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ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
41/48

キャンプ翌日 (小川くん側 その20)

癒しが欲しい!

死んだように寝てしまった。

明るい自分の部屋で目覚めた俺は、ムクリと起き上がる。手足の先が冷たい。相変わらずクーラーの効きが良い。今日もピッカピカの晴天である。


────昨日は、この夏休み最初の大イベント、飯盒炊爨だった。おおむね、平和に乗り切ったと思う。予想以上に、モリヤが落ち着いていたのだ。···まあ、あくまで〝思ったより〞ということではあるが。そう勿論いくつか怖い片鱗は見せていた。けど何しろ俺はもっと! もっとすげえ怖いのを想定していたからな!!

昨日の帰り、電車で水本と別れて、ハーァ乗り切った 一日が終わった 水本と別れりゃもう安心 と、改札を出ると、俺と湧井を見て、華やかに笑った。ああ楽しかったんだ。サイッコーに楽しかったんだ!と分かる笑顔だった。ところがモリヤはその直後、スイッと俺に近付いて

「オボエテロヨ」

と耳元で囁いた。ザッと総毛立って俺は飛び退く。

「な···」

湧井がシュッと寄ってきて、俺の腕を掴んだ。湧井が人前で、しかもモリヤの前で、こんなに近付くことなんてない。俺は今一度驚いて湧井を見る。モリヤのセリフが聞こえたか? 湧井はぎゅうっと俺の腕を掴んだまま、モリヤを凝視している。思わずモリヤを見ると、モリヤがこちらを見て 笑って いるんだけれど─────

来た! と思った。今、来た。色気が────!!

俺たちは、固まってしまっている。夜とは言え、そこまで遅い時間でもない。駅前に人通りはある。その人々が、ざわめく感じがした。モリヤの色気は、凄まじい時、まわり中にそれは感知されてしまうのだ。妙なざわめきとともに、人々がモリヤを見る。すごい。高校生だけじゃない。一般の人々すら、モリヤの色気にやられてしまうのか···。

「お、小川くんに、そそんなに近付かないで!」

湧井が必死で言っている。俺の腕を持つ手に、ものすごい力が入っている。

モリヤはポカンとした顔で湧井を見ると、次の瞬間には極上の笑みを浮かべて

「湧井サンには言われたくない。」

と言った。

「どっ どういう意味よ⁉」

俺はヤバい、と思って、湧井より前に体を出して遮った。モリヤを見て

「今日は楽しかった。」

と、きっぱり言う。

「楽しい一日だった。このまま帰ろう。」

「このまま?」

モリヤが笑って首をかしげる。出たよ。恐怖の色気だよ!

「どのまま?」

にっこり色気を垂れ流す。

「たっ 楽しい気分のままってこと! 水本みたいにな! 水本と別れた後もめた、なんて知ったら、絶対あいつショックを受けるぞ!」

モリヤはにっこりと、じっと俺の顔を見てそして

「そうだね。」

と言った。

「もめるつもりはないけれど、湧井サンはそのつもりかもだし。小川が、もめたと報告するかもだし?」

湧井が何か言いそうにするのを止めつつ、

「このまま帰るぞ。そうしたら変な報告しないですむ。」

うふふとモリヤは笑って

「おどしをかけてくるよね、仕返しかな?」

おどし? 仕返し? 何言ってんだ。

「そんなんじゃない。とにかく帰ろう。」

俺は、腕にしがみついてる湧井もろとも歩き出す。人々がこちらを気にしている。もめてるからとかでは、もちろんない。まだ、もめてるレベルに達してない。モリヤだ。モリヤの色気で、だ。早くこの場を離れたい。更に湧井とモリヤの衝突なんて、絶対回避したい。とにかく、今日は早く帰ってしまうのだ!!

必死で進もうとする俺に、背後から色っぽい笑い声が···。怖い怖い。湧井、振り向くなよ!

スッと、湧井と逆側の俺の隣にモリヤが寄った。ギョッとしながら見てしまう俺。寄り添うほどに近付いてきて

「おぼえてろよ、ってのは」

と囁く。俺の心臓は、もはやドッキドキ。

「おどし、もしくは捨てゼリフに使われがちだけど、愛にも似ているよね。」

「···はあ??」

「忘れないでね、っていうね。」

にやりと笑う。心臓飛び出そう。

「モっ···!!」

湧井が声を出しかけるのを、俺が遮る前にモリヤが言った。

「ああ湧井サン大丈夫。」

湧井の手に、さらに力が入る。モリヤは楽しそうに笑顔を見せて

「もちろんぼくのは愛じゃないから。」

知ってる!!! 言わなくても分かってる!! 大丈夫だ! 充分おどされてるから!!

けれど、俺や湧井をさんざん怖がらせるモリヤは、圧倒的な色気にまみれていて、もう人々が足を止め始めていた。逃げよう! 早く!! そう俺が決心した途端、モリヤが言った。

「小川と同じ感想だなんて、悔しい気がするけれど」

「え?」

「今日は楽しかった。」

俺たちは足を止めてしまっている。そんな俺らにモリヤは

「じゃあね」

と、色っぽく一言付け足して、後は振り返りもせず、一人で行ってしまった。一日の疲れなど全く見られない軽い足どりで、あっという間に小さくなって、建物の陰に見えなくなった。


言ってみれば、昨日の一日の中で、あの帰り際が一番怖かったかなあ···。俺はベッドに腰掛けたまま、ハ──ッと大きくため息をついた。カーテンを閉めてもいない窓から、日がサンサンと入ってくる。良かった 今日が晴天で。もしも今日が雨だったりしたら、俺はもう死にそうな心地になっただろう。湧井だって。

水本がいる間は、なんとか穏やかに過ごせたとはいうものの、帰り以外でも、俺も湧井もやっぱり神経すり減ってんだ。なんのくったくもなくキャンプを楽しめるわけがないのだ。

湧井、眠れたかな。疲れは取れたろうか。この晴れの内に心穏やかに休んでくれと願うばかりだ。などと考えた丁度その時、電話のベル音が鳴った。閉めきった戸の向こうから聞こえるが、俺の耳は電話の音には、超敏感になっているのだ。ああ 晴れていても油断できないのか⁉ まさかの水本か⁉ 俺は音を立てて戸を開けて、電話へ飛んでいった。

「もしもしっ⁉」

─────大人の女の人の声。

「今いません。分かりません。」

俺はすぐに電話を切った。通販の商品購入の勧誘である。おどかすなよ と一人言ちる。途端に又、電話が鳴る。だから、と思って受話器を取る。

「母はいませんが。」

『いなくてもいいよ~。』

「あっ!」

湧井だった!

「どうした? 今日は晴れてるぞ? あ! 眠れなかったとか? 大丈夫か?」

矢継ぎ早に聞いてしまう。湧井は受話器の向こうで、ふふふと笑った。

『ちゃんと寝たよ。小川くん、もしかして今起きた? 起こしちゃった?』

「あ? いや。起きてたよ。っていうか、さっき起きたよ。」

『今、何時か知ってる?』

この頃早起きの俺。7時ごろか? いや、母親がもういない。8時? と思ったら、時計が目に入った。ん??

「え⁉ 11時すぎ?? マジか!!」

『まじだよ。よく眠れたんだね、良かった。』

ほんと良かった! 晴れてて!!

「湧井は? 眠れたか?」

『うん。疲れてたんだね~。私もよく寝てたよ。きのうはお母さんに指摘されてしまった。』

「指摘? 何を?」

『楽しく遊んで疲れた顔に見えないねって。キャンプ行ってきたのに、神経疲れみたいな顔だよって。母は鋭いね。』

「ほんとだ···。すごいや。けどやっぱり、メチャメチャ疲れてたんだな。今は? 平気か?」

『うん。朝ごはんもしっかり食べて、元気いっぱいになったよ。小川くんは眠って回復した?』

「こんだけ寝りゃな。」

俺はハハハと笑った。湧井も一緒に笑ってそして

『もし元気なら、今日会える?』

と言う。

「元気だよ。会おうよ。なに? 見たい映画があるとか?」

昨日の今日で誘われるとは思ってなかった。湧井なら毎日でもOKだ。

『良かった。無理はしないでね。絶対疲れてると思うから。』

「大丈夫だよ。どうした?」

『きのうの帰りが、あんまり怖かったから。癒しがほしいの。』

いやし!! この俺が癒しになるのか⁉

「超嬉しい!」

あっ 心の声が漏れた。

『嬉しい?』

「ハハハ。俺は癒し系ではないからな。俺で癒しになるなら、いくらでも会うぞ。」


なんと、俺ん家に来ることになった! うぉ〰〰〰 嬉しドキドキだ! もう モリヤとの恐怖ドキドキとは、まさに雲泥の差!!

おいしいパン屋ができたから、お昼に買って持ってきてくれるんだと! 嬉しい嬉しい。

俺はとりあえず台所のテーブルの上を、ざっと片付けた。そして一応、自分の部屋にとってかえし、布団だけでもちゃんとして、落ちてる服は洗濯場へ。ゴミは拾ってゴミ箱へ。机の上は···· まあいいか、ぐちゃぐちゃだけど、そのままで。クーラーは··· 消しておこう。部屋での何かを期待してると思われたら恥ずかしい。高校生の男心でアル。

台所に戻ってピンポン鳴るのを待つ。テーブルの椅子で手持ちぶさたに座っていると、きのうのモリヤがよみがえる。色気大放出だったな···。今ごろ森の家で何してんだろう。窓辺に座って、じーっとしてんだろうか。色気をドバドバ溢れさせながら···。···想像しただけで恐ろしいな···。

ここで俺はハタ、と思い当たる。色気がすごい時、体温が少し上がるって言ってたな···と。高熱じゃない、しんどくない、大丈夫、と言っていたけれど···。色気が盛大であればあるほど、熱も上がるんだろうか···。  ···心配でないといえばウソになる。が、だからといって

ピンポーン

心臓がハネ上がる。モリヤのことを考えている時って、心臓が危ういな。気を取り直して俺は玄関へ。戸を開けると─────

俺は一瞬コトバをなくす。ひまわりのようだ。白いブラウスに、薄い黄色の夏の···ニット? ファッションには疎く、説明しきらんのだが、スカートは薄茶色でサンダルは白! とにかく色味がひまわりっぽいのだ。そう、とにかくかわいいのだ!

えへへ、と湧井は笑って

「きのう会ったとこなのに、又来ちゃった。」

と言った。

「おう。入れ入れ。」

照れ隠しみたいに早口で言って、俺はそそくさと台所へ行く。

「オォ、いい匂い。」

湧井がパンの袋を開いた途端、パンの匂いが広がった。

「でしょ! 郵便局の斜め向かいにできたの。焼きたてパンがいっぱいあったから、たくさん買ってしまった。まだあったかいよ! 食べよう!」

パンうまっ。ほんとだ、まだホカホカだ。途中で気付いて、冷たい牛乳を入れた。牛乳飲み飲み2人でドンドン、パンを食べていく。─────こういう、食の幸せを、モリヤは知らないんだろうな···。もったいない、と思ってしまう。だってモリヤは、水本のおにぎりを美味しいと言ったのだから。味が分からないわけではないんだ。きっとこれまでの習慣と食生活のせいだ。もしかしたら、プラス体質···?

「うん? 口に合わないの、あった?」

真顔で動きが止まってしまった俺を見て、湧井が聞く。

「あっ、違う、ごめん!」

「どうかした?」

「悪い悪い。モリヤのこと考えてしまった。」

「そうか···。」

言って、湧井は手に持っているパンを食べてしまうと、牛乳も飲み干して、真面目な顔で俺を見た。

「小川くん」

「うん?」

俺も、手に持ってた食べかけのパンは、全部腹に納めてしまっている。テーブルの上には、あと2つパンが残っているが、なにしろ湧井がたくさん買ってきてくれていたから、じゅうぶん腹はふくれている。

「モリヤの、どんなことを考えてた?」

「····パンが··」

「ん?」

「湧井の買ってきてくれたパンが、メチャメチャうまいなーと思って。モリヤはこういう、うまさを、楽しさを、知らないんだろうなーと。」

「···そうなの? 水本のおにぎりは、おいしいって食べたよね。海行った時。」

「うん。水本のおにぎりだけ。きっと初めての経験で、より美味しかったんだと思う。」

湧井が黙って俺の顔をじっと見た。

「思ってたのと違った。」

「? 何が?」

「モリヤの何を考えてたのか。私は、怖いこと思い出してんのかと思った。」

俺はハハハと笑った。

「モリヤのことを考えた時点で、全ては怖いけどな。」

「····」

「あ! ああいや! おどかすつもりじゃなくて···」

焦って俺が言うと、湧井がウウンと首を横に振った。

「怖いのモリヤは。私の想像は甘かった。」

「えっ?」

「私だって、モリヤは怖いって分かってたつもりだった。でも昨日の帰り、水本と別れてからのモリヤは、私が知ってる中で一番怖かった。」

「··そ、そうか···。」

「そう。おそろしい色気で小川くんに近寄って、ポロポロ怖いことを言う。─────でも」

湧井は一度ギュッと口を引き結んで、それから言った。

「あんなものじゃないんでしょ? 小川くんと2人だけの時のモリヤ。もっと怖いのが、2人でいる間中続いてるんじゃないの?」

····そうだぞ〰〰。こわいぞ〰〰。と俺は心で思うけれど

「う───ん··· まあ···· けど、色気はあったりなかったりするから。」

ううん と湧井は首を振り

「私、改めて小川くんを尊敬したんだ。」

なんて言う。そんけい⁉ そんなえらいもんか! 俺なんか、いっつも情けなく脅えまくりなのに!!

「過大評価だよ。」

俺は冗談めかして笑って言ったけど、湧井は笑わずに

「きのう、水本と別れるまでは、想像よりマシだと思った。でも、それって、小川くんがおとといモリヤと会って、高揚を止めたからなんでしょ?」

「ん〰〰〰。少しはモリヤを恐ろしくする要因を、外に出せたとは思ったが。」

「おとといのモリヤって、どんなだったの? その話も聞きたかったんだ。」

おとといのモリヤ。はっきり言って思い出したくない。怖くて。

「質問攻めにしたんだよね? 友人は質疑応答をするものだと教わった なんて、イヤミみたいに言ってたもの。」

「した。しくじりまくったけど。」

「しくじったとは?」

「だいたい、ちっともまともに答えてくれない。おまけに俺、質問の紙を落として、モリヤに見られてしまった。」

「見られたらいけないかしら。」

「全部メモしてたからな。聞かなくていいことまで。」

「それを見てモリヤはなんて?」

「ほとんど、なんでそんなこと知りたいのって質問だって。」

「····まあ、そうかもね。話題づくりだから。」

「うん。そしてモリヤの怖いものは、なかったよ。」

「えっっ? ほんとかな。」

「俺は、ほんとのような気がする。こっちの怖いものだけバレた。」

「···トカゲ?」

「質問メモから予測した当ててきた。ホント怖いやつだ。」

湧井はため息をついた。

「知ってて、ご丁寧にトカゲを見付けておどかしてくるんだ。小川くんに対しては、子どもみたいなとこあるね。」

そんなかわいいもんか!と、俺は思う。嫌がらせ要素を逃さない、そういうやつなんだ。

「水本、楽しそうだったね。」

湧井がポツンと言った。

「めちゃめちゃ楽しそうだったとも!! あそこまで楽しそうにされると、モリヤが怖くっても、もういいかって思えたね。」

「確かにねー。あんな嬉しそうな人、初めて見たかも。」

「そしてモリヤも楽しそうだったぞ。あのモリヤが、あんなにも屈託なく豪快に笑ってさ。」

「そうだよ! めっちゃくちゃ楽しそうだったよ!! なのになんで別れ際んなって、オボエテロヨとか言うの?」

おっと。俺は湧井を真顔で見る。湧井は怒ったような顔。

「やっぱり聞こえてたんだ?」

俺が言うと

「小川くんの耳元に、あんなに寄って! 聞き逃してやるもんですか。」

真面目に怒ってくれている湧井を見て、俺は笑ってしまう。かわいくて。

「あれは、水本を帰したからだよ。」

「帰すって··。遊び終わったら、みんな家に帰るのよ。恨まれる筋合いはないわ。」

「いやな、水本がモリヤを送っていこうかって言っただろ? 俺がそれを止めたからだな。」

「当たり前じゃない!! 誰が、そうだ行け行けって言うのよ! 水本もバカだけどね!」

「だな。でもモリヤは、あんなこと言いながら、どこかで俺に感謝してるはずなんだ。」

「⁉ 感謝⁉ モリヤが小川くんに⁉ なんで⁉ 何を⁉」

アハハハ、と又笑ってしまった。

「モリヤはなにしろ、好きなやつができたこと自体が初めてなものだから、自分の行動に予測がついてないところがあるんだ。それによって水本を、傷付けることは避けたいと、それは思ってるんだよ。だから、俺と湧井がいたら、モリヤが暴走したって止めるから、さして自制せずにいれて楽 みたいに言ってたよ。」

「はあ⁉ 何言ってんの⁉ 人をストッパーみたいに扱わないでよ!」

「ハハハ 腹立つよな。けど、俺らで止まってくれるんなら、それはそれでありがたいと、俺は思うよ。」

「·····そう だけど···。」

「そうだろ? 2人きりで行かせなくて良かったよな。」

「ほんとよ。そんなの絶対させないんだから。」

ほんとそう。2人で行ってたら、モリヤの家に送っていったかもしれん。水本のバカは。

ぎりぎり怖いところを、俺たちは、なんとか切り抜けている。切り抜けてはいるが、この先も、まだまだ恐怖事項は続いてゆくのも、よく分かっている。

けれども。

「それでも」

俺は口にした。

「俺、きのう行って良かったなァ。」

湧井が、はたっと俺を見た。

「きのうの帰り際、駅でモリヤに言ったことはウソじゃない。本当、楽しかった。」

さらに言葉を足して

「4人で行って良かったと思った。」

しかめっつらで息も止めてるように見えた湧井が、はあ〰〰〰っと大きなため息をついた。

「私だってよ。」

目が鋭く輝いている。大きな瞳がカッキリと光って、明晰な声でそう言った。

「私の夏休み史上、一位の楽しさだったわ。」

美しい声でそこまで言って、ガックリ頭をたれた。

「湧井···」

と思うと顔を上げ、上げた顔は眉毛がハの字に。

「認めたくなかったの。モリヤ抜きの3人で行ったって、絶対楽しかったわ。絶対よ。そうでしょ。」

「もちろんだ。」

「でも、モリヤがいたから怖かったし、腹も立ったし、緊張もしたけど、楽しさも大きかったんだと思えてしまう。それを認めたくなかったわ。」

そうなのだ。湧井の言う通りなのだ。だって、モリヤがいたために、水本の楽しさはきっと跳ね上がっていた。その水本を見られたことが、俺たちの楽しさにつながっている。さらに言うと、そんなモリヤの恐怖対策のために、俺と湧井の電話の回数や、会う回数が、確実に増えているのだ。元来、面倒くさがりの俺である。マメでないから、モリヤの存在がなきゃ、こんなに会えたかも、喋ろうとしたかも、疑わしい。湧井にしたって、モリヤのことがあって、俺に会おうとか、喋ろうとか思っていることも多いと思う。対モリヤ、という連帯感は大きい。モリヤは自分で意図せず、俺たちの距離を縮めているのだ。

「だからって、そうそう誘ってあげないんだから!」

もう情けない顔はしていない。きりっと美しく、湧井は威張ってそう言った。俺は

「そうだな。」

と笑った。続けて

「けど、もう一回は4人で遊ばないと。約束したからな。」

「うん。約束は守るよ。夏休み中に、もう一回遊ぶくらいかまわない。あんな水本を見られるのなら、いっそ嬉しい。」

同感だよ。

「計画、立てとくか···。」

俺が言うと、そうだねと湧井は頷き

「その前に、いい?」

「なんだ?」

「私の誕生日、何か考えてくれてる?」

「あ⁉ いや、い、今まだ考え中で··· も、もちろん忘れてないぞ!!」

「アハハ。違う違う、責めてないよ。もしまだ未定なら、希望を言っていいかなァ?」

「おっ! もちろん!! 希望があるなら、ぜひ!!」

「私、水族館行きたいんだ。一緒に行ってくれる?」

「おう! 行こうぜ。」

湧井の誕生日、本当に考えてはいたんだが、なんも思いついていなかったんだ。とにかく、モリヤとのキャンプが終わってからじゃないと、集中して考えられなかったというのが、実のところ。心から、ありがたい。

「もしかして、プレゼントの希望もある?」

湧井は、ハッとした顔で俺を見て、嬉しそうに笑った。

「言ってもいいの?」

「言ってくれたら、ありがたい。」

「水族館のお土産ショップで、何か買って?」

「え⁉ そんなんでいいのか?」

「そういうのがいいの。けど〝そんなんで〞なんて言えないかもよ? 巨大なぬいぐるみを所望したりするかも。」

言って、アハハと笑う。なるほど巨大ぬいぐるみは値が張る。そうは言っても、きっと湧井は、ムチャな注文はしないだろう。そう思うと、よけいに、できる限りのことはしたいと思ってしまう。こづかい前借りしておこう。巨大ぬいぐるみを持った湧井と街を歩くのは、恥ずかしさを上回って、楽しそうに思えた。


その後、何度も脱線しながら俺たちは、次の4人で遊ぶ計画を立てていった。

脱線話は、もっぱら昨日のこと。朝会った途端の楽しそうな水本のことから、モリヤのレッドカード発言のこと、おいしかったご飯のことや、虫の話。セミの種類は、どうやって見分けるのって湧井が聞くから、羽の色や体の大きさや顔の形なんかを話した。話は尽きず、ずっと脱線してたい気にすらなるところを、がんばって戻して、なんとか一応の計画を立てるに至った。

気付くと窓の外の空が、夕焼けで桃色に染まっていた。湧井が、じゃあそろそろ、と言って立ち上がった。まだ暗くはなかったけど、もう少し一緒にいたい気持ちに駆られて、俺は湧井を家まで送っていった。

「家まで送ってくれるなんて、水本のこと言えないね。」

って湧井が笑ったけど、いや、それとこれとは···などと思う俺。別れ際、最後に気になってたことを聞いてみた。

「湧井、今日会って、癒しになった?」

むしろ癒されたのは、俺なのである。湧井は、えへへとかわいく笑う。

「たっぷり癒された。きのうのキャンプも、〝怖かった〞が全面おおってたのに、今日話したら〝楽しかった〞に塗り替えられたよ! ありがとう!」

うんと笑顔で

「水族館、すごく楽しみ! 晴れるといいね! でも雨でも行こうね!」

言って、あっ!と、口をおさえた。

「だめじゃない! 雨が降ったら行けないよ! ね!! 雨天延期にしよう!」

う~~わ~~。お誕生日イベントも、雨のモリヤ家訪問に負けてしまうのか···。

しかし。「いや、誕生日を優先しよう!」と断固とした発言が、できない俺。残念ながら、俺の〝雨のモリヤ家、水本との同行〞は、最優先事項なのである。湧井にとっても、俺にとっても──────。


雨と、湧井さんの誕生日、どちらが先に来る?

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