八代家の引っ越し
1
バタン、という車のドアが閉まる音で僕は目を覚ました。意識がふわふわと、まるで自分は空に浮いているかのように感じた。窓硝子に映っている半目になっている自分を見つけ、まだ少し残っている眠気に抗って体を起こし、手の甲で目を擦る。
ふと、外を見てみると、沢山の車と、空か、いや太陽まできも届きそうな高い黒色ビルがあり、僕を睨みつけているように感じた。まるで某冒険ファンタジー系物語に出てくる勇者が、魔王の城に入り自分よりも大きい魔王に見下されているような感覚だった。
しばらくの間、窓から見える限り外を見ていた。コンコン、と硝子を叩く音が聞こえるまで夢中で車の外を見ていた僕は、自分とは反対の窓から聞こえた音に吃驚し慌てて其方を向き、恐る恐る立ち膝をしながら、ゆっくり近づいて行った。
「あら、起きていたの」
外から聞こえにくいものの、僕を見て少し驚いたような顔をした母の顔が窓越しにあった。窓の方へ背を伸ばして見ると、母の手には鉛筆かパステルのようなものでポップに描かれたハンバーガーの袋があった。
「雪、ずっと寝てたのよ?もしかして友達とのお別れが嫌で泣いちゃってた?」
「別に、悲しくないよ。もう引っ越しなんて何回もしてるしさ。」
「それもそうだね…あ、そうそう。ハンバーガー買ってきたんだけど、チーズバーガーと普通のハンバーガー、どっちがいい?」
「チーズがいい。」
母からチーズハンバーガーを受け取り包み紙を取ると美味しそうに丁度よく溶けた黄色のチーズが挟まったハンバーガーが出てきた。僕はそれを少しずつ食べてニ、三口ほど口に含ませ、また包み紙に包んだ。
僕は八代雪、父母の仕事の事情、東京へ引っ越してきた転勤家族、八代家の一人にして、声優でもある高校一年生だ。僕は私立梨花高校へ転校し、平和な生活を送っていきたい、と思っている。