リーシャの奔走
目的が決まれば、あとは動くだけだ。
お兄様に相談したら、アシュレイ君の侍女、王都のホテルのオーナーという二つの仕事を提案された。
どちらもすごく甘やかされている気がするので却下。
王都の職業斡旋所では、身分を言ったらとても職業は斡旋できないといわれた。
無理を言って提案してもらったのが、ウェールス商会の社長秘書と、冒険者ギルドの受付の仕事。
ウェールス商会の社長は知り合いで、冒険者ギルドはゼス様が所属している場所。
結構世間て狭いのねって思いながら、私は学園での日々をミランダ様と過ごした。
「ミランダ様は卒業なさったらどうされるのですか?」
「あら、言わなかったかしら。私はゲイル様と結婚するのですわ」
学園での私は相変わらずだけど、ミランダ様を筆頭にお友だちが少し戻ってくれている。
ミランダ様以外は、クリストファーが怖いらしく、こそこそとだけれど。
「ゲイル様といえば、聖グングニル騎士団長、鉄面のゲイル様」
「顔が怖いからそう呼ばれておりますわね」
ミランダ様はあまりご自分のことは自分からは話さない。
今までは私も立場的に遠慮があったのだけど。
もうそんなことは気にせずに、話すことができる。
「トットリア家の女性は、強い男性に嫁ぐと決まっておりますの。この国で強いといえば,私のお兄様、お父様、それからゲイル様。一番強いのはゼ……」
「ぜ?」
「なんでもありませんわ」
「ゼス様ですか、黒騎士の」
「そ、そうですのよ。あやしい仮面の冒険者の」
「あやしくなんて! とても素敵な方でした」
あの最低な一日で、ゼス様だけが輝いていた。
たしかに言われてみれば怪しい仮面かも、だけど。
「そう? 素敵だと思ったのね?」
「は、はい」
「ふぅん、へぇ、ふぅん」
「な、なんですか、一体……」
「なんでもありませんわ」
ミランダ様は口元を扇で隠して、ほほほ……と笑った。
謎だわ。
週末、私は職場見学のために冒険者ギルドに向かった。
ゼス様にお礼をするためでもある。
「会えるといいけれど……」
冒険者ギルドは王都の中央街にある。
一番栄えている場所で、人通りも多い。
馬車や荷車が行き来していて、着飾った人々や、巡邏の兵士、頭に荷物を乗せて運ぶ女性たちなど、様々な人の姿を見ることができる。
カフェや武器屋、道具屋や雑貨屋など、様々なお店が並ぶ一角に、冒険者ギルドはある。
冒険者とは男性が多く、冒険者ギルドの前のつまれた箱や樽に座って休んでいる、目つきの悪い男性たちの姿がある。
先日の私は、ドレス姿で酒場に入るという失態をおかした。
でも、今日は大丈夫。
きちんと、庶民風の服を着ているし、少し目立つ薄い空色の髪も結って、布で巻いて隠している。
だから、大丈夫なはずだ。
ちゃんと斡旋所からの紹介の手紙も持ってきているし。
「こんにちは!」
私は冒険者ギルドの扉を開いた。
おや、という様子で、受付にいる眼鏡の男性が顔をあげる。
「こんなところに、若いお嬢さんが一人で、どうしたのかな」
「はじめまして。リーシャといいます。職業斡旋所でこちらの受け付けを紹介いただいて」
「あぁ! 確かに僕は可愛い女の子の受け付けが欲しいってお願いしておいたんだけど、思ってたより若くて可愛い子が来てしまったどうしよう!」
「あ、あの」
「大歓迎だよ、大歓迎だ! やったぁ!」
「い、いえ、私は」
今日はただの見学のつもりだったのだけど。
「僕は、ここのオーナーのユーグリット。よろしくねぇ」
「は、はい。これ、紹介状です」
とりあえず、私は手紙を渡そうとした。
けれどそれは渡す前に、私の背後に立った人により取り上げられてしまった。
手の中にあったはずの手紙がなくなり、私は驚いて振り向いた。
そこには、ぬんっという感じで、大きくて黒い人が起立していた。
夜に見たときと同じ。ローブのフードを被り、仮面をつけた背の高い男性。
ゼス様だ。
「ゼス様!」
会えてよかった、これできちんとお礼ができる。
ゼス様は私の持っていた手紙を、ご自分のローブの内側へとしまってしまった。
「あの、それ、斡旋所のお手紙です。ユーグリットさんにお渡しするもので」
「君は、ここで働こうというのか?」
「そうだよ、ゼス。いいだろう、可愛くて。その子、君のファン?」
「リーシャ、ここを出るぞ。ここは君が近づくべき場所じゃない」
「で、でも」
「いうことを聞きなさい」
私はゼス様に抱えられて、冒険者ギルドを出た。
ユーグリットさんの「せっかくの女の子なのに! 最低だよ、ゼス、横暴!」という叫び声を背後に聞きながら。