ゼス様へのお礼
冒険者ギルドから離れて少し歩いた場所にある女神の噴水の前で、私は小脇に抱えられた状態からゼス様に降ろされた。
前回はお姫様抱っこをされたけれど、今回は小脇に抱えられてしまった。
「私、重くないですか? 重かったらどうしましょう……ごめんなさいゼス様。重かったですよね。重かったとしてもできることなら心の中で重いなって思うだけにしてほしいのですけれど……!」
美しい彫刻の女神が抱えている水瓶から水が流れ落ちている。
この女神の噴水、噴水自体もかなり大きいので、彫刻の女神も当然かなり大きい。
若者たちの待ち合わせスポットとして人気で、夜になると魔鉱石のランプでライトアップもされるので、夜も綺麗らしい。
そんな美しい噴水の前で謝罪をする私と、仮面のゼス様に驚いたように、若者たちがぎょっとした顔で私たちを見ている。
「いや、その……軽い」
「軽いですか? よかった。安心しました。暴飲暴食には気をつけないと」
「暴飲暴食」
「い、いえ、こちらの話です」
ミランダ様が失恋を癒すのは暴食って言ってたもの。最近私、ちょっとその傾向にある。
「すまないな。まさか冒険者ギルドで会うとは思わず、思わずここまで抱えてきてしまった」
「冒険者ギルドの受付を募集しているので、職場見学に行ったのです。ゼス様にお礼もしたかったですし。駄目でしたか?」
「酒場よりも安全な場所だが、男ばかりだ。素行が悪いと冒険者ランクを剥奪されてギルドから名前を抹消されるから、早々ろくでなしはいないが、女性が働くにはあまり適した場所ではない」
「そうなのですね……ユーグリットさんは、優しそうでしたけれど」
「あれは女好きだよ、ただの」
そうか、そうなのね。
可愛いって褒めてくれたので、つい嬉しくなってしまったけれど、女好きなのね。
「ゼス様がおっしゃるのなら、冒険者ギルドで働くのはやめておきます」
「君は就職先を探しているのか」
「はい。職業斡旋所に行ったら、もう一件、ウェールス商会の社長秘書の仕事があって。まだ見学していないのですけれど、サーガ・ウェールスさんとは知り合いなので、こちらも当たってみようと思います」
「……そうか」
「はい。ゼス様、アドバイスありがとうございます。あっ」
話し込んでいる場合ではなかった。
私は手荷物をぐいぐいとゼス様に押し付ける。
「先日のお礼の粗品です。アールグレイスグループホテルの無料宿泊券一年分と、お菓子の詰め合わせと、傷薬。それから、ええと……」
袋に入った粗品を押し付けた後、私は遠慮がちにリボンを結んだ小さな包みを差し出した。
「これ、ご迷惑じゃなければ……迷惑だったらごめんなさい。こういうことするのは、あんまりよくないのかなって思いますけれど。でも、本当にゼス様には感謝をしていて……!」
「これは」
「ハンカチに刺繍をしたのです。ゼス様、黒い大鷲みたいだなって思って、大鷲を縫いました。刺繍入りのハンカチは、護符の意味もありますので、ゼス様がお仕事中に怪我をしないようにと」
「……ありがとう」
「は、はい」
ゼス様は、アシュレイ君の話では人気者らしい。
もちろん私も知っているぐらいの有名人だから、こういった贈り物には慣れているのかもしれない。
ためらうこともなく受け取ってくれて、私は安堵した。
迷惑だって、突き返されなくてよかった。
「では、私はこれで。ありがとうございました」
「え」
「え?」
「い、いや」
お辞儀をして私が去ろうとすると、ゼス様が疑問を口にした──ような気がした。
聞き間違いかもしれない。私の目的は果たしたので、どこかでお茶でも飲んで帰ろうかしらね。
街をうろうろするのもいいわね。ついでいにウェールス商会でも見に行こうかしら。