夏休みのある1日 (前編)
偶然?
次回の4人でのおでかけまで、一週間とちょっとある。
最高の飯盒炊爨と、前回の小川くんと一緒のモリヤん家訪問の余韻で、オレの体内には未だワクワクとウキウキがいっぱいなのであるが、もう一度最高(次のお出かけ!)がやって来るという事実に、若干の戸惑いのようなものがあって、それも又オレを驚かせる。感情の高ぶりが人生初の大きさなもんだから、戸惑いも致し方なし、なんだろうか···。
とりあえず、一週間は猶予がある。オレの心の猶予。少しは落ち着かなければ。オレの心の浮かれっぷりを野放しにしてしまったら、暴走してしまって心が爆発してしまいそう。そうなったら何を口走るか、どんな変な行動をとってしまうか、分からないじゃないか。
ふう。落ち着いて落ち着いて。
とにかく、何もせずにいたら、最高体験を又思い起こしてしまったり、次回のお出かけを想像して興奮していってしまいそうなんで、とにかくとにかく、何かしなければ。
···何をするかな。 ·······去年まで夏休みは何してたっけ。何を···していたっけ? 例えば去年··· 高1の··· ええ?? 思い出せない···?! だめだ~~ 今回のステキ体験がデカすぎて、まさかの記憶喪失?! ハハハ。そんなバカな。
うーん··· 朝は、とにかく早起きなんてしなくて、毎日寝坊してて、それで··· ダラダラしてたっけなァ···。ぼんやりしてる日が多かったような···。遊びに行ったりも特にはしなかったし···。んあ、一回中学ん時のクラス会があったな。行ったけどでも、まあ、さほど久しぶりってわけでもなかったし(だって卒業してからまだ4〜5ヶ月だ)そう感動もなかった。楽しかったけど、でもオレはその時、モリヤと同じ中学になりたかったなァ なんて思ってたんだ。同窓生に失礼だよな。ああ、それから、一度とても暑い日があって、家でいるとその暑さに耐えられなかったもんだから出かけた日があった。どこ行くかも考えずにとりあえず飛び出して、家を出てからうだるような暑い外にて、ふと思い付いた。
そうだハーブ園に行こう。電車には乗るけれども、わりに近い。行ったことはないけれど、行き方は分かる。電車内は涼しくて、それだけでもホッとする。駅で降りて山道を登る手もあるんだけど、なにしろ暑いから、ここはロープウェイに乗って空中の散歩をしばし楽しみ(一人でロープウェイ? なんだか優雅では? などとひたりながら)着いた先がハーブ園。
なんでハーブ園に行こうなどと思ったかというとそれは、もちろんモリヤと出会っていたから。その頃まだ仲良くなっていたわけではなかったけれど、モリヤの存在はとても気になっていて、特にその匂いにオレは莫大な好意と興味があった。夏休みの少し前に初めてモリヤん家へ行って、近寄る許可をもらったんだ、確か。夏休みに一緒に遊ぶような仲ではもちろんなくて、でも40日もモリヤのニオイが全く無いのはとても淋しくて、モリヤの匂いのハーブがないか探しに行こうと··· そうそう、そういうわけだ。
結論を言うと、ハーブはいろいろいい匂いだった。けど、モリヤの匂いは、無かった。でも、ひとつひとつ匂いを確かめて歩くハーブ園は、とても楽しかった。
で、その後又、別のハーブ園に行ってモリヤの匂いのハーブを探してみるのもいいなァと思ったのだった。結局今日まで行っていないんだけど。
モリヤの匂いはモリヤが発している。モリヤの家に植わっているハーブの匂いではなかった。だからきっとどこのハーブ園に行っても、モリヤの匂いのハーブは見つからない。でもいつか、ハーブ園巡りをしてもいいかなァと思う。モリヤの匂いのハーブはなくとも、似た匂いのハーブがあるかもしれない。そんなハーブを見つけられたならオレはすごく、嬉しい。
そうだ、じゃあ今日は他のハーブ園がどこにあるか調べてみようか。オレ··· スマホ無いし、パソコンも家に無い。使い方は少しは分かる。学校で習ったからね。図書館にいくかなァ。パソコンも置いてあるし、じゃなくても、本でも調べられるに違いない。
よし、いいぞ。あと一週間とちょっと。この調子で楽しいことで埋めていこう。気をそらして中和して、なんとかやっていかなければ。そうこうするうちに雨が降ったりして!! ああそれは、嬉しいなァ。夏の雨再び。真の闇の森の家。モリヤの希望の歌をうたう。涙の歌。オレの歌を聞き終わったモリヤが そっとため息をついて ”この歌もいいね“ なんて言ってくれたら、オレは天にも昇る気持ちになるだろう。しかし、しっかりしろよ、オレ。だからってほんとに気持ちぶっ飛んで、意識とんじゃうなんてことになったらたいへんだからな! またまた小川くんと湧井さんに心配かけてしまう。怒られてしまう。モリヤまで困らせてしまう。注意注意。要注意。ふう。もうほんと、落ち着かなくちゃな。
よし、図書館へ行くぞ。図書館は、高校の最寄りの駅にある。つまり、小川くんと湧井さんとモリヤの家の最寄りの駅···。わ~~~。だめだなオレ。誰かに、3人のうちの誰かに、もしかしたら偶然ばったり会うかもしれない、そう思うだけで又しても心ドキドキ。いやいや大丈夫大丈夫。いくら最寄りの駅に行ったって、そうそう会う確率は高くはないだろう。うんうん。そんなことでドキドキしてどうする。うんうんうん。
もうずっと、ずーっと心の中に、いっぱい花が咲いているよう。しかも、満開なんである。 ”楽しくて幸せ、今日もいい気分“ ぐらいな心持ちならいいんだけど、どうもそれを超えてしまっているので、戸惑うというか心もてあますというか···。とにかく、動いてよう。何もしないと、よけいに花の数が増えてゆきそうだからな。
とにもかくにもオレは家を出る。あっつッッ!! 灼熱だ! オォ! いいぞ! 暑さに心が奪われて、若干興奮が収まるぞ。オレはガシガシと駅に向かって歩く。なんと暑い! 夏だなぁ! 夏休みだもんな。暑くないわけもないのだ。暑いの、いい。歩くのもいい。目的があるのもいい。やっぱり、じっとしてちゃだめだな。心乱れている時は体を動かすことだ。
電車に乗る。キャンプの朝を思い出してしまう。続けてこの前のモリヤん家へ行く時のことを思い出してしまう。心の花が、ブワッて又開いていってしまう。オレはハッとする。ひょっとしてモリヤの匂いの元は、心の花なんだろうか。オレのは全く適当な妄想の花だけど、モリヤの心にはもしや本物の心の花があって、何かのきっかけでそれが咲くのだろうか。いつもは一輪だけ咲いていてあとは蕾であるのが、不意にドカッと一斉に咲くのだろうか。前にモリヤは自分の匂いをキンモクセイの花に例えていた。そういうことか? そいで、散ってしまうと匂いが無くなる。散ったら、違う花が又開く。それがもうひとつの方の香りを撒く。·····みたいな。
そんなことを熱心に想像していたら、あ しまった 通り越してしまった。全くオレはどこまでボンヤリなんだか。次の駅で降りて、反対向きのホームへ歩きながら又考える。モリヤの匂いは花というより、香草···葉っぱのような感じがするが、花であってもおかしくはない。 ·····けれども、まあ···· この想像はとてもしっくりくるけれども、もちろんそんなわけはない。心に本物の花畑があるわけがなく。けどもちょっと、モリヤに似合う想像ではあるな。そう思ってオレは、にやにやしてた。
反対向きの電車に乗って一駅戻り、やっと到着。行き過ぎたり戻ったりバタバタしてるうちに心が少し落ち着いた。怪我の功名。ハハハ。オレの心の花畑は六部咲きぐらいに治まっている。ホッとしつつ改札を出る。
図書館は駅から、学校と反対方向へ5〜6分行った所にある。けっこう大きい図書館だ。たいへん便利なのであるが、実はあんまり利用していない。高校受験の時も ”図書館で勉強“ とか、しなかったな。モリヤは、どうだろう。図書館、利用するのかな。受験勉強はどこでしたのかな。機会があれば聞いてみよう。
図書館の自動扉が開き中へ入ると。涼しー!! いいじゃないか図書館。楽園のようだぞ。
図書館や図書室は、独特の本の匂いがする。本屋さんとは又違った、読み込まれた本の匂い。貸出し返却のカウンターを通り過ぎて、とりあえず何処にどういう種類の本が置かれているかの案内図が、壁に貼ってあるのを見る。しかしだいたい、ハーブ園紹介の本って何のジャンルになるんだ? 地図? 植物? 行楽スポット一覧とか???
案内図を見つめたまま、うーんと考え込んでいると
「やあ!」
と肩を叩かれて、したたか驚いた。振り向いて、更に驚く。笑顔満開の湧井さんが立っていたから!!
「湧井さん?! どうしたの?!」
湧井さんはワハハと笑い
「どうしたもこうしたも図書館に来てたんだよー」
「えっ、湧井さん、図書館よく来るの?」
オレなんか、すっごい久しぶりだけど。
「そんなしょっちゅうでもないよ。今日は用事があったからだよ。」
「用事? 調べ物? 何の用で来たの?」
「水本ってば!」
湧井さんはなぜか大笑いしようとして··· 口を押さえた。小声になって
「いけないいけない、図書館だったわ。大声大笑い禁止。ね。」
そうだ。そうだよ、ほんとだ。びっくりしてそんな常識も飛ばすところだった。湧井さんは一歩オレに近付き
「水本ってば」
とさっきと同じ言葉を小声で言って、にやっと笑った。さらに小声で
「めちゃくちゃ私に興味しんしんじゃない! 嬉しいな。でも私たちは相思だからね。私も水本に興味しんしん。今日は図書館に何しに来たの?」
「お? ああ、オレは···」
オレも少し小声で答える。
「え、と、ハーブ園にね、行こうかと思って、それで、どこにハーブ園があるか調べようと思って···」
「おぉ···」
なぜか感心したような声を湧井さんは出した。
「なるほどー。それを図書館で調べようって発想が水本らしいというか···。ア、パソコン使おうと思った? 図書館の?」
「うん、それも含めて考えていたとこ。どうやって調べたもんかと。」
「ははー。とりあえず図書館に行ってみようと。行き当たりばったりなんだね。ふふ。それも水本らしくはあるね。」
オレらしいとは。行き当たりばったり人生?
「そういうことなら、私が調べてあげようか。」
「うん? 一緒に調べてくれるの?」
「水本ちょっと来て。」
そう言うと湧井さんは歩き出し、机のあるところへオレを連れて行った。本を読んだり勉強したりするコーナーだ。あいている椅子に座るとオレを手招く。オレが隣に座ると、スッとスマホを取り出した。
「すぐに検索できるけど、もしかして本を開いてじっくり調べたい?」
「え」
「そもそも」
湧井さんは小さい声で話す。図書館だからね。
「水本はハーブ園、誰と行くつもりなの? ···モリヤと?」
真面目な顔をしてそう聞くから、オレの目はちょっと大きくなったと思う。直後にへへへっと笑いが浮かんだ。
「思いもしなかった! 一人で行くんだ。」
「一人で行くの!?」
湧井さんは本当にびっくりした顔をして
「なんで!?」
って聞く。なんで? ワハハ。
「去年もオレ、一人で行ったよ。今年は別のハーブ園行ってみようと思ってさ。」
「水本は、そんなにハーブに興味が??」
「ハーブにそこまでの興味はないけど、オレ、いい匂いが好きなんだ。」
「·····知ってるけど。」
オレはにっこりしてるけど、湧井さんは笑顔は見せず
「ふーん·· 一人でかァ。」
って呟いた。オレが
「何のジャンルのコーナーに行けばいいのか、悩んでたとこ。スマホで調べてくれたらありがたい。」
そう言ったら、湧井さんはようやくニコッと笑って
「よしよし。すぐに調べてあげよう。」
言ったかと思うと、ほんとにすぐに調べて紙に書き出してくれた。すごいなスマホ。なんと便利な世の中なんだろう!
お礼を言ってメモをじっくり見てみる。う~~~ん。近いのは去年行ったところだけ。ほかはけっこう遠くだ。1ッ2ッは、夏休みだし暇だし行けないこともないが。
オレがうなっていると
「なかなか遠いね。植物園で検索したらもっとあると思うけど、ハーブ園に特化すると数が減ってしまうんだね。」
「なるほどそうかァ。····植物園も楽しそうだな。」
「楽しいかも。検索しようか?」
「お願いします。」
ほんとだ。湧井さんの言った通り。植物園のが数が多い。近い所も少しある。又々書き出したメモを受け取り
「ありがとう湧井さん。」
心からお礼を言った。一人で調べていたら、ものすごく時間がかかっただろう。
「湧井さんと会えて良かった!」
「嬉しいことを。私だってだよ。今日、この時間に図書館に来てて良かった!」
オレたちは笑い合う。ほんと会えないと思っていたのに。
「奇跡的な幸運だなァ。」
オレがそう言うと
「これはね、水本。運命なんだよ。」
って湧井さんが言った。なんか大きく出たぞ。
「うんめい? 今日図書館で会うことが? ”運命“ってより、”偶然“のが、しっくりこない?」
ううん、と湧井さんは首を横に振って
「運命なの。というのは」
とオレをじっと見る。
「というのは?」
「というのは、私がとても、会いたいな 会えるといいな、と思っていたから。そういう時に出会えるのは、運命的な間柄だと私は思うんだ。」
運命的な間柄??
「オレと湧井さんが?」
「そう。水本は、私と会いたいと思ってなかったかな?」
「それが思ってたんだ!」
オレが力を込めて言うと、湧井さんはパーッと笑顔になった。
「でしょ?! ほらね! そんな二人が引き寄せ合う、これは運命なんだよ。」
けれどオレはちょっと首をかしげた。
「運命の相手は小川くんじゃない?」
「うーん。私が言ってるのは、恋の運命の相手じゃなくて、人と人の運命の方。」
人と人かァ。なるほどー。ああそれが、ホントにそうでも、そうじゃなくっても、その考え方はとってもステキだ。
「運命かぁ。いいね!」
うふふと湧井さんは笑った。
「水本は今からどうするの?」
「図書館に来ることまでしか考えてなかったよ。」
「ねぇ、じゃあ今から一緒に小川くんの家に行ってみない?」
「うん?! 湧井さん、小川くんと約束してるの?」
それは多分ダメなやつ。小川くんががっかりするよ。けど湧井さんは ううん、と言った。
「してない。これから電話してね、もし小川くんがいいって言ったら。」
「それは楽しい提案だけど、小川くんは湧井さん一人に来てほしいんじゃないかな。」
「何を言う。」
湧井さんは笑った。
「小川くんは水本が大好きなんだよ!」
「うん。けど、それとこれとは···」
「あのね」
湧井さんは真面目な感じで
「恋人だからって、二人でしか会いたくないなんてことはないの。小川くんだって絶対そうだよ。それに二人でデートの約束してる時には、誘ったりしないよ。」
水本は気にしすぎ!と湧井さんは言って立ち上がった。行こう、と言う。オレも立ち上がりながら
「湧井さんは図書館の用事終わったの?」
と聞くと、うんって言ったから、二人で図書館を出た。
暑っ。やっぱり図書館内、極楽だったな。湧井さんは図書館前で電話した。
「おはよー。私。図書館来てたら水本と会ったんだー。今から二人で行ってもいい?」
どうも二つ返事だったようで、湧井さんはすぐに電話を切ってオレを振り向いた。
「行こう水本。やっぱりだよ。大歓迎だって!」
そう言ってくれるとめちゃくちゃ嬉しいのだ。悩んでの返事じゃなかったみたいだから、ほんとに歓迎してくれるんだろう。2度目の小川くん家。嬉しい!
二人でずんずん歩いていくと、すぐに駅に着く。駅前の大きな時計が目に入った。
「あ、」
と湧井さんが立ち止まる。
「どうしたの?」
「水本、お昼どきにたどり着いてしまうよ。これはお昼ごはんをなんとかしないといけないね。」
「あっほんとだ! ····けど····」
「ん?」
おれはあせった。お金を殆どもってきてない。電車賃のけたら
「あと、300円ぐらいしか···」
「分かる。夏休みは金欠になるよね! 駅前にパン屋さんあるけど···」
二人でとりあえずパン屋さんに近づく。300円ではなぁ···。小川くんの分も、もちろん用意したいし。
「水本! パンの耳が100円で売ってるよ! あんなにどっさり入って!」
湧井さんがパン屋を覗き込んで嬉しそうに言った。オレも見て
「ほんとだ! いっぱい入ってる。お得だね。」
でも、パンの耳かァ。3人でパンの耳をかじる?
「買おうか。」
少しさみしい気もするが、それはそれで楽しいかも。そう思って湧井さんを見ると、湧井さんはステキな笑顔だ。
「水本、私は超絶ナイスな案を思い付いたよ!」
言ってパン屋へ入っていって耳を買った。オレが払うと言うと、今から玉子を買うから、まとめて半分ずつ出そうって言った。
駅前スーパーで玉子とアイスコーヒー1リットルパックを買った。全部で400円。耳も入れて二人で割って250円ずつ。
「玉子焼きとパンの耳をお昼にするの?」
歩きながらオレが聞くと
「耳に玉子からませて焼こう! フレンチトーストもどきだね。」
って湧井さんが笑った。おお! 聞くだけておいしそう!
「焼こう焼こう!」
と同意して二人で小川くんの家へ歩いて行った。
次回は意図的に会いに行きます。




