カフェデートみたいな
ゼス様はしばらく沈黙していた。
他になにか用事があるのかしらと思いながら、私は辛抱強く沈黙の終わりを待った。
はからずしも、女神の噴水の前で見つめ合うみたいになっている。ゼス様、目は隠されてるけど。
ゼス様は目立つし、有名人なので、道ゆく人たちの視線が私たちに向けられている。
そんなには気にならないけど。
でも、どこのだれともわからない女と見つめあってた、とか、噂が立ったら申し訳ない。
なんてことをぼんやり考えていたら、やっとゼス様が口を開いた。
「リーシャ……もし、よければ。昼食でも、一緒にどうだろうか」
「お昼ごはんですか?」
「あ、あぁ。君が嫌でなければ」
「嫌ではないですが、私と、ですか」
「君と」
「……はい」
まさかのお誘いに、私は少し考えて頷いた。
「このような風体の男と食事はしたくないだろうか」
「このような……仮面のことですか、それともフード?」
「両方だが」
気にしているのね、ゼス様。
なにか、脱げない理由があるのかしら。
呪われた仮面、みたいな。
聞くのは失礼だし、そっとしておこう。
「よくお似合いになっています。ゼス様こそ、私のような女と食事をしていいのでしょうか。私、ゼス様には情けない姿しか見せていませんし、迷惑ばかりかけているのに」
「迷惑はかけられていないし、情けないとも思っていない」
「では、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
私は深々と頭を下げた。
とくに断る理由もないし。お誘いをしていただけるのはありがたい。
「リーシャ、君は何を食べたい? 君の好きなものはなんだろうか」
「ゼス様の好きなものを食べに行きましょう」
「いや、君の好きなもので」
「私のですか……」
どうしよう。
よくよく考えたらここ一年以上、誰かと出かけることってなかった。
ゼス様をどこに誘えばいいのだろう。分からない。
「え、ええと、では……やた……ではなくて、か、カフェに行きましょうか!」
屋台と言いかけて、私は言い直した。
せっかくのお食事だもの、屋台は失礼よね。
「中央街のアリスカフェ、新作のパンケーキが人気で……ぱ、パンケーキ……」
パンケーキは無いわよね……?
私は好きだけど、ゼス様は……どう考えてもパンケーキが似合わない。
「では、そこに」
「え……っ、あっ、はい……」
やっぱりレストランに、と、言えなかった。
ゼス様があっさり頷いてくれたので、今更意見を変えるのもな、ということもあったし。
ゼス様がパンケーキ好きの可能性も捨てきれなかったからだ。
「ゼス様、アリスカフェは、不思議の国のアリスベルというお話をコンセプトにした、コンセプトカフェなんです」
「不思議の国の?」
「はい。アリスベルちゃんっていう少女が、不思議の国に迷い込んでオネエ口調のシルクハット貴公子に出会うっていうお話しですね」
「リーシャは、物知りだな」
「私、街を一人でうろうろするのが趣味で。王都はとっても賑やかで、楽しいですね。色んな人や、色んなもので溢れています」
「君は、この街が嫌いではないだろうか。先日、あのような目にあったのに」
「どんな場所にもいい人もいれば悪い人もいますから。嫌なことがあっても、街を嫌いになんてなりませんよ」
ゼス様は口元に笑みを浮かべた。
どことなく嬉しそうな表情をしているのが分かる。ゼス様も王都が好きなのかもしれない。
「君は、家には戻らずに王都で就職を?」
「え、あ……はい。そのつもりです。実家を継ぐのはお兄様ですし、迷惑をかけたくありません。就職先は、王都の方がずっと多いですし。先生にも相談して、お城の雑用係などの仕事がないかなと思っていまして」
「伯爵家の娘の君が、雑用係……?」
「仕事があるだけ幸せなのです。なんでもします」
「その勢いではすぐに仕事先がみつかるだろうな、きっと」
「全部駄目だったら、ユーグリットさんにもう一度ご挨拶に行こうと思います」
「それは……あまり、推奨しない」
アリスカフェは恋人たちや若い女性たちで賑わっている。
店の前には可愛らしいウサギのオブジェや宝石を模した彫刻や、不思議な形をした魚の彫刻が並んで、モザイクガラスのランプがいくつもかけられている。
木にもランプがつるされていて、可愛いの洪水という感じだ。
「こんな可愛いお店を提案してしまって、すごく心配していました。でも、ゼス様、似合いますね……! 幻想的な空間に現れた、異空の騎士様という感じで!」
「異空の騎士……」
「はい。おとぎ話に出てくる騎士様みたいです」
ゼス様は目立つので、アリスカフェに来ている女性たちが「ゼス様だわ」とひそひそ噂して、子供たちが「黒騎士様だ!」と、手を振った。
ゼス様は女性たちのことはあまり気にしていないようだったけれど、子供たちには手を振りかえしていた。
すごく、ヒーローという感じだった。