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進路相談


 ミランダ様は「結婚しないで就職ですのね」と、確認するように何度か言った。

 食事を終えると「あなたが今にも死にそうな顔をしているから心配しましたけれど、思ったよりも元気そうで安心しましたわ」と言って、颯爽と帰って行った。

 

 ちなみに食事やストーブの後片付けはセルヴァスさんがささっと行ってくれた。

 至れり尽くされた私はやや元気になった――のだけれど。


「――リーシャ。ミランダのような女とあまり付き合わない方がいい。トットリア家は武名は優れているが、それだけの家だ」

「リーシャ様、私たちとの食事は断ったのに、すぐそばでミランダ様と一緒に食事をするなんて……やっぱり怒っているのですか? 私たちのこと……」


「そうなのか、リーシャ」


 クリストファーとシルキーが話しかけてきたので、私の元気は台無しになった。

 シルキーは頬を染めて、ふるふる震えている。


 クリストファーは私を心配していますと、言わんばかりの顔をしたあとに、今度はシルキーに気遣うような視線を向けて、私には責めるような視線を向ける。


「……ミランダ様は大切なお友達です。私はあなたたちの邪魔をしたくありません。それだけです」


 穏便に、この場を立ち去りたい。

 できればもう、関わりたくない。


「邪魔なんて思わない。以前と同じように、俺と仲良くしてくれて構わないんだ」


「そうですよ、リーシャ様。以前と同じようにしてくれていいのですよ」


 シルキーさんは花が咲いたように微笑むと、両手を合わせる。


「卒業式が終わったら、すぐにクリス様と挙式をあげる予定なんです。こんなことになってしまったので、急いで婚礼着の準備をして、皆様に招待状を出しているんです。リーシャ様のところにも、届くと思います。是非来てくださいね」


「こんなことになってしまったが、俺の両親と君の両親の仲が悪くなることを俺は望んでいない。リーシャ、取り持ってくれるか?」


「え……ええ……」


 困惑した私の返事を了承と受け取ったらしく、クリストファーは「ありがとう、リーシャ」と微笑んで、シルキーと一緒に食堂から出て行った。

 取り巻きの貴族たちが、私に哀れむような視線を向けて、半笑いでその後を追いかけていく。


「……なんだったの……?」

 

 もう考えるのはやめよう。私が学園に残っているのは、進路相談のため。

 教員室のならんだ廊下を歩き『シグルスト・エストファン』の名前の掲げられている部屋の前で、足を止めた。

 扉を叩くと「入って、どうぞ」という声がする。


「失礼します」

「あぁ、リーシャ君。いらっしゃい」


 シグルスト先生は、私たちの担任。いつも寝癖のついた髪に眠そうな目をしている優しげな風貌の――筋肉質な大男である。

 怠惰な雰囲気なのに筋骨隆々というのが納得いかないのだけれど、元々は王国騎士をしていて、怪我が原因で教職に回ったようだから、筋肉質なこともまぁ納得できなくはない。


 怪我が原因というわりには元気そう。ぼさぼさの赤褐色の髪からのぞく眠そうな金の瞳がぼんやりと私の姿を確認した。


 教員室の座り心地のよさそうな椅子でお昼寝をしていたみたいだ。

 ふあっと欠伸をしながら、おいでおいでと私に手招きをした。


「まぁ、とりあえずそこに座りなさい、リーシャ君。今、お茶を出してあげよう」

「ありがとうございます、先生」


 先生は机に置いてある花柄のやたら可愛らしいポットから、こぽこぽとお茶をカップに入れてくれた。

 カップも花柄で可愛い。


 シグルスト先生が持つと、ポットもカップもすごく小さく見える。

 ソファに座る私の前にあるテーブルにお茶を置いて、シグルスト先生も対面式ソファの私の前に座ってくれた。


 白シャツに黒いベストを着ているけれど、いつも筋肉でベストがぱつぱつしている。

 ボタンがはじけ飛びそう。豊満だわ、先生。

 ベストのサイズ、間違えているんじゃないかしらって、いつも思う。


「…………その、だな」

「はい」

「…………ええと」


 シグルスト先生は困ったような顔をして、視線を彷徨わせる。


「先生?」

「リーシャ君。僕は、男女の問題は苦手でね。可哀想だとは思うが、恋愛相談は別の人に」


 私はぬるいお茶を飲んだ。これはカモミールティー。ぬるくても美味しい。


「先生にまでもう噂が広まっているのですね……」

「まぁ……ベルガモルト公爵家のことだから。今日はその話でもちきりだね」


「その話をしに来たわけではないので、大丈夫です、先生」

「よかった」

 

 シグルスト先生はほっとしたように息を吐き出した。

 三十代の先生はどうやら独身を謳歌しているらしい。恋人の噂もきかない。

 そんな先生に恋愛相談なんかしないし、そもそも私は愛だの恋だのはもう懲り懲りだ。


「私、就職先を探しています」

「就職先を?」


「はい。できることなら王都がいいです。どこかのお屋敷の侍女でもいいですし、お城の侍女……は、無理かもしれませんが、メイドでもいいです。私の成績、そこまで悪くないと思いますので、騎士団の会計係とか、文官の雑用係とか……ともかく、働きたいのです」


「アールグレイス伯爵家の君が、働く必要があるかな」

「あります。私は自立をしたいのです」


「自立……」

「はい。私、ご存じの通り色々ありましたので、卒業後は結婚などしないで、働こうと考えています」


「そうなんだね。別に否定はしないが……この時期から新しい働き口を探すとなると、結構限られてしまうかもしれない。……少し待っていてくれるかい、探してみるから」

「ありがとうございます、先生」


 私は深々と頭をさげた。

 先生にも頼んだし、あとはお兄様にも相談して――自分でも、探してみよう。

 王都には就職斡旋所もあるし。

 働き先がみつかってしまえば、忙しいを理由にしてクリストファーたちの結婚式に行かなくてすむかもしれない。



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