲んだり話したりしてしまいました……」
「それの何がいけない?」
「それは、その……」
「君が何を気にしているのかはわからないが、俺はそのままの君でいい。嬉しそうに食事をしている君を見ていると、こちらまで嬉しくなる」
「ゼス様は、優しい人ですね。流石は黒騎士ゼス様です」
「その呼び名だが」
「黒騎士、ですか?」
「あぁ。……冒険者なのに騎士とは、妙ではないか?」
確かに。
冒険者とは騎士ではない。騎士とは、ゲイル様率いる騎士団の方々のことだからだ。
そんな疑問をご自身で口にするのがなんだか面白くて、私は口元に手をあてるとくすくす笑った。
「何か、おかしいことを言っただろうか」
「いえ、本当にそうだなって思って。でも、ゼス様は冒険者というよりは、騎士に見えますものね。どことなく、品があるというか、優雅というか……」
「口元しか見えていないのに、そう感じるものなのか?」
「すくなくとも、野蛮には見えませんよ。もちろん、冒険者の方々が野蛮とは思っていませんけれど……! でも、ウェールス商会のサーガさんは、もっとこう、海の男! みたいな感じでワイルドです。ゼス様はワイルドではなく、優雅という感じです」
サーガさんとはとある事件がきっかけで出会った。
王都の港の中では一番大きな船を持っている、貿易業をしている大きな商会の社長さんである。
元々は冒険者をしていて、そこで稼いだお金を元手に商会を立ち上げた若き社長さんだ。
だから私の冒険者のイメージとは、サーガさんのようなワイルドな男性という感じだった。
その意味で言うと、やっぱりゼス様は冒険者というよりは騎士様という気がする。
「リーシャは……ワイルドな男が好きなのか?」
「えっ、私? 好きな男性……?」
「あぁ」
「い、いえ、私は……私はもう、恋とかはいいかなって思っていて」
私はとんでもないと首を振った。サーガさんは知り合いで、好きかどうかなんて考えたこともなかった。
そもそも私よりもずっと年上だし。
「十八年間、ずっと好きだった幼馴染みに裏切られて、振られてしまいました。……だから、もういいんです。人を好きになると、また苦しい思いをするかもしれませんし」
「君を裏切るような男ばかりではないだろう」
「ゼス様は誠実そうですね。あっ、まさか恋人はいませんよね……? 恋人がいるとしたら、食事を一緒にするのはよくありません」
「いない。……恥ずかしい話だが、女性は苦手だ。二十五年間、ずっと一人だ」
「そうなのですね、ではよかったです。ゼス様、人気があるのですから、恋人なんてすぐできるんじゃないでしょうか」
よく考えたら、私、ゼス様のことをなにも知らないのよね。
今のはよくなかったと反省して、あわてて訂正した。
「ごめんなさい。軽率でした。女性が苦手だとおっしゃっていたのに。私、適当なことを……」
「いや。俺も君の傷をえぐるようなことを言ってしまった。すまない」
「そんなことはないですよ。こうして、話ができるとすっきりしますね。ゼス様、もしかして私を心配して昼食に誘ってくだったのですか?」
「……心配と言えば、心配だな」
私はもう大丈夫だからと微笑んだ。
ゼス様と話をして、笑うことができている。
「もう大丈夫です。物語の中でも、幼馴染みとは得てしてふられるものなのです。そういう風に、世界はできているのですね」
「そうなのか?」
「はい」
半分元気で、半分まだ駄目で。悲しいを怒りに変えて、怒りを、どうでもいいものとして飲み込んで。
少し時間がかかるかもしれないけれど、忙しく働いていればきっと忘れることができる。
ゼス様とも、話をすることができたし。
ゼス様は「それなら、よかった」と、それ以上何も聞かなかった。
私の分の会計も一緒に支払ってくれるゼス様に、慌てたりお礼を言ったりしながら店を出る。
これできっと、ゼス様と会うことももうないわね。
アシュレイ君に、ゼス様は本当にいい方だと教えてあげなきゃ。
そんなことを考えながらふと視線を巡らせると、女神の噴水の前で泣いている女の子に気づいた。




