男3人モリヤん家 (後編)
やまない雨はないが、
結局オレは、シチューのパンを全部食べてしまった。
食べてしまうと小川くんが、パンが入ってたビニール袋を回収してカバンに入れてた。なんか小川くんて、ちゃんとしてる。「ありがとう」ってオレが言うと
「こういうキャラじゃないんだが。」
って笑った。いや、けど、飯盒炊爨の時だって、すごくきっちり後片付けしてた。オレはいつだってボンヤリだ。
そしてキャンプの時も、いつもは知らないみんなの姿が見えて、とても嬉しかったんだけど、今日も又。小さいアカリの森の家ってだけでも貴重なのに、今日の楽しさは、小川くんとモリヤの関係だったり。2人のやりとりが、少々意味が分からなくもあるんだけど、その関係性というか、オレの時と違うモリヤの感じとか···。意味が分からないながらオレは、雰囲気で楽しんでしまっている。そしてやはりその楽しさの大本は、2人が仲良しであるということなんだろう。モリヤがちょっと突っかかってる風だったり、小川くんが怒ったような口調だったりしてるんだけど、それは仲が悪くて、とか、お互い嫌っていて、という感じではないのだ。(家の奥に入って姿が見えなかった時は、ちょっと心配してしまったけど。)少なくともオレには、そう見える。それがオレを楽しくさせる。
雨サイコー。森の家大好き。もちろん2人のことも。ああただ、1つだけ言っていいのなら、匂いが、あればなあ···。オレの好きなモリヤの匂い。今日は違う方の匂い一色である。今も薄く香っている。何度かヒュッと鋭く香ったが、頻繁にではない。総じて薄ーく常に香っている感じ。これもとてもいい匂いでは、あるのだけど···· あ! そうだ!!
オレは、暗いながらもアカリのおかげでまだ見えている森の家で床を振り向き、すぐそこに置いていた自分のカバンから、タオルを1本取り出した。
「モリヤ」
呼ぶ前からモリヤは、こっちを見ていた。
「タオル、又かけておいていい?」
あ。又ヒュッと強い匂いがきたぞ。モリヤはオレに手を差し出した。オレはその手にタオルを渡す。又モリヤはそれをハンガーにかけてくれた。嬉しい。多分、これくらいの香り方では、この匂いは染み込むところまでいかない。もう少し強く香らなければ。
そういえば今日もタオルを2本持ってきたけれど、いつもより来る時にビショヌレにならなかったから、拭くためには使っていない。来る時の雨は、いつものどしゃ降りよりは弱めだったから。けど、今はどうだ? ザー、ザー、と雨音はしている。そして暗い。強くなってるのかな。
今、3人ともが黙っている。アカリの1つある森の家で。雨音だけが聞こえている。
心うっとりとオレは座っていた。薄──く、もう1つのモリヤの匂い。いい日だなァ。ふとモリヤを見ると目が合った。モリヤはにっこりする。うん、浮わついてはいないみたいだ。とても落ち着いて見える。オレもにっこりを返して、それから小川くんを見た。小川くんとも目が合った。小川くんは笑っていなくて、じ··とオレを見る。小さなアカリに小川くんの顔は、ほんのり照らされている。オレはヘラヘラッと笑ってしまった。小川くんが、うん? という顔をする。オレは思い出してた。小川くんと湧井さんが、モリヤの家にオレが行くことを心配していた時があって、オレは小川くんたちに、この家での過ごし方を見せてやりたいと思ったんだった。この穏やかで、とても気持ちのよい空間。やらしいだなんて、とんでもない。怖いだなんて、とんでもない。ふふふ。ほんと、2人は変な心配ばっかりしてた。でも、もうこれからは大丈夫。だって小川くんが一緒に来て、一緒に体験してくれたもの。オレの、モリヤん家での過ごし方。小川くんとは違うかもしれないけど···。
小川くんが前に来た時は、なにしろ一晩中喋ってたって言ってたものな。オレは··· いつも、そんなには喋らない。むしろ黙ってる時間のが長い気がする。小川くんが一晩中喋ってたって聞いて、それはとても羨ましく思ったんだけど。でもオレは多分、たとえ泊まって一晩中モリヤと一緒に過ごしたとしても、ずっと喋り続けることはない気がする。今みたいに、黙ってゆっくりしたり、もう1つ大きな可能性として、オレがすぐに寝てしまったり···。あるなァ。それは大いにアル。──けど、オレがモリヤん家に泊まる機会自体は、ないかもしれない。オレ一人の時は、アカリがないからな。さすがに泊まりで、アカリなしではオレも、身動きとれなさすぎて、モリヤに頼りきりは悪いと思うものな。あ! 小川くんと2人泊めてもらうっていうのは⁉ ······うーん··· それは、どうだろう···? 提案してみてもいい気もするが、が、しかし、2人も一緒にはやはり迷惑という気も···。モリヤは、いつも一人だったのだから。急にワイワイ大勢では、ましてや寝る時までというのは、気が休まらなすぎるか···。それに、湧井さんがまざれないのが残念すぎるし。
オッ!! アッ⁉ 忘れてた! 思い出した!! オレ、泊まったらだめなんだ!! 小川くんと約束してた!! うわ 危な!! あんなにたのまれて、しっかり約束してたのに忘れるなんて!! ふー、危ない危ない、思い出して良かった!
泊まり、というのは置いといて、外へのお出かけにとどめておくか。それなら、キャンプの時みたいに疲れはするだろうが、一晩ゆっくり寝たら今回のように回復するだろう。そして、湧井さんも行ける!! うん! そうだ!! 又行くって、キャンプの帰りに約束した! この夏休み中に又行くって!! その話を───と、オレが目を上げると、モリヤと、そして小川くんが、オレをまじまじと見ていた。それからモリヤは又にっこりと微笑むと、視線はオレに当てたまま
「小川」
と呼ぶ。小川くんは目をモリヤへ。
「ぼくは知ってしまった。」
「····何を。」
オレも心で、何を?と思う。
「これを幸福と言うのだと。」
こうふく⁉ えらく大きな話が出たぞ。これを··· どれを??
オレはモリヤと小川くんを見たが、小川くんは どれを?とは聞かず、黙っている。小川くんには分かるのか?? 今、なんにもしてなかった。ただ3人で黙って座ってただけだ。つまり─── そうか!! つまりそれか! モリヤと小川くんとオレと3人で、雨の森の家に、アカリを1ツつけて、座って過ごしている。これが幸福か!! 同感!! 同感だよモリヤ!!
ふふっとモリヤが笑った。
「きっと小川も今、同じことを思ったに違いない。」
うん⁉ 幸福⁉ オレは小川くんを振り向いた。目が合った小川くんは···驚いたような顔をして、思わず、といった風に、笑いをこぼした。
「──おまえは···嬉しそうだな。」
「え!! オレ⁉ オレ、嬉しいよ! 小川くんも幸福って思ったんだ? 3人で、こうしていることを! オレもだよ! こうして雨のモリヤん家で、ゆっくり座ってるなんて! 幸福って、そんな立派なコトバで思ってたわけじゃないけど、言われてみれば、ほんとにそう。」
小川くんに言って、へへへ、と笑ってモリヤを見た。モリヤはやっぱりにっこり。
「水本は、何を考えていたんだい?」
「うん? 今? モリヤとおんなじだよ! いい日だなあって。こんな雨の日に、モリヤん家に小川くんと来られて良かったなぁって。でも、みんなおんなじこと考えてたなんて、すごいね! オレたち、どんなに仲良しなんだよって感動してしまうよ。」
ふふふと又モリヤは笑う。と同時に、モリヤの今日の匂いが、ふわあっと舞い上がる。お、強めの匂い。今日一強いぞ。そして瞬時に霧散せず、長く残っている。
「う」
と小川くんが声をもらした。
「小川くん、どうかした?」
「いや、ちょっと、トイレに···」
「行っていいよ。場所分かるだろ。」
とモリヤが言ったが、小川くんは立ち上がらず
「暗くて一人では行けない。」
と言った!! おお? なんだか小川くんらしからぬ発言。
「アカリがあるだろう。持って行けばいい。」
モリヤがそう言うと
「前もアカリはあったが、ものすごく暗かった。一緒に行ってくれ。」
オレは目を見ひらいて小川くんを見てしまった。
「こっ、怖いの?」
思わず聞くと
「単純に、見えないんだ。」
ってブスッと言ったけど、モリヤがクッと笑った。それからハーッてため息をついて、立ち上がった。オレを見て
「小川は見えないのが怖いんだよ。そしてぼくに甘えてるんだ。ぼくには甘えるなって言ったくせに。どう思う水本。」
オレはへへへと笑った。どう思うだなんて。そんなこと言って、モリヤはもう立ち上がってるじゃないか。
「行ってらっしゃい。オレは、アカリなくても大丈夫。じっとしてるから。」
モリヤは、ふっと微笑んで小川くんを振り向く。
「見えないのが怖くて一人で行けない小川のために、トイレまで付いていってあげるよ。なんなら手を引こうか。」
「いらねえよ。」
やっぱりブスッとそう言って、小川くんはアカリをつかんで立ち上がる。2人は再び家の奥へ。
うーん。オレも一人では無理かなァ。アカリは今1ツしかない。オレが持ってったら小川くんはアカリ無しになってしまうもんな。そしてオレもアカリ無しでは、トイレにたどり着けないと思う。
さて今は、アカリが小川くんとともに去り、真の闇になっている。モリヤって足音しないんだよな。今も一人分の足音しかしてない。小川くんのだ。戸が開いたり閉まったりする音がして、後は又、雨の音。ああ久しぶりだ。久しぶりの闇の家。次回の雨の時は、小川くんは来ないんだな。次は歌をうたうから。涙の歌。前に約束してから、もうずいぶん経ってしまっている。歌うのは暗い所じゃないとダメっていうのは、この前初めて知ったけど。モリヤはやっぱり暗い所が好きなのかな。モリヤの好きなもの。雨、初夏、真水、水泳、カラストンボ、おにぎり、歌、暗いところ····。いつの間にかモリヤ情報が、いっぱいだ。嬉しいなあ。
小川くんの好きなものは、何個言えるだろう。まずは湧井さん! 飯盒炊爨!(プロだから!) セミ。──あれ? これだけしか思いつかない。付き合い長いのに少なすぎる! しかしこれは“知りしろ”があるということだもんな。まだまだいろいろ知っていこう。怖いものは知ったし。トカゲと、それから見えないこと。見えないのは、みんな怖いか、モリヤ以外は。オレだって、目つぶって歩けって言われたら困ってしまう。
そして湧井さんの好きなものは··· 黄色、ひまわり! 入道雲、夏の青空。あ、小川くん! これはお忘れなく。ハハハ。パフェやクレープ、甘いもの。歌もきっと好きだし、花も好きだよな。それから秋の虫の声。鈴虫。あ、海行った時に、貝がらも好きって言ってた。トンネル掘ってて砂から出てきた時、喜んでたな。うわ、湧井さんの好きなものは、いっぱい知ってるぞ。小川くん妬いてしまうかな、ごめんよ、わはは。
暗い中、楽しいことを考えていると
「モリヤ!!」
って、家の奥から小川くんの声がした。オレは思わず腰を浮かす。と、
「おい! モリヤ!!」
もう一度小川くんの大きい声が。オレは立ち上がって、でも真っ暗なので動くこともできず、耳に神経を集中させた。耳をそばだてていると、又小川くんの声がした。どこ行ってんだよとかなんとか。モリヤも答えたみたいだか、よく聞こえない。あ、2人帰ってきた。それは小川くんの持っているアカリで分かる。オレはすぐに近付いていって(でも暗いので、そろそろとだけど)
「どうしたの」
と聞いた。
「小川って本当に怖がりなんだよ。」
「えっ。怖かったのか? もしかして!トカゲが出た?」
この家なら有り得る。だって、森の家だ。ヤモリを見間違えたという可能性も。
「出てない。」
ぶつッと言って小川くんは
「水本」
ずいっとオレに近付いた。きれいなアカリが寄ってくる。くすぐったいほどの耳もとで、小川くんは超小声で
「さっきモリヤ来たか。」
と囁いた。オレは驚いて首を横に振り、
「···多分。」
と付け加えた。見えないからな。モリヤには気配もないし。けど、匂いがしなかったから、ここへは来ていないに違いない。
モリヤは少しオレたちから離れて立っていたが、小川くんの手に持つアカリで、どこにいるかは見えている。そのモリヤが笑った。笑ったけど何も言わない。しばらく3人とも黙っていた。
さっきは黙って3人で座っていて、とても居心地が良かったけれど、今は黙って3人で立って、少し居心地が悪い。どうも2人の空気が···· 小川くんのアカリを持つ手に、力が入っているように見える。小川くん、トイレに行って、又暗いのが怖くなったのかな。
「小川くん··帰る?」
オレも子どもの頃に経験があるけど、怖いと一度感じてしまうと、たまらなく怖くなることがある。もしかして小川くんも不意にその状態に陥ったのでは?と思った。でも小川くんは
「なんでだよ?!」
と、怒ったように言った。直後に
「おまえも帰るか? それなら帰るぞ。」
と言う。
「···オレは、もう少しいたいけど··· でも小川くんが怖いから一緒に帰ろうと言うなら」
この家からは、帰り道も暗いのだ。ころんでしまうほどに。
「小川はひどい。」
笑いの感じられない、ひどく冷たい声でモリヤが言った。ドキンとしてオレはモリヤを見る。
「一瞬ぼくにすごい幸福を見せておいて、いきなり根こそぎむしり取っていくなんて。」
「え···」
それは··· それは、オレたちが帰ることを言っているのか···。そうだモリヤは、3人でここにいることを、幸福と言ったのだから。だけど··· オレは小川くんを振り向く。どうしよう。
「あ!! オレ! オレ、小川くんをおくっていこうか! それで又、ここへ帰ってくるよ。3人じゃなくて、2人になってしまうけど、さっきほどの幸福でなくても···許される?」
!!痛い!!
「帰らんっっ!!!」
小川くんがオレの腕を強く掴んで、ぐいっと引っぱった。そのままオレを背に隠すようにして叫んでいた。
「···な···」
なに···?? オレは瞬間言葉が出なかった。その間に小川くんが次の言葉を。
「帰らん。モリヤ、オレはまだいる! 水本もだ! 根こそぎむしり取ったりしない! いいな?!」
「·····」
「···お、小川くん·· 大丈夫なのか? 暗いのが怖いんじゃないの? 笑ったりしないから無理しなくていいよ?」
「無理してないし怖くもない!」
「本当?」
「全く見えないのは困るが、今ぐらいなら大丈夫だ。」
そうなのか?
「まだパン食っただけだろ。今帰ったら何しにきたか分からん。」
そうか。···まあ、何かしにきたわけでもないのだけど。確かに帰るには少し早い。オレとモリヤの間に立つ小川くんをよけて顔を出し
「モリヤ、大丈夫だって。まだ3人でいられるよ。けど」
オレはモリヤを向いて、にっこり笑った。嬉しくて。
「そんなに3人でいるの、楽しかったんだ。良かった。そしてまだいられて良かった。オレ朝から楽しみでしょうがなかったから。まだいられるのなら本当に嬉しい。」
小川くんを振り向いて
「小川くん、本当に大丈夫なんだな? 無理してないね?」
「全くだ。」
即答して、そしてようやくここで小川くんは、オレの腕を離した。けっこう痛かったぞ。そんな激しく帰らない宣言をするなんて。───もう、オレ今日何回目のヘラヘラだろう。だって小川くんも、そんなにここにいたかったんだと思って。だよな。小川くんだって幸福と思ったんだから。怖いと思ったっていうのは、オレの勘違いだったんだ。良かった。
ふーっとオレは嬉しいため息をつきながら、さっき座ってた辺りに戻って腰を下ろした。小川くんも腰を下ろしながら
「又にやにやして。」
続けて、言う。
「おまえはほんとに。何がそんなに楽しいんだか。」
ええ?? 何がって! オレは又々へらへらと小川くんを見る。自分だって楽しいくせに!と思って!
「モリヤも小川くんも、いつもと違う。新しい一面を知ったようで楽しいんだ。」
今日は見えるから、よりよく知れる。
「何言ってんだ。」
って小川くんは言ったけど、ほんとう。本当に。
「そうだ、又みんなて遊びに行くって言ったよね。どこ行くか決めようよ!」
ウッキウキにもできましたでオレが言うと
「もう決めた。」
と小川くんが!
「えっ!! どこ⁉ いつ決めたの?」
「キャンプ行った次の日。湧井と決めた。いいだろ?」
「いいよ! 早っ! もう決めてくれたんだ!」
ああやっぱり!! オレはもう、にっこにこなのだ。キャンプ行った次の日に、もう次の計画! どんなに楽しいと思ったか、知れるってもんだ!!
「そうだ、その話をしないと。良かった言ってくれて。」
小川くんが、ほんとにホッとしたように言った。
「モリヤ座れよ。」
小川くんが言う。モリヤはさっきの場所に立ったまま。
「モリヤ、次遊びに行く話しよう! 待ち合わせとか日程とか、一緒に決めよう。こっち来て。」
足音なく歩いてきてモリヤは、オレの向かいに座った。近付いたので、表情が見えた。───真顔。
「モリヤ、心配させてごめん。小川くん、暗いのが怖いかと思ってしまった。オレの勘違い。帰るなんて言ってごめんよ。」
モリヤは、まだ真顔でオレをじいっと見てる。それから、ゆっくり目を瞑って、深くため息をついた。
「謝らなくていい。水本は悪くない。」
静かにそう言った。
「う、うん···」
やっぱりモリヤが、いつもと違うように見える。見える··· そうか、やっぱり見えるから、なのかな···? うーん··· けど それだけでは、ない気も····
「モリヤ」
「うん。」
「今··· 高揚してる··のか?」
言いながらモリヤをじっと見た。よく見ないと表情が分かりづらくなっている。もしかしてアカリが··· オレはアカリの方を振り向いた。小川くんがアカリを持っている。···アカリが暗くなったわけでも、ないか···な? オレは、ほんの少しだけモリヤに近寄った。表情が見たかったから。
モリヤは、真面目な顔をしていた。そしてモリヤもオレをじっと見ていた。
「──あれ?」
オレは気付いて、ぐるっと顔をまわした。戻ってモリヤに顔を向ける。
「モリヤ··」
「うん。」
「今日の匂い···なくなってる?」
ようやくここで、モリヤはニコリと笑顔を見せた。
「そうだね。」
そうか。いつの間に···。ずーっと薄く香っていたものが、ゆっくり無くなっていっても気付きにくいものなんだな···。
そっか。あっちの匂いも無くなってしまったか。オレは、いつものモリヤの匂いの方が好きなんだけど、それでも無香になってしまったのは、残念である。
「19日」
急に小川くんが声を出した。
「いけるか水本」
「19日? あ、次の予定? うん! オレはいつでもOK!」
「モリヤは?」
「·····」
モリヤはすぐに返事をせず、黙って小川くんの方を見ていた。
「モリヤ?」
小川くんが
「19日、だめなのか?」
重ねて聞く。それでも少しモリヤは黙って小川くんを見て、それから
「ああ···」
と声をもらした。
「うん? 違う日にするか? 第2候補は20日だけど。」
「いや。」
モリヤはここで一度、フーッとため息をついて
「だめなわけもないが、小川」
「なんだ」
「さすがにちょっと」
言ってモリヤは、又黙った。
「え? なんだ? ちょっと何?」
小川くんはモリヤにそう聞いた。小川くんが聞かなきゃオレが聞いただろう。会話の途中で黙り込んだみたいだったから。けど又少し、モリヤは黙ってから
「さすがになァ···」
と一人言みたいに言った。
「なんだよ? 都合悪いのか?」
当然小川くんは聞く。
「覚えてろよって言ったのは、ぼくなのに。」
え?? 覚えてろよ??
「モ··モリヤ··?」
モリヤは、ぼんやり前を向いていたが、ここでオレを見た。少し、じ、と見て、それからにっこりする。
「水本、行きたい?」
「え··。も、もちろんオレは行きたいよ··?」
ふふふっとモリヤは笑って
「うん。だよね。水本はずっとそう言ってる。分かってて聞いてしまった。ごめんね。19日に行こう。」
「え··」
「モリヤ、大丈夫なのか19日で?」
小川くんが聞くと
「だから、だめなわけもない。決定ということで。」
「···いいんだな? じゃあ、···待ち合わせを決めておこう。」
少し、おそるおそるな雰囲気で、そう小川くんが言って、モリヤが又ふふっと笑った。
「この家の前?」
「···そうだな··。水本はそれでいいんだな?」
「うん、いいよ。」
もちろんである。又、朝の、日射しいっぱいの、ピカピカの森の家が見られる。
「時間は又8時にしておくか。」
「うん!」
小川くんはオレの返事を聞いてモリヤを見た。モリヤはにっこり頷いた。
やった!! 次の約束を交わしてしまった!! ああ、19日まであと10日以上ある! その間ずっと楽しみな日が続く! すごい!! すごい夏休みだ!!!
今日は小川くんとここへ来られたし! 3人で森の家で過ごせたし!!
「ああモリヤ」
「ん?」
「19日までに雨か降ったら、又来てもいいかい?」
モリヤの表情が動くのが見えた。真面目な顔になった。サ──ッと雨の音が聞こえる。
「来ないなんて許さない。」
「え」
「なんてね。」
言って笑う。ああびっくりした。冗談だった。
「もちろん来て。待ってる。」
「うん! 良かった。」
「小川は来るなよ。」
「·····」
小川くんは返事をしなかった。そう、次回はオレだけってモリヤ言ってた。暗いところで歌を聞きたいという希望で。けど返事をしない小川くんは··· 来たいのかな。又一緒に···。オレは小さいアカリを前にした小川くんを、まじまじと見た。 幸福を感じていたんだものな。来たいに決まっている。けど··· モリヤの希望も叶えたいし···。
しばらく、3人して又、黙っていた。絶え間なく雨音がする。サーサーという音だ。どしゃぶりではなさそうだが、よく降る。オレは考えて、やはり、と思い、思いきって声を出す。
「じゃあ、」
小川くんとモリヤがオレを見てる。
「次回はオレ一人で来る。それで、その次の雨には小川くん、又、一緒に来ようか。モリヤ、そうしてもいい?」
「······」
モリヤも小川くんも、沈黙していた。
「だめかな?」
「どうして?」
とモリヤ。
「うん? 返事がないから、だめなのかと··」
「そうじゃなくて。どうして、その次の雨に小川と来ようって?」
「お? ··だって小川くん、3人が幸福って。だからさっき次回来るなって言われて、残念だったんだろう? でも、次の雨はモリヤとの歌の約束を果たしたいから、だからオレだけの方がいいし。モリヤの希望と小川くんの幸せを考えた折衷案だよ。どうかな?」
もちろんそれでオレも幸せになるから。
けれどもやはり返事がない。モリヤも、小川くんも。だめかなぁ···。
「なんていうか···」
ポカッと、こぼれたようにモリヤが言った。
「もう···、ちょっと···」
続けて言葉をこぼして、モリヤは下を向いた。オレは胸がドキンとする。
「モリヤ? まさか気分が···」
「気分···」
「気分が、悪い? 具合、悪くなった?」
アカリはあるがとても暗く、モリヤの顔色は見えない。
「ああ水本、気分も具合も悪くないよ。安心して。」
「本当に?」
「本当にだ。」
そうか··。良かった。うん。いいぞオレ。こうやってマメに確認するといいんだ。モリヤの体調に気付けるように。いいぞ。前の反省が活きている。
けれども、折衷案は、却下だろうか。
「水本は、そうしたいの。」
そうとは··
「折衷案?」
「そう。次回1人で来て、その次は小川と来たいの?」
「うん。2人がよければそうしたい。」
「小川」
モリヤが小川くんを振り向き
「小川はどう?」
「───次は絶対だめなのか。」
「絶対だ。」
「····なら、それで。」
唸るように小川くんは言った。モリヤはパッとオレを見、笑った声で言った。
「水本、それでいこう。」
「いいの?」
2人とも無理やりな気もして、オレは聞いてみる。
「それしかない気もする。」
かわった答え方をモリヤはした。続けて
「涙の歌、もう決めてる?」
「うん。決めた。もう大分前に決めたけど、決定は変わらず。」
「とても楽しみ。」
小さいアカリの中、モリヤが嬉しそうに笑うのが見えた。オレも笑い返して、そして小川くんを見た。小川くんは─── 難しい顔をしていた。やっぱり次回も一緒に来たかったんだな。ごめんよ。次回は一人で来ることを許しておくれ。もう大分前からのモリヤとの約束だから。これだけは叶えたいという気がオレにはある。
オレはアカリの近くにある、小川くんの顔をじーっと見た。小川くんて、そうとうモリヤが好きだよな。オレのことも好きだと言ってくれたし、実際そうだとも思う。オレが小川くんのこと好きなように、同じくらい好いてくれていると、オレは思っている。これは自惚れではないと思うんだよな。けど、小川くんはモリヤのことを好きだとは言ったことないと思う。少し悪く言ったりすることもあったり···。なんだろう。照れ隠しなのかな。言いやすい言いにくいの問題なのかな。モリヤだって小川くんのこと「好きではない」なんて言ってたけど、だけど見てたら分かる。2人はとても仲がいい。小川くんなんか、質問をわざわざ紙に書いてモリヤに聞いたっていうんだから、好き度が知れるってもんだよな。
「小川くん」
「なんだ。」
「紙に書いてモリヤにした質問てどんなの?」
「は?」
どんなこと聞いたんだろう。そしてモリヤはなんて答えたんだろう?? とても興味がある。とても知りたい。
「小川くんが知りたかったことは何?」
「え····と···」
「自己紹介」
モリヤが笑って言った。
「自己紹介?? モリヤに自己紹介しろって? ···それって質問?」
「自己紹介でよく言うだろう?と言って聞いてきたよ。血液型とかね。」
「血液型?! へえ?!」
「でも答えなかった。ぼくは血が出ないからね。」
「ん?!」
血が出ない?! あ!! そうそう、そんなウワサあったよ!
「アハハ そうか。質問しても答えてもらえない場合もあるんだね。」
「場合も何も」
と小川くんが口を出した。
「モリヤはほぼ答えなかった。」
「えっ?! そうなの?? それは残念だったね。ちなみに他にはどんな質問を?」
モリヤがにっこり答える。
「ケサランパサランはいると思うか。」
「ケサランパサラン!!」
乗り出し気味に聞いてしまう。
「そ、それは、答えたの??」
「ケサランパサランが何か分からなかった。」
「そうか!」
モリヤはにっこりして
「水本は知ってるの?」
「ケサランパサラン? 知ってるよ。テレビでその特集を見たことある。白くてフワフワした未知の生物だろ。」
「へえ。見たことあるんだ。」
「テレビでだよ? 神棚に置いて大切にしてる人とかいたよ。オレは白いフワフワした物を見かけると、ケサランパサランだ!って思うよ。今のところ本物には当たってないと思うけど。」
ハハハと笑ってオレが言うと
「ふーん」
と小川くんが言った。感心したみたいに。見てないって言ったのに。ハハハ。
「やっぱり楽しい話をしてるんだね! ほかにはどんなことを?」
うふふとモリヤは笑って
「楽しいんだ?」
と言った。そして
「座右の銘も聞かれたな。」
「座右の銘?! 楽しいやつから真面目なやつまで。バリエーション豊富だね。モリヤ答えた?」
「考えたこともなかった。」
「そうかー。オレもないなァ。あ、そういえば小学生のころ同じクラスの友だちが、よく何かする時に”当たって砕けろダ“って言ってたよ。今思うと小学生なのにかっこいいよな。あれは座右の銘だよね。」
「へえ。」
モリヤは楽しそうに相づちを。オレは隣の小川くんを振り向いて
「小川くんはある? 座右の銘。」
「···ないな。」
「そうか。パッと答えられる人っているのかな。」
「いるかもな。」
「ぼくは小川に座右の銘を提案する。」
「え! モリヤが? どういうの?」
「提案しなくていい。」
「なんで? 聞いてみようよ。気に入るかもよ?」
「そなえあればうれいなし。」
「うん? なんでそれを小川くんに?」
小川くんてそういうタイプかなぁ? 思いの外きっちりしてたりすることは近ごろ発見したけれど。
「死ぬほど備えるくせに憂いだらけだから。」
「うん?!」
オレは小川くんを見た。小川くんは少々ムッとした顔をしていて
「そんな提案いらん。」
小川くんてそんなに備えるのか??
「ああ! キャンプの準備とか完璧だったから?」
そう考えるとこの座右の銘は、小川くんに合っているのかも。けど、憂いだらけというモリヤのコトバが分からない。
「ちゃんと備えて憂いなかったよな? 小川くん、これ座右の銘にする?」
「しない。」
「“死ぬほど備えて憂いだらけ”にする?」
モリヤが笑い声で言う。
「するわけないだろ。」
う──ん。やっぱりこの2人、いつもこんな感じなんだな。小川くんはそっぽを向いている。モリヤは楽しそうにしている。
オレも座右の銘、考えてみるかなァ。ことわざで言うと”秋の日はつるべ落とし!“とか好きだけど、それは“好きなことわざ”であって”座右の銘“ではないしな。小川くんは、モリヤが質問にほとんど答えてないって言ってたけど、オレも答えられないな。あ、血液型は答えられるけども。ケサランパサランは···うーん、“いると思う”、かな。信じた方が楽しいものはある。いてもおかしくない気もするし。そういえばケサランパサランって聞くとオレはいつも
「雨が弱まってきたんじゃないか?」
不意に小川くんが言った。オレも耳を澄ましてみる。確かに雨音がしなくなっている。降っているにしても弱い雨なんだろう。
「やまない雨はない、かな。」
と、小川くんが。
「うん?」
「俺の座右の銘。これにしようかな。」
「ケンカ売ってんの?」
「えっ!」
モリヤがすごく物騒なセリフを吐いた。モリヤらしくない。冗談か?と思って、オレはモリヤをじいっと見た。笑ってないよう···。
「”やまない雨はない“、いいコトバだよモリヤ。」
モリヤの顔を見たままオレは言ったけど、モリヤは笑わなかった。そこで
「オレも、座右の銘思いついた。」
と言ってみた。空気が変わるといいなと思って。
「水本の座右の銘は聞きたい。」
笑ってない顔のままモリヤは言う。
「さっき、ケサランパサランの話をしたろ。オレ、ケサランパサランって聞くと、いつも続けて“ケ・セラ・セラ”って思い出す。それで思いついたよ。オレの座右の銘は、ケ・セラ・セラかナーって。なるようになる。」
モリヤも小川くんも何も言わず、しんとしてオレをじーっと見てた。ん?
「おかしいかな。」
「いいや。」
とモリヤ。
「水本らしい。」
と小川くん。らしい?
「そう? あと、まだあるんだ。ケサランパサランからケ・セラ・セラ思い出して、そしたらその後エトセトラって思い出す。その次にはエトランゼ。いつも連想ゲームみたいになってしまう。ハハハ。」
モリヤもアハハと笑った。
「まだあるって言うから、座右の銘がまだあるのかと思った!」
「あ、そうか。まだあったのは思い出すシリーズでした。みんなきれいな言葉だよね。」
「そうだね。」
ってモリヤがにっこりするのが分かった。良かった、いつものモリヤ。
「水本はきれいな歌も好きだし、きれいなコトバも好きなんだね。」
優しい声音。いつものモリヤ。
「うん。オレは国語も古典も苦手だけど、日本語って本当にきれいだと思う。」
すると、小川くんとモリヤは同時に「ん?」と言ったかと思うと、これ又同時に吹き出した。こういうところ、ホント仲良しだと思わされる。が、
「なに? 何がおかしい??」
「水本」
笑いながら小川くんが
「おまえがさっき、きれいと言った言葉はみんな日本語じゃないぞ。」
お? ·····あ!
「ほんとだァ···。ばかだなオレ! あ、ケサランパサランは? 日本語じゃないのかな?」
「知らん!」
って言って又小川くんは大笑いした。モリヤもずっと笑ってる。意外に笑い上戸な2人なのだ。
「あれ? 少し、明るくなったね?」
家の中の、アカリの周り以外の空間の、闇度が下がってる気がした。明るい、とは言えないが、暗みが減ったような···。
「完全に上がったんだな。雲が切れたかな。」
モリヤが笑いを収め、窓の方を見て言った。窓は蔦でおおわれて、外が見えるわけではないのだけれど。
「雲が切れてこれか···」
こちらも笑い止んだ小川くんがボソッと言った。そう、森の家は外よりも断然暗いのだ。ここへ来てから、どれだけ時間が経ったか定かでないが、まだ日が暮れるほどではないはず。今は日は射してはいないだろうが、晴れていたら時間的にはまだまだ明るいはずなのだ。···多分。
もう少し、森の家にいれるだろうか。それともやはり雨が上がったのだから、帰らないといけないだろうか。
「モリヤん家には雨が降ったら来るだろ。」
小川くんが言った。
「水本が、ね。」
と、モリヤ。
「──そうだ。つまり、やんだら帰るシステムだろ?」
システム! ハハハと笑おうとして、なんだか真面目な2人の様子に気付いて笑えなかった。
「別にシステム化してるわけじゃない。」
ひやっとするような声でモリヤは言った。直後に深いため息をついて
「けれども、今日はもう潮時かも。」
と言う。潮時? 帰るタイミングってことか?
「水本も一緒に帰るぞ。」
念をおすように小川くんが言う。モリヤは小川くんを直視した。暗さに目が慣れている今、暗みの減ったこの家の中で、小川くんとモリヤの表情も見える。2人は恐いほど真面目な顔をしていた。しばらくの沈黙の後、モリヤが「ああ」と答えた。
「正直、少しきつい。」
え?! オレはモリヤの顔を凝視した。
「モリヤ! しんどいのか?! 体調悪くなった?!」
さっきまで元気そうだったけど。すごく笑ってたし···。急にきたか?
「心配するほどのことはないよ。けど小川に、ひどく疲れさせられた。」
「何?!」
と小川くんが言ったがモリヤは
「自覚がないなんて、怖いこと言うなよ?」
って言った。意味が分からないがしかし
「モリヤ、どこがしんどい? 熱が出たかな··」
今日のモリヤは少し色気があったらしいんだった。色気がある時、熱が出るらしいというのも今日知った。大丈夫とは言っていたが、もしかして熱が上がってきたのかも。けれどもモリヤはオレを見て、にっこり笑った。
「本当にたいしたことはない。ただ、一人になった方がいいかもと思う。ごめんね。」
「謝ることない! 人がいて疲れるのなら、すぐに帰るよ! けどモリヤ、一人で大丈夫?」
しんどい時に、一人ぼっちでは···。
「大丈夫だよ。慣れているし、心配はいらない。少し疲れただけだから。」
「そう··· そうか。分かった。」
オレは小川くんを振り向いて
「帰ろうか。」
と言った。小川くんは黙って立ち上がる。オレも立ち上がって再びモリヤに向いた。
「つ、つかれさせてごめんよ。」
モリヤは笑って
「だから水本のせいじゃないってば。水本は、ぼくにとって、カウ。」
「え?」
カウ?? ってなんだ???
「水本、行くぞ。」
「あ、うん。」
そうだ。一人になりたいって言ってるのに。もたもたしないで帰らないと。オレは小川くんと玄関に向かい、靴を履く。小川くんが扉を引くと、確かに雨はやんでいて、雲はまだあるが、ところどころ薄くなっていた。晴れ間が見えるほどではなく、けれどもやはり暗くはない。
家を出ようとしてハッとした。モリヤが立ってそばに来ていた。
「モリヤ! 送らなくていいから!」
慌ててオレが言うと、モリヤはふふふと笑って
「大丈夫だから。でも玄関までにしておくよ。」
と言う。オレと小川くんは扉から出て、じゃあ、と言った。モリヤは扉の内にとどまって、うん、と言った。
名残り惜しいが、行かねば。モリヤを早く休ませてあげないと。オレがモリヤから振り向こうとした時、モリヤが口を開いた。
「又、やんでしまった。」
うん?
オレは、扉がひらいているので、よく見えるモリヤの顔を見て
「うん。”やまない雨はない“から。」
とにっこり笑った。そうか。モリヤは、やんでほしくないんだ。雨が好きだからね。だからさっき小川くんに、少々乱暴なことを言ったのかな。
「けど前に、湧井さんが言ってたよ。」
モリヤはオレを見てる。
「雨は、いずれ必ず降るって。晴れっぱなしは有り得ないからって。オレがモリヤの家に行きたくて、雨を待ちわびている時にね。」
モリヤが目をいっぱいに開いて、とても驚いた顔をした。そんなモリヤを見て、オレも驚いてしまう。そうしてモリヤは
「ああ」
と、吐息のように言葉をもらし
「やはり水本はカウ」
と言った。カウ。だからカウって···?
「モ··」
リヤと言おうとした時に
「水本」
ってモリヤが。すぐに続けて
「ひとつだけ、お願いがある。」
だなんて!!
「な、なに?!」
モリヤのお願いは、全力て叶えたいと思うオレ。
「み···」
後ろで小川くんの声がしたかと思うと直後モリヤは
「アイシテルって言ってみて。」
???
「アイシテル? なんで?」
「水本!!!」
二の腕を思いっ切り小川くんに掴まれた! 驚いて振り向くと同時に扉の方の空気がふわっと揺れる感じがして
「じゃあね」
というモリヤの声とともに扉が閉まる音がした。瞬間オレは扉を振り向いて、又小川くんを振り向く。オレの腕は小川くんがまだ、ぎゅうっと掴んでいて、痛い。
「小川くん!」
そして小川くんは、とても恐い顔をしていたのだ。
「どうしたの小川くん?」
小川くんは黙ったまま、力をゆるめてくれない。
「痛いよ小川くん」
ほんとに痛いので、オレは必死で言った。それでも恐い顔のまま、離してくれないのでオレは、空いてる方の手で、小川くんのオレを掴む手をトントン叩いた。小川くんは急にハッとした顔になって、手を離した。
「わ、悪い水本。痛かったか···」
まじまじと小川くんを見てしまった。
「どうかしたのか?」
これは聞かずにいられない。
「い、いや···。か 帰らないと、と思って···」
おや? ···そういえば、モリヤん家に来て最初の方、小川くんはなんだか、歯切れが悪かったな。又そんな感じに··。
「あ! でもそうだな。帰らないとモリヤも休めないね。行こうか。」
2人で森の家を後にする。
雲が薄いところはあるが、雲の厚く灰色のところもある。全体に空は暗く、でも日は落ちていないので、もちろん真っ暗なわけもなく、外の明るさである。地面はびしょびしょであるが。だいぶ降ったものな。
「モリヤ大丈夫かなぁ。」
オレが、歩きながら言うと
「絶対大丈夫だ。」
って、なぜか小川くんは断言。
「分かるの?」
「分かる。絶対元気。心配しなくていい。」
「そうか。」
オレはじーっと小川くんの横顔を見た。さすがの仲良し。小川くんにはモリヤのことが、よく分かるのだろう。
「あ! 小川くん」
「なんだ」
小川くんは前を向いて真面目な顔をしたまま返事する。
「カウって何か分かる?」
小川くんは目をちょっと上に向けて考えるようにしてから
「分からん。」
と言った。
「なんだろう。モリヤに聞きそびれた。···ウシ?」
「···水本が、モリヤにとって、牛?」
不意にブハッと小川くんが笑った。
「そんなわけないだろ! なんだよそれ!」
オレもつられて笑ってしまった。
「えー、でも小川くんも分からないんだろ?」
「分からんけど、ウシとは思わないよ。」
「うーん···違うか。」
やはりモリヤは謎めいている。
「···水本」
笑いを収めて真面目な顔で、小川くんが名を呼んだ。
「何?」
「次、雨が降ったら一人で行くのか」
「うん···。ごめんな。」
「ごめんじゃなくて。おまえ、俺との約束覚えてるか?」
「約束? ──あ!! おう! 覚えてるさ! あれだろ? モリヤん家に泊まらないってやつ?」
「そうだ。覚えてるんだな? 約束、守ってくれるんだな?」
「うん。」
ハー よかった。今日思い出してて。危なかった。
「約束は守るよ。」
大丈夫。思い出したから! 忘れてたけど!
「よし! 絶対だからな。」
「分かったよ。」
相変わらず、お願いの意図は分からないが、ここまで言われたならオレだって守るのだ。
「次は一人で行くから、電話しなくていいんだよね?」
もちろんという答えを予想して聞いたが、答えはなんと
「行く時にはしなくていいが、帰ってきたらかけてほしい。」
「?? モリヤん家から帰ってきたら? 家から? なんで??」
「····」
小川くんは言葉に詰まったみたいに又前を向いて、黙って歩いている。なんだ? 行きたくても自分は行けないから、せめて話を聞きたいということなのかな?
「モリヤん家で何したか聞きたいの?」
「えっ?!」
小川くんの大きな「えっ」に、びくっとなってしまった。オレ変なこと言ったか??
「ち、違った?」
「····ああ、いや、まあ、そう···。」
「ふうん···? 多分、特に何もしないけどね。あ、歌はうたうよ。そのために行くんだからさ。」
「そうだな···。」
そんなに残念なのか。
「小川くんは、モリヤと2人で遊んだりする?」
「····遊ぶ···というか···まあ、···」
「うん? 夏休み中に、会ったりする?」
「····かもな。」
オォ! そうか!! 2人で遊ぶのか! やっぱり超仲良しじゃないか! う〜ん、いいなぁ。オレだってモリヤと2人で今度会うけど、それにこの前は小川くんと2人で買い物したけど、でも、モリヤと小川くんみたいな関係ではオレはないので、なんというか、それは少し、羨ましいというか···。小川くんはモリヤの体調のことも分かるみたいだし。カウは分からなかったけど。あ。
「小川くん」
小川くんはオレを振り向く。
「急にアイシテルって言うことの意味は、分かった?」
小川くんの足が止まった。──又、恐い顔···。
「小川くん···?」
小川くんは、前を向いて再び歩き出す。
「あれは」
恐い顔のまま
「モリヤの冗談だ。」
「冗談···?」
よく、分からない。あれって、冗談になってたか?
「モリヤは冗談のセンスがないんだ。気にするな。」
ふーん···で、ある。小川くんには、その冗談が分かるのか。笑ってなかったけどな。むしろ恐い顔してた。
オレにとっては、モリヤと小川くんの会話にも、モリヤの言う言葉にも、ナゾが多い。分からないことが多い。けれども、2人と過ごすことがとても楽しく、2人のことがとても好きなのである。
「今日は楽しかったね。」
小川くんにそう言うと、小川くんはオレを見て
「水本は楽しそうだったな。」
って言う。笑わずに。
「楽しかったよ、とても。小川くんもだろ?」
だから又来たいんだもの、聞くまでもないが。
「水本」
「うん?」
「今度2人で山へ行こうか。」
「山へ? いいよ! いいけど、モリヤと湧井さん抜きで?」
「たまには、いいかと思って。」
「うん、そうだね。いいよ。山で···飯盒炊爨?」
「いや。山でも、田舎の町でも村でもいいんだが。」
「ああ、ピクニックだね!」
「そう。ピクニックしながら、ケサランパサランを探そう。」
「お! いいね! 小川くんも“いると思う”んだ?」
「···。水本となら、見つけられそうな気がして。」
「ほんと? 見つかるかなぁ?」
灰色の空の下、ホワホワとした楽しい気持ちでみたされる。なんだか小川くんから、そんな誘いを受けるとは思わなかったので、貴重な瞬間のような気がした。
一日で又、いろんな小川くんを見た。今日一日でこれだ。だいぶ親しい間柄と認識してたにも関わらず、小川くんに対する知りしろ、莫大である。
又、雨は降る。




