日常の風景4:どんなパンツでも可愛いものは可愛い
ここは東海地方のある高級住宅街。映画をモチーフにしたテーマパークが出来たり、住みやすい街ランキングで上位になったりと、マスコミによれば注目すべき街らしい。
そんな街でのある土曜日の朝。
まだ新築の香りがする大きな家の無駄に広いリビングの隅っこに、ちゃぶ台を置いて朝ごはんを食べる四人。
そして、一人、庭のテラスで紅茶を飲む少女。
部屋の中から母親が呆れている。
「全く……三十分も早く起きてまで紅茶なんて飲みたいものかね?」
目を瞑って聞こえないフリをして優雅な雰囲気を味わおうとがんばる少女。朝の少しだけ冷たい風に震えている。
「ママ! 今日はテラスでフレンチトーストって言ったじゃない!」
「面倒なのよ。ママも忙しいんだから、ちゃっちゃと諦めて部屋の中で食べなさい。ほら、おにぎり作ってあげたから」
「ねぇ、明日はお願いよ!」
「もー、そこまで言うなら自分で作りなさいよ」
「あーっ、私が出来ないこと知っててイジワル言うー!」
テラスで一人プンスカする少女は起きたばかりなのか裸足にジェラートビケの膝丈ワンピースという出立ちでテラスに出ている。
優雅というより悲哀を感じる。
「ほらほら、艶若丸で作ったおにぎり食べなさい。お母さんは雪姫より好きよ。山形の御百姓さんに感謝ね」
「私はね、けちんぼなの! 折角テラスがあるなら有効活用したいし、高級ティーセットがあるからには使いたいのよ!」
諦めてリビングに入ってくると小さめのおにぎりを口いっぱいに頬張る。
お、美味しい……。思わず目を見開いて感激。
「ほら、美味しいでしょ。日本人の朝はやっぱりお米を食べなきゃ。テラスはまたバーベキューでもやれば良いの」
「それがもったいないのよ。もう半年経つけど一回しか使ってないのよ! 大体このリビングだって、ダンスやバレーのスタジオが作れる広さなのに家具一つ置かずに隅っこにちゃぶ台一つなんて……もったいないわ!」
「ダンスとバレーって……お前、両方才能なかったじゃん」
黙々とご飯とお新香を食べる彼女の兄がボソリと言うと、キッと睨みつけた。兄の方は何も気にしていない。
「あーあ……それ言う? それ言うんだ! ふーんだっ!」
広いリビングをゴロゴロと転がり廻る。
「みおりー……色気の無いパンツが見えてるぞ」
ワンピースが捲れて子供っぽいバックプリントのパンツと細いお腹が見えている、が気にせず左右に転がり続ける。
ちなみに履いているのは男児用のウルト○マンのパンツだ。美織さんは自宅では母親が間違って通販で購入した男児用パンツを愛用している。
勿体無い、と試しに履いてみたらフィット感と生地の柔らかさに惚れたらしい。
「バカにしないでよね。日本製よ! どうせ家族しか居ないんだから良いわよー」
「あら、城ノ戸さん、こんな朝早くからご苦労様。みっともない姿見せてごめんなさいねー」
その瞬間、全身のバネを生かして半回転し正座の体勢に持ち込む。
慌てて周りを見渡すが、リビングの入り口にもテラスの出入り口にも誰も居ない。
「やーめーてー! もーっ! そういうの、ホントに怒るわよ!」
「ん? でも、城ノ戸さん、二度も偶然出会うなんて運命の人なのかもしれませんね。んふふ」
母親が優しく揶揄うと正座したまま照れてニヤニヤしている美織さん。
「えー? そうかなー。えへへー」
「まぁ、子供用のパンツ履くだらしない女だけどな」
兄からのもっともな一言に箸をナイフのように持ち殺し屋の目になる美織さん。
広いリビングを逃げ回る兄と追いかける妹。
ちなみに美織さんの見た目は高校生くらいの成長具合なのだが立派に二十歳を迎えた女子大生だ。
特徴としては……何となくわかるように色々と拗らせている。
「お姉ちゃんは子供っぽいわね……」
妹が呟くと、方向を急に変えて駆け寄ってきた。
箸をちゃぶ台に置いたら十歳ほど歳の離れた妹を横から抱きしめて頭を撫でている。
「あー、美菜は本当に可愛いわねー」
頭を撫でられると目を猫のように閉じて体を左右に揺らしている妹ちゃん。
「お姉ちゃんだって静かにしていれば、よっぽどの美人よ!」
「ふふ、ありがとねっ!」
いや、あれは褒め言葉なのか?
勿論口に出さない。
「さて、そろそろ出掛けようか。城ノ戸くんをそんなに待たせてもいかんし……」
「えっ、城ノ戸さんと何処か行くの? うらやま……」
「ん? 今日は岐阜競馬場のイベントに一緒に行くって言ってたじゃないか。美織、忘れてたのか?」
固まる美織さん。
「あれー? あれ、明日じゃなかったっけ?」
「いや、今日だぞ? 日曜は城ノ戸くんの都合が悪いって言ってたろ」
少し考える美織さん。
「あっ、そうかー! やったー。いぇーい!」
喜び始める美織さん。
「わーい、何着てこうかなぁ。やったー!」
「ほらっ、そろそろ早く支度しなさい。城ノ戸さんもお困りよ」
「もぅっ! ママったら。何で困ってるって分かるのよっ。うふふ、超能力者か何かなの?」
母親以外の三人が固まる。マジかー。
妹ちゃんは手で顔を押さえて呆れている。
空気の読めない母親は洗い物を片付けながら隣の若い男の肩を叩く。
「美織ったら何言ってるのよ。城ノ戸さん、貴方からも美織に早くするように言ってやってよ」
カチャカチャと茶碗を洗う音だけが辺りに響いた。
「あーっ……えーっと。お、おはよう……美織さん」
目が合う二人。
さーっと青ざめる美織さん。
「えっ? ど、ど、どどど、ど……どの辺りから居らしたのですか?」
「あの……フレンチトーストのくだりから……」
すーっと赤色が首の辺りから顔を上がっていく。
「…………ぜ、ぜ、全部聞かれ……」
「ウルト○マンもな」
兄の一言がトドメとなった。
◇◇◇
一時間ほど天の岩戸に閉じこもる美織さん。マカロン十個のお供えを約束したら出てきてくれました。
End