水族館デートのつづき (小川くん側 その23)
楽しいだけでは終われないけれど···
今日は極上の夏の1日で、すこぶるハッピーな湧井のバースデーである。
いい日だァ、と幸せのため息をつきつつ水族館を出る。
「水族館楽しかったね。」
湧井もやっぱり、幸せのため息のようにそう言った。そう言った後でチラッと俺を見た。
ハイハイハイ。分かってるよー。このままでは今日の日は終われないのだ。分かってる分かってる。
「とりあえず、なんか食おうか。」
さっき時計を見てびっくりしたんだが、とっくのとっくに昼は過ぎ去っていた。当然ハラも減っている。メシを忘れるほど楽しいとは、なんとすごいことか。
「アレが食べたい。」
と湧井が指さす。お食事処ではない。飲み物とかポテトなんかのテイクアウト?
「何? ポテト?」
と俺が聞くと
「ソフトクリーム」
と湧井が答えた。ソフトクリーム?
「昼めしじゃないの?」
「とりあえず。アレが食べたい。」
指さす先のソフトクリームの写真の色は水色!
「水色のソフトクリーム?! 何味だ?」
ラムネか? ソーダか? 湧井が水色ソフトの写真ポスターの前へ寄る。俺も続いてそれを見ると
「ミント···だって。ミント···? おいしいのかな。」
「おいしいと思う。チョコミントアイス、私好きよ。」
俺は水色のソフトクリームを1ッ注文した。鮮やかな水色のソフトクリームが、すぐに渡される。湧井はありがとうと受け取って
「小川くん、スマホで撮って」
と湧井が俺にスマホを渡した。とんでもなくかわいいのが撮れてしまった。ああ今、一番スマホを修理なおしていないことを後悔。この湧井の画像を送ってもらうという目的だけでスマホを修理なおすことを決意した。
「へへへー。水本に自慢してやるんだ。絶対羨ましがるよ! こういうの好きに決まってるんだ。」
なんて言いながら、湧井はソフトクリームを食べ始めた。
「オ! ミントだ! 小川くんホラ、ホワイトチョコの粒が入ってる。これはなかなかいいぞ~。」
そこで
「あ! 先に食べちゃった! 口つけちゃったけどいい? 食べるよね?」
湧井は少しすまなそうにソフトクリームをさし出した。
「いや。俺はいらなかったから1ッにしたんだよ。でも一口だけ食っていい?」
「もちろんだよ!」
俺は一口。 ·····うん? これは··· うまいのか??
「どう?」
って湧井が聞く。
「う──ん··· シップの味がする。」
「やだな! そんなことないよ! だいたい湿布食べたことないでしょーに。よし。それなら遠慮なく私が残り全部いただくよ。」
と言って湧井はペロリと食べてしまった。
これ、ほんとに売れてるのかな。俺にはこれの美味しさがよく分からない。 ···きれいな食いもんだとは思うけど。
「あー、いーもん食べた!」
と湧井は笑ってる。
「これからミントの味がするたびに、私は水族館デートを思い出すよ、きっと!」
····なんて嬉しいことを言うんだ湧井!
なんていい日なんだ今日は。まさに、ハッピー(湧井ズ)バースデイである。
さて。
「ファストフード··行く?」
おれの問に湧井は
「ファストフードかァ···」
まあなぁ··。誕生日なんだから、もうちょっと特別感のあるもんがいいかなァ···、とは思う。でも食べ物重視した店は(いや、食いもん屋は普通そうか)長居しにくいという難点がある。なにしろ話が長くなりそうだ。と俺が考えていると
「ファストフード店は落ち着いて話できなさそうよね。」
オ? 俺の中では他の飲食店より、話しやすそうと思ったんだが。
「小川くん家とか、ダメ?」
ダメなわけがない!! 俺が答える前に
「家までおなか、もつ?」
確かにハラは減っているが、全然いい!
「もつよ。問題ない。」
もちろんきっぱりそう言って
「じゃあ、なんか食いもん買っていこうか。」
「うん! ハンバーガーがいい!」
「よし。そうしよう。」
最寄りの駅まで帰って、駅前のハンバーガー屋で2人で選んで買う。湧井が家に来てくれる。湧井の誕生日なのに俺が嬉しくなってしまってる。
いやいや浮かれている場合ではない。ここから今日の第2ステージが始まるのだから。
今日も暑い日だった。容赦なく照りつける真夏の日差しの中を湧井と2人、家までたどり着く。
家に入ると、スイッチが入ったように汗がふき出す。クーラーを付けて扇風機も回す。テーブルにハンバーガーの袋の中身をあけて、そして何よりまずジュースをガブ飲み。氷がほぼとけていたが、そんなことも気にならない。まずは喉の渇きをうるおして、ようやくひとごこち。あっという間に飲み物がなくなったので、あとは牛乳で。こんなに暑くても食欲は落ちたりしない。腹ペコの2人は、ほぼ無言でハンバーガーを食べ切った。あとは牛乳を飲み飲み、多めに買ったポテトを食べる。
クーラーもきいてきて汗も引き、お腹も満たされた俺は、ようやく頭を働かせ始める。さあ何から、どこから切り出そう。あの日のモリヤん家でのことを。まず··· えーと····
「ひどいことされた?」
不意に湧井が言った。
「えっ」
ドキッとしてしまう。必死で考えている最中だったから。
「小川くんも水本も。モリヤにひどいこと、されたんじゃないの?」
「····いや··· ひどいこと···は····」
思い起こす。森の家でのできごと。
「······ されてないな。」
湧井の目がカッと見開かれた。
「うそでしょう?」
静かに言う。
「えーとな···」
考えながら、俺は真面目に話し始める。
「まず、水本は楽しそうだった。」
「モリヤに何もされなかったの? 家に行って? 眠らされなかった? 暴力は?」
やつぎばや。
「されてない。水本は ほんと、終始嬉しそうだった。キャンプの時ほどは はしゃいでなかったけど、それでもずっとめちゃくちゃ楽しそうだった。」
「そうなの?」
「ああ。水本はきっと、いつもあんな感じなんだろう、モリヤの家で。」
「モリヤは?」
「モリヤも嬉しそうだったな。モリヤにしては珍しいほどに。」
「だって、怖かったんでしょう?」
「うん。あの日のことは、怖いから考えないようにしていた。していたんだが、湧井に説明するために改めて思い起こてみると···」
「怖かったんでしょう?」
再び湧井はそう言った。が。
「いや、意外にたいしたことでない····というかむしろ、かわいらしいと言えるたぐいの言動だったり···」
「かわいらしい?!」
「うん。ただ··· その言動が、モリヤが発しているものだというところが大きいというか···。」
湧井が納得できない表情をしているので俺は言葉を継ぐ。
「例えば、モリヤと湧井を入れ換えてみたら、それは、その言動は、なんの怖いこともないんだよ。」
まぁただ、湧井はモリヤと同じ言動をとったりはしないだろうが。
「モリヤだから怖い言葉って何か教えて。」
「ああ··。うーん··と、じゃあ、一番怖いやつ言っていい?」
「えっ」
湧井が思わずといった感じで身を引いた。
「お? やめとく?」
「う··· ううん、聞く。聞くけど··· 2番目ぐらいからにしてくれる?」
うんうん。心の準備な。よし。じゃあ···
「“来ないなんて許さない” かな。」
「そ、それは、どういう状況で?」
「19日の待ち合わせを決めた後、水本がモリヤに、それまでに雨が降ったら又家に来ていいかと聞いたんだ。その返事。」
湧井が唇を噛みしめるのが分かった。すぐにほどいて
「···怖いね。」
「うん··。言い方もあるよな。水本が驚いたから、その後すぐ“なんてね”って言ってたけどあれは本気だったな。」
「絶対本気だよね。」
湧井はチラッと俺を見る。
「ちゃんと怖いじゃない。」
責めるように言うから
「だから例えばそれを湧井が言ったとするだろ。たとえ本気で言ったとしたって、全然怖くないよ。だろ?」
湧井は想像してるみたいだった。
「···そうかな?」
考え考え言う。
「そうだよ。」
「···そうかな。うん。小川くんが言ったとしたらって考えたら怖くないな。なるほど。」
うん? そうか。自分だと想像しにくいのか。
「湧井」
「うん?」
「アイシテルって言ってみて。」
湧井の目が大きくなった。
「急に何?」
「オ。そうきたか。」
「何? どうしたの?」
って聞く。当然だよな。
「前にモリヤと一晩中喋った時」
「うん?」
「アイシテルなんて言葉を普段口にしない とか、そういう話になった。その時にモリヤが、水本にアイシテルって言ってもらうと言い出した。」
「待って小川くん。その話がすごい怖い。もう一番怖い話に入った?」
「まだこれからだよ。まあ聞いて。俺は反論したよ。そんなの言うわけないって。そしたらモリヤはこともなげに “ぼくが水本に『アイシテルって言ってみて』って言ったら、水本は『アイシテル? なんで?』って言うよ” と言った。」
「こ、怖っ!!」
「ん? この部分、怖い?」
「怖いよ! 何それ? アイシテルという気持ちの入ったコトバが欲しいんじゃなくて?」
「うん。水本の口がアイシテルと動くところが見たいと言った。」
湧井は両手で顔をおおった。
「湧井··」
「怖いよ···。」
言って湧井は手をのけて俺を見た。
「小川くん、よくそんな会話を一晩中してたね。本気ですごいよ。」
そ、そうかな···? ここは俺的には、そこまででは···。
「そ、それで、小川くんにとっては、今回の“来ないなんて許さない”より、その泊まった時のアイシテル発言が怖かったってこと?」
「いや、そうじゃなく、今回モリヤん家からの帰りぎわに、モリヤがそれを実行したんだ。」
「!!」
「お願いがあるって前置きして。“アイシテルって言ってみて”って。」
「そっ ···それで·· 水本は···」
「“アイシテル? なんで?”って。」
ひーって声か出そうな顔を、湧井はした。
「モ、モリヤは?? ど、どう反応···」
「じゃあねって扉を閉めた。」
湧井はしばらく黙って、おもむろにコップに残っていた牛乳を飲み干した。
「···帰りぎわでよかったね。直後に離れられて···。」
「ほんとだなァ。」
「そんな呑気な声出して。小川くんはホントにすごいよ。」
「すごくないよ。今だからだよ。その時は、固まっちまったよ。」
「当然だよ! 私だったら泣いちゃうよ!」
ハハハと俺は笑った。泣きはしないだろうが、と思って。
「笑いごとじゃないよ。怖すぎるよ。よくぞ1人で耐え切ったね。」
大袈裟な言葉を大真面目に湧井が言った。
「ごめんね、小川くん一人に怖い目させて。ありがとうね。」
神妙にそう言うものだから、これは言っておかないと、と俺は口を開く。
「けどこの後のことで、実は悪い知らせといい知らせがあるんだ。」
「悪い知らせ··· が、あるの···」
「あるんだ。残念ながら。怖い話ついでに言っちまうぞ。」
「待って待って! 心の準備を! あ、いい方から言ってもらっても?」
「話の順番で悪いのが先だなァ。」
「ええ? あ、じゃあ、」
言って湧井は立ち上がり、椅子を持ってきて俺のとなりに引っつけて置くと、そこに座った。
「悪いけどくっつかして。離れて聞くの怖すぎる。」
ああ湧井。全然悪くないぞ!
「ど、どうぞ」
触れるほどそばで湧井が言った。とても真剣な顔で。
「次回の雨の日」
俺が言うと、ごくんと湧井がつばを飲みこんだ。
「俺は水本と一緒にモリヤの家に行くことができない。」
「どうして!?」
「モリヤがいやがったから。」
「···そ··· そう···かもだけど だけど、この前は? 追い返されなかったじゃない···」
「それはな、水本がことわりを入れてたからだよ。わざわざモリヤん家に行ってさ。その話はしたろ?」
「···うん。けど、そうにしても、OKだったじゃない。」
「基本的には、いやなんだよ。当然だよな。モリヤは水本と会いたいんだ。水本だけに来てほしいんだ。俺は完全にジャマなんだよ。」
「·····そう··だろうけど···· でも···」
「“今・回・は・小川も来ていい” 俺がこの前の雨の日にモリヤん家に行った条件だったんだよ。つまり今回だけっていう。それゆえのOK。」
「そんな···。じゃあ今後は、水本は絶対1人で行かなきゃならないの?」
怯えたように湧井が言う。
「うん、で、いい方の知らせ。次回の雨の日は俺は行けないが、その次の雨の日、俺は水本と一緒にモリヤん家に行く。」
「えっ!? 行けるの!? その次は行っていいの?! モリヤがいいって?」
「ああ。水本が言い出したんだが、了解取った。」
「そ、そうか···。ああ、ほんとだァ。悪い知らせといい知らせだね。···あのさ。」
ちょっと考え込むようにうつむいてから湧井が顔を上げた。
「水本が言ったらモリヤはOKを出すの? じゃあ次の雨も、水本にたのんで貰ったらいけるんじゃない?」
「···いや···。水本の言うことなら、なんでも聞くってわけじゃないような気がする。し、それに、もとより水本が、モリヤがいやがってることをお願いしたりしない。」
湧井はしかめっ面で考え込んでそして
「そうだよね。」
と言った。
「しかしな湧井、そんなに悲観的になることはないんだぞ。」
「どうして?」
「水本は、俺や湧井のことも大事に思ってくれてるからだ。モリヤの言うことだけを聞くんではない。俺の言うことだって聞こうとしてくれる。その結果が、次はダメでその次はOKということだ。」
「そうか···。そうだね。水本は私たちのことも大好きだもん!」
力強く湧井が言う。
「そうだ。俺たちは両想いなのだ。」
俺もわけの分からん断言をする。でも湧井は笑ったりせず真剣な目をしてウンウンと頷いている。
「俺はなんとかせめて2回に1回のモリヤん家同行の権利を獲得したいと思っている。」
「えっ!! これから先? ずっと?」
「モリヤの了解が得られるかは···まだ分からないが、その線でいこうと思ってるんだ。」
「2回に1回でもずいぶん、もうずいぶんとありがたいけど、でも··· 小川くんはそれ、大丈夫、なの···?」
おそるおそるな湧井。大丈夫なのかと問われたら、大丈夫じゃないというのがホントのところ。だが、
「大丈夫だ。行ったらめちゃくちゃ怖いのは確かだけど、でもよ?」
湧井は怯えた目で俺を見てる。俺は気合いを入れて続ける。
「でも、水本だけ毎回行かせて、家でヤキモキしてる方がもっと怖い。そう思わないか?」
「確かに!!」
湧井が俺の腕を両手で、ぎゅうと掴んだ。
「けれどそのやり方でいったところで、つまり2回に1回は水本は1人でモリヤん家に行くことになる。」
湧井の手に力が入る。
「そこでだ。水本が1人で行くときの雨の前日には、極力俺が1人でモリヤん家へ行く。」
「え!!!」
「モリヤの高揚を出させて、次の日をマシにもっていく作戦。キャンプの時使った手な。」
「小川くん! それ、毎回···?」
俺は大きく頷いた。当然だろって顔して。
「だ···」
「大丈夫だ。」
きっぱりと、湧井の言葉を引き取って断言だ。湧井はまだ俺の腕を掴んでいる。不安気に俺を見てる。
「大丈夫だけど、怖いことは怖いと思うんだ。だから湧井、俺の心がクタクタになった時には、俺と会って癒してくれるだろうか?」
「私と会って癒される···?」
オイオイ。この前湧井は、俺なんかと会って癒されるって言ってくれたじゃないか。湧井は俺の何倍も何倍も癒し力あるぞ!!
「顔見ただけで。超癒される。」
「もちろん!! もちろんだよ!! いくらでも会うよ! 癒しのためじゃなくたって、私の方が会いたいのに···!」
!!!!!
─────湧井が··· 俺に抱きついた!! 心臓止まるかと思った!!!
力を込めてしがみついて、湧井はじっと黙っている。
もう、じゅう分である。今後を考えると、とても怖い。とても怖いが、どうでもいい。俺は今この時、この一瞬によって、全てを乗り切れる気がした。
夏休みはまだつづく




