キャンプ翌日 (小川くん側 その20)
癒しが欲しい!
死んだように寝てしまった。
明るい自分の部屋で目覚めた俺は、ムクリと起き上がる。手足の先が冷たい。相変わらずクーラーの効きが良い。今日もピッカピカの晴天である。
────昨日は、この夏休み最初の大イベント、飯盒炊爨だった。おおむね、平和に乗り切ったと思う。予想以上に、モリヤが落ち着いていたのだ。···まあ、あくまで〝思ったより〞ということではあるが。そう勿論いくつか怖い片鱗は見せていた。けど何しろ俺はもっと! もっとすげえ怖いのを想定していたからな!!
昨日の帰り、電車で水本と別れて、ハーァ乗り切った 一日が終わった 水本と別れりゃもう安心 と、改札を出ると、俺と湧井を見て、華やかに笑った。ああ楽しかったんだ。サイッコーに楽しかったんだ!と分かる笑顔だった。ところがモリヤはその直後、スイッと俺に近付いて
「オボエテロヨ」
と耳元で囁いた。ザッと総毛立って俺は飛び退く。
「な···」
湧井がシュッと寄ってきて、俺の腕を掴んだ。湧井が人前で、しかもモリヤの前で、こんなに近付くことなんてない。俺は今一度驚いて湧井を見る。モリヤのセリフが聞こえたか? 湧井はぎゅうっと俺の腕を掴んだまま、モリヤを凝視している。思わずモリヤを見ると、モリヤがこちらを見て 笑って いるんだけれど─────
来た! と思った。今、来た。色気が────!!
俺たちは、固まってしまっている。夜とは言え、そこまで遅い時間でもない。駅前に人通りはある。その人々が、ざわめく感じがした。モリヤの色気は、凄まじい時、まわり中にそれは感知されてしまうのだ。妙なざわめきとともに、人々がモリヤを見る。すごい。高校生だけじゃない。一般の人々すら、モリヤの色気にやられてしまうのか···。
「お、小川くんに、そそんなに近付かないで!」
湧井が必死で言っている。俺の腕を持つ手に、ものすごい力が入っている。
モリヤはポカンとした顔で湧井を見ると、次の瞬間には極上の笑みを浮かべて
「湧井サンには言われたくない。」
と言った。
「どっ どういう意味よ⁉」
俺はヤバい、と思って、湧井より前に体を出して遮った。モリヤを見て
「今日は楽しかった。」
と、きっぱり言う。
「楽しい一日だった。このまま帰ろう。」
「このまま?」
モリヤが笑って首をかしげる。出たよ。恐怖の色気だよ!
「どのまま?」
にっこり色気を垂れ流す。
「たっ 楽しい気分のままってこと! 水本みたいにな! 水本と別れた後もめた、なんて知ったら、絶対あいつショックを受けるぞ!」
モリヤはにっこりと、じっと俺の顔を見てそして
「そうだね。」
と言った。
「もめるつもりはないけれど、湧井サンはそのつもりかもだし。小川が、もめたと報告するかもだし?」
湧井が何か言いそうにするのを止めつつ、
「このまま帰るぞ。そうしたら変な報告しないですむ。」
うふふとモリヤは笑って
「おどしをかけてくるよね、仕返しかな?」
おどし? 仕返し? 何言ってんだ。
「そんなんじゃない。とにかく帰ろう。」
俺は、腕にしがみついてる湧井もろとも歩き出す。人々がこちらを気にしている。もめてるからとかでは、もちろんない。まだ、もめてるレベルに達してない。モリヤだ。モリヤの色気で、だ。早くこの場を離れたい。更に湧井とモリヤの衝突なんて、絶対回避したい。とにかく、今日は早く帰ってしまうのだ!!
必死で進もうとする俺に、背後から色っぽい笑い声が···。怖い怖い。湧井、振り向くなよ!
スッと、湧井と逆側の俺の隣にモリヤが寄った。ギョッとしながら見てしまう俺。寄り添うほどに近付いてきて
「おぼえてろよ、ってのは」
と囁く。俺の心臓は、もはやドッキドキ。
「おどし、もしくは捨てゼリフに使われがちだけど、愛にも似ているよね。」
「···はあ??」
「忘れないでね、っていうね。」
にやりと笑う。心臓飛び出そう。
「モっ···!!」
湧井が声を出しかけるのを、俺が遮る前にモリヤが言った。
「ああ湧井サン大丈夫。」
湧井の手に、さらに力が入る。モリヤは楽しそうに笑顔を見せて
「もちろんぼくのは愛じゃないから。」
知ってる!!! 言わなくても分かってる!! 大丈夫だ! 充分おどされてるから!!
けれど、俺や湧井をさんざん怖がらせるモリヤは、圧倒的な色気にまみれていて、もう人々が足を止め始めていた。逃げよう! 早く!! そう俺が決心した途端、モリヤが言った。
「小川と同じ感想だなんて、悔しい気がするけれど」
「え?」
「今日は楽しかった。」
俺たちは足を止めてしまっている。そんな俺らにモリヤは
「じゃあね」
と、色っぽく一言付け足して、後は振り返りもせず、一人で行ってしまった。一日の疲れなど全く見られない軽い足どりで、あっという間に小さくなって、建物の陰に見えなくなった。
言ってみれば、昨日の一日の中で、あの帰り際が一番怖かったかなあ···。俺はベッドに腰掛けたまま、ハ──ッと大きくため息をついた。カーテンを閉めてもいない窓から、日がサンサンと入ってくる。良かった 今日が晴天で。もしも今日が雨だったりしたら、俺はもう死にそうな心地になっただろう。湧井だって。
水本がいる間は、なんとか穏やかに過ごせたとはいうものの、帰り以外でも、俺も湧井もやっぱり神経すり減ってんだ。なんのくったくもなくキャンプを楽しめるわけがないのだ。
湧井、眠れたかな。疲れは取れたろうか。この晴れの内に心穏やかに休んでくれと願うばかりだ。などと考えた丁度その時、電話のベル音が鳴った。閉めきった戸の向こうから聞こえるが、俺の耳は電話の音には、超敏感になっているのだ。ああ 晴れていても油断できないのか⁉ まさかの水本か⁉ 俺は音を立てて戸を開けて、電話へ飛んでいった。
「もしもしっ⁉」
─────大人の女の人の声。
「今いません。分かりません。」
俺はすぐに電話を切った。通販の商品購入の勧誘である。おどかすなよ と一人言ちる。途端に又、電話が鳴る。だから、と思って受話器を取る。
「母はいませんが。」
『いなくてもいいよ~。』
「あっ!」
湧井だった!
「どうした? 今日は晴れてるぞ? あ! 眠れなかったとか? 大丈夫か?」
矢継ぎ早に聞いてしまう。湧井は受話器の向こうで、ふふふと笑った。
『ちゃんと寝たよ。小川くん、もしかして今起きた? 起こしちゃった?』
「あ? いや。起きてたよ。っていうか、さっき起きたよ。」
『今、何時か知ってる?』
この頃早起きの俺。7時ごろか? いや、母親がもういない。8時? と思ったら、時計が目に入った。ん??
「え⁉ 11時すぎ?? マジか!!」
『まじだよ。よく眠れたんだね、良かった。』
ほんと良かった! 晴れてて!!
「湧井は? 眠れたか?」
『うん。疲れてたんだね~。私もよく寝てたよ。きのうはお母さんに指摘されてしまった。』
「指摘? 何を?」
『楽しく遊んで疲れた顔に見えないねって。キャンプ行ってきたのに、神経疲れみたいな顔だよって。母は鋭いね。』
「ほんとだ···。すごいや。けどやっぱり、メチャメチャ疲れてたんだな。今は? 平気か?」
『うん。朝ごはんもしっかり食べて、元気いっぱいになったよ。小川くんは眠って回復した?』
「こんだけ寝りゃな。」
俺はハハハと笑った。湧井も一緒に笑ってそして
『もし元気なら、今日会える?』
と言う。
「元気だよ。会おうよ。なに? 見たい映画があるとか?」
昨日の今日で誘われるとは思ってなかった。湧井なら毎日でもOKだ。
『良かった。無理はしないでね。絶対疲れてると思うから。』
「大丈夫だよ。どうした?」
『きのうの帰りが、あんまり怖かったから。癒しがほしいの。』
いやし!! この俺が癒しになるのか⁉
「超嬉しい!」
あっ 心の声が漏れた。
『嬉しい?』
「ハハハ。俺は癒し系ではないからな。俺で癒しになるなら、いくらでも会うぞ。」
なんと、俺ん家に来ることになった! うぉ〰〰〰 嬉しドキドキだ! もう モリヤとの恐怖ドキドキとは、まさに雲泥の差!!
おいしいパン屋ができたから、お昼に買って持ってきてくれるんだと! 嬉しい嬉しい。
俺はとりあえず台所のテーブルの上を、ざっと片付けた。そして一応、自分の部屋にとってかえし、布団だけでもちゃんとして、落ちてる服は洗濯場へ。ゴミは拾ってゴミ箱へ。机の上は···· まあいいか、ぐちゃぐちゃだけど、そのままで。クーラーは··· 消しておこう。部屋での何かを期待してると思われたら恥ずかしい。高校生の男心でアル。
台所に戻ってピンポン鳴るのを待つ。テーブルの椅子で手持ちぶさたに座っていると、きのうのモリヤがよみがえる。色気大放出だったな···。今ごろ森の家で何してんだろう。窓辺に座って、じーっとしてんだろうか。色気をドバドバ溢れさせながら···。···想像しただけで恐ろしいな···。
ここで俺はハタ、と思い当たる。色気がすごい時、体温が少し上がるって言ってたな···と。高熱じゃない、しんどくない、大丈夫、と言っていたけれど···。色気が盛大であればあるほど、熱も上がるんだろうか···。 ···心配でないといえばウソになる。が、だからといって
ピンポーン
心臓がハネ上がる。モリヤのことを考えている時って、心臓が危ういな。気を取り直して俺は玄関へ。戸を開けると─────
俺は一瞬コトバをなくす。ひまわりのようだ。白いブラウスに、薄い黄色の夏の···ニット? ファッションには疎く、説明しきらんのだが、スカートは薄茶色でサンダルは白! とにかく色味がひまわりっぽいのだ。そう、とにかくかわいいのだ!
えへへ、と湧井は笑って
「きのう会ったとこなのに、又来ちゃった。」
と言った。
「おう。入れ入れ。」
照れ隠しみたいに早口で言って、俺はそそくさと台所へ行く。
「オォ、いい匂い。」
湧井がパンの袋を開いた途端、パンの匂いが広がった。
「でしょ! 郵便局の斜め向かいにできたの。焼きたてパンがいっぱいあったから、たくさん買ってしまった。まだあったかいよ! 食べよう!」
パンうまっ。ほんとだ、まだホカホカだ。途中で気付いて、冷たい牛乳を入れた。牛乳飲み飲み2人でドンドン、パンを食べていく。─────こういう、食の幸せを、モリヤは知らないんだろうな···。もったいない、と思ってしまう。だってモリヤは、水本のおにぎりを美味しいと言ったのだから。味が分からないわけではないんだ。きっとこれまでの習慣と食生活のせいだ。もしかしたら、プラス体質···?
「うん? 口に合わないの、あった?」
真顔で動きが止まってしまった俺を見て、湧井が聞く。
「あっ、違う、ごめん!」
「どうかした?」
「悪い悪い。モリヤのこと考えてしまった。」
「そうか···。」
言って、湧井は手に持っているパンを食べてしまうと、牛乳も飲み干して、真面目な顔で俺を見た。
「小川くん」
「うん?」
俺も、手に持ってた食べかけのパンは、全部腹に納めてしまっている。テーブルの上には、あと2つパンが残っているが、なにしろ湧井がたくさん買ってきてくれていたから、じゅうぶん腹はふくれている。
「モリヤの、どんなことを考えてた?」
「····パンが··」
「ん?」
「湧井の買ってきてくれたパンが、メチャメチャうまいなーと思って。モリヤはこういう、うまさを、楽しさを、知らないんだろうなーと。」
「···そうなの? 水本のおにぎりは、おいしいって食べたよね。海行った時。」
「うん。水本のおにぎりだけ。きっと初めての経験で、より美味しかったんだと思う。」
湧井が黙って俺の顔をじっと見た。
「思ってたのと違った。」
「? 何が?」
「モリヤの何を考えてたのか。私は、怖いこと思い出してんのかと思った。」
俺はハハハと笑った。
「モリヤのことを考えた時点で、全ては怖いけどな。」
「····」
「あ! ああいや! おどかすつもりじゃなくて···」
焦って俺が言うと、湧井がウウンと首を横に振った。
「怖いのモリヤは。私の想像は甘かった。」
「えっ?」
「私だって、モリヤは怖いって分かってたつもりだった。でも昨日の帰り、水本と別れてからのモリヤは、私が知ってる中で一番怖かった。」
「··そ、そうか···。」
「そう。おそろしい色気で小川くんに近寄って、ポロポロ怖いことを言う。─────でも」
湧井は一度ギュッと口を引き結んで、それから言った。
「あんなものじゃないんでしょ? 小川くんと2人だけの時のモリヤ。もっと怖いのが、2人でいる間中続いてるんじゃないの?」
····そうだぞ〰〰。こわいぞ〰〰。と俺は心で思うけれど
「う───ん··· まあ···· けど、色気はあったりなかったりするから。」
ううん と湧井は首を振り
「私、改めて小川くんを尊敬したんだ。」
なんて言う。そんけい⁉ そんなえらいもんか! 俺なんか、いっつも情けなく脅えまくりなのに!!
「過大評価だよ。」
俺は冗談めかして笑って言ったけど、湧井は笑わずに
「きのう、水本と別れるまでは、想像よりマシだと思った。でも、それって、小川くんがおとといモリヤと会って、高揚を止めたからなんでしょ?」
「ん〰〰〰。少しはモリヤを恐ろしくする要因を、外に出せたとは思ったが。」
「おとといのモリヤって、どんなだったの? その話も聞きたかったんだ。」
おとといのモリヤ。はっきり言って思い出したくない。怖くて。
「質問攻めにしたんだよね? 友人は質疑応答をするものだと教わった なんて、イヤミみたいに言ってたもの。」
「した。しくじりまくったけど。」
「しくじったとは?」
「だいたい、ちっともまともに答えてくれない。おまけに俺、質問の紙を落として、モリヤに見られてしまった。」
「見られたらいけないかしら。」
「全部メモしてたからな。聞かなくていいことまで。」
「それを見てモリヤはなんて?」
「ほとんど、なんでそんなこと知りたいのって質問だって。」
「····まあ、そうかもね。話題づくりだから。」
「うん。そしてモリヤの怖いものは、なかったよ。」
「えっっ? ほんとかな。」
「俺は、ほんとのような気がする。こっちの怖いものだけバレた。」
「···トカゲ?」
「質問メモから予測した当ててきた。ホント怖いやつだ。」
湧井はため息をついた。
「知ってて、ご丁寧にトカゲを見付けておどかしてくるんだ。小川くんに対しては、子どもみたいなとこあるね。」
そんなかわいいもんか!と、俺は思う。嫌がらせ要素を逃さない、そういうやつなんだ。
「水本、楽しそうだったね。」
湧井がポツンと言った。
「めちゃめちゃ楽しそうだったとも!! あそこまで楽しそうにされると、モリヤが怖くっても、もういいかって思えたね。」
「確かにねー。あんな嬉しそうな人、初めて見たかも。」
「そしてモリヤも楽しそうだったぞ。あのモリヤが、あんなにも屈託なく豪快に笑ってさ。」
「そうだよ! めっちゃくちゃ楽しそうだったよ!! なのになんで別れ際んなって、オボエテロヨとか言うの?」
おっと。俺は湧井を真顔で見る。湧井は怒ったような顔。
「やっぱり聞こえてたんだ?」
俺が言うと
「小川くんの耳元に、あんなに寄って! 聞き逃してやるもんですか。」
真面目に怒ってくれている湧井を見て、俺は笑ってしまう。かわいくて。
「あれは、水本を帰したからだよ。」
「帰すって··。遊び終わったら、みんな家に帰るのよ。恨まれる筋合いはないわ。」
「いやな、水本がモリヤを送っていこうかって言っただろ? 俺がそれを止めたからだな。」
「当たり前じゃない!! 誰が、そうだ行け行けって言うのよ! 水本もバカだけどね!」
「だな。でもモリヤは、あんなこと言いながら、どこかで俺に感謝してるはずなんだ。」
「⁉ 感謝⁉ モリヤが小川くんに⁉ なんで⁉ 何を⁉」
アハハハ、と又笑ってしまった。
「モリヤはなにしろ、好きなやつができたこと自体が初めてなものだから、自分の行動に予測がついてないところがあるんだ。それによって水本を、傷付けることは避けたいと、それは思ってるんだよ。だから、俺と湧井がいたら、モリヤが暴走したって止めるから、さして自制せずにいれて楽 みたいに言ってたよ。」
「はあ⁉ 何言ってんの⁉ 人をストッパーみたいに扱わないでよ!」
「ハハハ 腹立つよな。けど、俺らで止まってくれるんなら、それはそれでありがたいと、俺は思うよ。」
「·····そう だけど···。」
「そうだろ? 2人きりで行かせなくて良かったよな。」
「ほんとよ。そんなの絶対させないんだから。」
ほんとそう。2人で行ってたら、モリヤの家に送っていったかもしれん。水本のバカは。
ぎりぎり怖いところを、俺たちは、なんとか切り抜けている。切り抜けてはいるが、この先も、まだまだ恐怖事項は続いてゆくのも、よく分かっている。
けれども。
「それでも」
俺は口にした。
「俺、きのう行って良かったなァ。」
湧井が、はたっと俺を見た。
「きのうの帰り際、駅でモリヤに言ったことはウソじゃない。本当、楽しかった。」
さらに言葉を足して
「4人で行って良かったと思った。」
しかめっつらで息も止めてるように見えた湧井が、はあ〰〰〰っと大きなため息をついた。
「私だってよ。」
目が鋭く輝いている。大きな瞳がカッキリと光って、明晰な声でそう言った。
「私の夏休み史上、一位の楽しさだったわ。」
美しい声でそこまで言って、ガックリ頭をたれた。
「湧井···」
と思うと顔を上げ、上げた顔は眉毛がハの字に。
「認めたくなかったの。モリヤ抜きの3人で行ったって、絶対楽しかったわ。絶対よ。そうでしょ。」
「もちろんだ。」
「でも、モリヤがいたから怖かったし、腹も立ったし、緊張もしたけど、楽しさも大きかったんだと思えてしまう。それを認めたくなかったわ。」
そうなのだ。湧井の言う通りなのだ。だって、モリヤがいたために、水本の楽しさはきっと跳ね上がっていた。その水本を見られたことが、俺たちの楽しさにつながっている。さらに言うと、そんなモリヤの恐怖対策のために、俺と湧井の電話の回数や、会う回数が、確実に増えているのだ。元来、面倒くさがりの俺である。マメでないから、モリヤの存在がなきゃ、こんなに会えたかも、喋ろうとしたかも、疑わしい。湧井にしたって、モリヤのことがあって、俺に会おうとか、喋ろうとか思っていることも多いと思う。対モリヤ、という連帯感は大きい。モリヤは自分で意図せず、俺たちの距離を縮めているのだ。
「だからって、そうそう誘ってあげないんだから!」
もう情けない顔はしていない。きりっと美しく、湧井は威張ってそう言った。俺は
「そうだな。」
と笑った。続けて
「けど、もう一回は4人で遊ばないと。約束したからな。」
「うん。約束は守るよ。夏休み中に、もう一回遊ぶくらいかまわない。あんな水本を見られるのなら、いっそ嬉しい。」
同感だよ。
「計画、立てとくか···。」
俺が言うと、そうだねと湧井は頷き
「その前に、いい?」
「なんだ?」
「私の誕生日、何か考えてくれてる?」
「あ⁉ いや、い、今まだ考え中で··· も、もちろん忘れてないぞ!!」
「アハハ。違う違う、責めてないよ。もしまだ未定なら、希望を言っていいかなァ?」
「おっ! もちろん!! 希望があるなら、ぜひ!!」
「私、水族館行きたいんだ。一緒に行ってくれる?」
「おう! 行こうぜ。」
湧井の誕生日、本当に考えてはいたんだが、なんも思いついていなかったんだ。とにかく、モリヤとのキャンプが終わってからじゃないと、集中して考えられなかったというのが、実のところ。心から、ありがたい。
「もしかして、プレゼントの希望もある?」
湧井は、ハッとした顔で俺を見て、嬉しそうに笑った。
「言ってもいいの?」
「言ってくれたら、ありがたい。」
「水族館のお土産ショップで、何か買って?」
「え⁉ そんなんでいいのか?」
「そういうのがいいの。けど〝そんなんで〞なんて言えないかもよ? 巨大なぬいぐるみを所望したりするかも。」
言って、アハハと笑う。なるほど巨大ぬいぐるみは値が張る。そうは言っても、きっと湧井は、ムチャな注文はしないだろう。そう思うと、よけいに、できる限りのことはしたいと思ってしまう。こづかい前借りしておこう。巨大ぬいぐるみを持った湧井と街を歩くのは、恥ずかしさを上回って、楽しそうに思えた。
その後、何度も脱線しながら俺たちは、次の4人で遊ぶ計画を立てていった。
脱線話は、もっぱら昨日のこと。朝会った途端の楽しそうな水本のことから、モリヤのレッドカード発言のこと、おいしかったご飯のことや、虫の話。セミの種類は、どうやって見分けるのって湧井が聞くから、羽の色や体の大きさや顔の形なんかを話した。話は尽きず、ずっと脱線してたい気にすらなるところを、がんばって戻して、なんとか一応の計画を立てるに至った。
気付くと窓の外の空が、夕焼けで桃色に染まっていた。湧井が、じゃあそろそろ、と言って立ち上がった。まだ暗くはなかったけど、もう少し一緒にいたい気持ちに駆られて、俺は湧井を家まで送っていった。
「家まで送ってくれるなんて、水本のこと言えないね。」
って湧井が笑ったけど、いや、それとこれとは···などと思う俺。別れ際、最後に気になってたことを聞いてみた。
「湧井、今日会って、癒しになった?」
むしろ癒されたのは、俺なのである。湧井は、えへへとかわいく笑う。
「たっぷり癒された。きのうのキャンプも、〝怖かった〞が全面おおってたのに、今日話したら〝楽しかった〞に塗り替えられたよ! ありがとう!」
うんと笑顔で
「水族館、すごく楽しみ! 晴れるといいね! でも雨でも行こうね!」
言って、あっ!と、口をおさえた。
「だめじゃない! 雨が降ったら行けないよ! ね!! 雨天延期にしよう!」
う~~わ~~。お誕生日イベントも、雨のモリヤ家訪問に負けてしまうのか···。
しかし。「いや、誕生日を優先しよう!」と断固とした発言が、できない俺。残念ながら、俺の〝雨のモリヤ家、水本との同行〞は、最優先事項なのである。湧井にとっても、俺にとっても──────。
雨と、湧井さんの誕生日、どちらが先に来る?




