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ウワサのモリヤ  作者: コトサワ
39/48

Let’s キャンプ!! (前・電車編)

電車でGO!

雨が大好き! だってモリヤの家に行けるから! ことに夏休みなんか、雨が待ち遠しくて仕方ない。学校ある日みたいに、モリヤに会えないんだから。 ずっと、雨を待っていた。

だけど今日。今日だけは、快晴が心から嬉しい!! キャンプだから!!

6時に起きてしまった! 完全に夜は明けている。すでに空は真っ青。日光ぴっかぴか。準備はカンペキ!! 野菜を山盛り買ったから、リュックがめちゃめちゃ重いけど、絶対大丈夫!という気がする。それは心がウッキウキだから! 帰りは無くなってるしね。あまりにうきうきして、心のどれもにビックリマークが付いてしまう。こんなにうきうきしてしまってどうしよう。これは湧井さんに笑われてしまいそうだな! そう、湧井さんも行くんだ! 小川くんも行くんだ! もうこれは、絶対しょうがないよ。わくわくするなという方が無理だよな!

モリヤは落ち着いているかな。オレは浮わつきの極致だけれども。こういうの、高揚してるっていうのかな。モリヤが高揚してる時って、こんな状態なんだろうか? う~ん···。モリヤは高揚してるって言ってる時でも、こんな今のオレみたいに浮わっついては、いないようだけどなァ。

こないだモリヤん家へ行った時は、落ち着いてたよな。とても穏やかで優しかった。すごい楽しかった。──────匂い、戻ってるかな。·····戻ってなくても、いいな。今日は、もうこれ以上はだめな気もする。匂いがなくてさえオレは、ウキウキしすぎてヤバいもの。ウルトラハイだ! ハハハハハ。ここに匂いが加わったら、それこそバッタリ倒れたりして! いやいや、そんなこと考えてはいけない。倒れたりしたらキャンプ中止になってしまう! それは絶対だめだぞ!! なんてね! 倒れるわけないから!

オレは時計を見る。時間が全然たたない。家を出るまで、まだ30分以上ある。すでに朝ごはんも食べた! 胸がいっぱいなので、今日はシリアルに牛乳かけたやつだ。歯みがき、着替え、みんな終わってる。

ふ───っと息を吐いた。落ち着かないと。····でも、じっと座っていることができない。踊り出しそう。歌い出しそう。ダメダメ。まだ朝も早いんだ。前回のピクニックも、結局待ちきれなくて、だいぶん早くに家を出てしまった。そしたら途中で湧井さんに会ってびっくりして、モリヤの家に着いたら小川くんが、もう来てて! ほんと、びっくりした! 2人とも、めちゃくちゃ早かった。小川くんなんか、もしかして前回はオレのウキウキの上をいってたのかな? ····違うか? 目に見えて浮わついては、なかったようだけど···? けど、楽しみにしてたのは間違いない。でないとそんなに早く来たりしないもんな!

今日は、どうだろう? オレは前回よりも、もっともっとウキウキしてしまっているけど。

昨日の夜、湧井さんから電話があった。待ち合わせしようって。駅まで行くから、なんて言うから笑ってしまったんだ。だって、そこからモリヤん家行って又駅に来るんだもの。だから、モリヤの家と学校との別れ道で、待ち合わせすることにした。

えーい、もう出てしまおう! その待ち合わせ場所で待ってたらいいや。家にいるより、いい気がする。リュック重っ! でも心、軽~!! 

リュックしょって玄関まで行くと、家の人が「早いね」って言ったから、「そう、早いんだ」と答えて「行ってきます」と家を出た。

そう、早いんだ。でももう限界。げんかい··· 終業式の日モリヤが言った。もう限界って···。あの時オレには意味が分からなかった。何が限界なのか。モリヤにも聞いたけれど、明確な答えは返ってこなかったんだ。こういうの、だったんだろうか。気持ちが盛り上がってしまって、抑えられない感じ。····違うかなァ···。あの時のモリヤ、なんか不安定な感じはしたけど··· でも、今のオレみたいに、ウッキウキに浮わついてるような感じではなかった···ような···?

首をかしげながら、でもやっぱりオレの口は、にやついている。ウッキウキだからな! いたしかたなし! モリヤはどうだったのか分からないけれど、とにかくオレは限界!限界! もう、じっとしていられないのだ! 荷物の重みで、さすがに軽快に走ったりはできないけれど、やっぱり早足に。早足でずんずん駅に向かっていると、歌が口をついて出てきた。歌いながら、ずんずん進む。

普段学校へ行く時は、電車はいつも混んでいる。通勤通学ラッシュだ。でも今日は夏休みな上に時間が早い。電車内はすいていて、なんと座れた!荷物が多いから助かる。電車内で座っていてもソワソワしてしまう。膝に重しみたいにリュックがのってるのに! ───モリヤは···水を飲んで重しにする···とか言ってた。心に重し··· かけられるのかな。とりあえずオレの場合は、リュックの重しは心にはかけられない、と分かった。リュックの重みはしっかりあるのに、魂はフワフワぬけて飛んでゆきそう。フワフワソワソワして、なかなか電車がつかない。着く前に席を立ってリュックをしょって扉の前に行く。楽しみにしすぎてヤバい、という感じすらする。 だってしょうがない、と心は叫んでいるけれど、やっぱりせめて表面上は落ち着いて落ち着いてと自分に言い聞かせ改札を通る。学校への道へ出てゆく。平日は毎日通る道。当たり前だけど、驚くほど人がいない。

こんなに人が通らなければ、スキップしていってもツーステップで進んでも、大丈夫である。踊ろうが歌をうたおうが、平気である。ただやはり物理的にとび跳ねるのは無理なので、逆に助かったって感じ。油断すると早足になる。けど早足になるほどに早く着いてしまう。当たり前だが。ウキウキな足どりになっても、ゆっくり進む歩行法ってないものか。

「あ」

と思い付いて立ち止まる。アレはどうだ? 小学生の時、全校集会の遊びコーナーでよくやったやつ。ジェンカ! 止まったまま右右、左左と足を出して、そのあと前、後ろ、前前前って跳ぶんだよな。あれ、なんで1コ下がるのか不思議だったんだ。あんまり進まないナーって思ってた。これだよ。右右、左左と足を出してみる。そこで、おっと跳べないじゃないか! とリュックの重みに気付いて、ハハハと笑ってしまう。

「何してるの。」

オレはびっくりして振り向く。

「湧井さん!」

「おはよー。何笑ってるの?」

と、湧井さんも笑顔だ。

「びっくりした!! あ、そっちから出てきたのか!」

「中道通ってきたんだよ。」

「湧井さん、早すぎない⁉」

笑って言ってしまう。海に行った時も思ったけど、やっぱり制服じゃない湧井さんも眩しい! 見慣れていない姿って、ドキドキする。そしてなんと今日は、ブラウスに膝上のショートパンツ姿!

「早く来すぎたと思って歩いてたら水本が見えた。立ち止まって足ピョコピョコしてるから、何やってんのかなーと思って笑っちゃった。」

まだ会うわけないと思って、油断しまくり! 見られてたのかー。恥ずかし〰〰

「はっ はやく来すぎたから、せめてここからは時間かけて行こうと思って、ジェンカ進みしようとしてた。でも、荷物が重くて跳べないことに気付いてさ。今日が楽しすぎて、バカやってました。」

オレがハハハと笑うと、湧井さんも笑った。

「公道で一人でジェンカ踊ってたの? 豪気だな水本は!」

「誰もいないと思ったんだよ。」

「それにしても重そうなリュックね。ちょっと持とうか。」

「いやいや、湧井さんだって荷物あるし! それに今のオレは気持ちフワフワだから、これぐらい重いの持っててちょうどいいんだよ。」

「バカなこと言って。つらくなったら言うんだよ?」

ありがとうと言って、2人で歩いていく。大丈夫。湧井さんに持たせたりしないよ。体もオレの方が大きいのだ。力だってオレの方がある。多分ね!


またもや早く着きすぎたねって二人で言いながら辿り着いたら、モリヤの家の前の前回と同じ木の下に、小川くん発見!

「小川くん!!」

「よお。」

小川くんは木の陰に座っていた。荷物が大きい。

「おはよう! 小川くん、早い!」

「おまえらこそ。水本なんか、何時に出てんだよ。」

「早く起きてしまったら、じっとしてられなくて。小川くんも?」

「···ああ。早く目が覚めてな。」

と言うわりに、オレみたいにウッキウキな様子もない。むしろ···

「小川くん···もしかして調子悪い?」

「いいや。」

と小川くんは首を横に振って、にかっと笑った。

「楽しみすぎて早起きしたんで、眠いだけだよ。」

そっか。良かった。

「水本、荷物置けよ。重いだろう。湧井も。」

オレも湧井さんを振り向いた。湧井さんは黙っていた。まだ小川くんに、おはようも言ってない。オレが2人のじゃましてたか?と思ってオレは一歩引いた。湧井さんは笑わずに小川くんを見ていた。

「どした湧井?」

小川くんは立ち上がりながら笑顔で言った。それでも湧井さんは、黙って小川くんの顔を見てる。アレ? なんかあったのかな···

「荷物重いのか? 半分持ってやろうか?」

湧井さんはゆっくり首を横に振って

「そんな大きい荷物持ってるのに何言ってんの。」

小川くんの横に置いた荷物を見て言った。続けて

「おはよう。小川くん、顔色悪く見えたから。···ほんとに調子悪くない?」

オレも、もう一度小川くんを見る。やっぱり小川くんは首を横に。

「調子悪かったらキャンプになんか来ない。ましてや、こんなに早く家を出たりしない。」

「うん。」

と言って湧井さんも、ようやく笑顔になった。心配してたんだ。オレよりたくさん。小川くんも優しいし。いいカップルだ。ウッキウキだった心が、少し落ち着いてホンワカした。

「さて」

と小川くんが言う。

「とにかく荷物を置け···と、もう一度言いたいところだが··」

小川くんがオレたちの後ろに目をやっている。うん?と思って振り返ると、モリヤが家から出てくるところだった。

「モリヤ!」

言う間に、ス────ッとこちらに近付いてきた。

「待ち合わせは8時だったよね?」

「ごめん! せかしてしまった? オレたち又、早く着いてしまった! 楽しみだったから!」

「謝る必要はないよ。おはよう。」

「おはよう!」

朝の日の光に森の家はピカピカに輝いているように見えた。

「じゃあ行こう。」

と小川くんが言って荷物をしょった。

みんなで駅へ向かう。歩きながら、モリヤを見る。リュックをしょっているが、それがカチャカチャ鳴っている。モリヤの担当は水だ。瓶入りなんだろう。

「モリヤ重いんじゃない? 大丈夫?」

「水本こそ、とても重そうだよ。」

言って、じいっとオレを見た。

「どうかした?」

「うん。今渡していいかな··と。」

「? 何を?」

モリヤは歩きながらリュックを前に持ち直し、中から取り出したものをオレに差し出した。

「!! これ!!」

タオルだ。オレが忘れていった···

「もしかして···」

オレはタオルを顔にもっていった。

!!! うわあ!!! すごい!! すごいぞ!!!

「モリヤ!! モリヤ! におい、戻ったの?!」

オレはタオルを握りしめてモリヤに少し、少しだけ近付いた。────けど··· 匂いがするのはタオルから、

だけ···? 

モリヤは、一瞬立ち止まってしまったオレを歩こうと促し、

「一旦戻ったんだけど、又なくなってしまった。けれど水本の忘れていったタオルに匂いがついたから···。」

「あ! うん!! すごく、すごくついているよ。これ··· きのう?? かな? ほんとにすごい! 嬉しい!!」

言いながら、こんなに強烈に匂いが染み込むなんて どんなに強く香ったんだろうと、うっとり想いをはせてしまう。

「··今、返してしまっていい? じゃまにならない?」

「全然!! とても嬉しいよ! ありがとう!!」

ああ この匂い、消えなければいいのに! ずっとは たもてないんだろうな···。大事にしまいこみたいけど、しまってる間に匂いが消えてしまったら残念すぎる。やっぱりずっと手に持っていよう。いや···それか···  オレはマフラーみたいにタオルを首にまいて、結んだ。これだ!! オレって天才!! あー ずっと匂いがする···!! なんて 幸せな···!!

ふっわふわの足どりで歩いているうち、モリヤの視線に気が付いた。じーっとオレの顔を見て歩いている。

「うん? どうかした···?」

オレが聞くとモリヤは、改めてギュッとオレを見た···(気がした)後、にっこりと笑った。そうして、少し後ろを歩いていた小川くんと湧井さんの方を振り向いた。オレもつられて振り向く。小川くんが少し構えるように

「な··なんだよ?」

と言うと、モリヤはにっこり笑顔のまま

「やはり、ありがとう。」

と言って、前に向き直った。何のお礼かとオレが尋ねるより先に

「いい天気だね。」

とオレに言ったから

「うん! 晴天! 良かったね!」

と答える。本当に、いい天気! こんな晴れやかな空があるだろうか。こんなに晴れやかな気分があるだろうか!! 

しかし! しかしだ。オレ、少し落ち着け。まだ今日は始まったばかり。キャンプ場にも着いていない。電車にすら乗っていないのに、このハイテンションはさすがのオレもちょっと飛ばしすぎと思う。今日の終わりまで、もたなかったら困る。と感じるぐらいのハイテンション!! これぞハイ!! ド高揚!! いかんぞ、落ち着け! オレはこっそり深呼吸した。ドキドキしてきてしまったのだ。落ち着け、落ち着け。家出た直後もウキウキしすぎてて、でも倒れるわけないと思いはしたけれど、興奮しすぎると失神することがあるという話を思い出した。コンサート会場とかでさ。アレってこんな状態じゃないかと思ってしまったんだ。まだまだお楽しみはこれからなのに! すってーはいてー すってーはいてー。ああいい匂い。すってーはいてー 落ち着いて 落ち着いて。

そうやって進むうちに、駅に到着。小川くんが言うには、今日のキャンプ地は少し遠い。この電車で30分行って、線を乗り換えて45分行って、電鉄会社ごと乗り換えてさらに20分。そこから歩いて山に分け入るらしい。電車が長いのも楽しい。窓外に見慣れない景色が現れて、どんどん流れてゆくなんて。一人で見てたって楽しいのに、それを4人で!! このステキメンバーで!!


1ツ目の電車に乗った。すいてはいないが扉の近くに4人で立つ位置を確保。めちゃくちゃ混んでなくてよかった。なにせ荷物が大きいからな。ラッシュの電車など乗れはしないのだ。今日のオレたちは、ついているのかも。それとも夏休みのこの時間のこの方向の電車は、いつもこんなものなのかな。

この電車は、いつも降りる駅の先へ進んでいるとはいえ、けっこう乗る機会も多いので〝見慣れない景色〞とまではいかない。のに! なのに!! 4人でキャンプへ行く道中の電車内から見る景色は、やっぱり違う! 格段に明るい! 日の光が建物やら、道路やら、木なんかにも降りそそいでいて、輝くようだ。ドッキンドッキン心臓が鳴ってる。ああだめだ。又、興奮してきてしまった。落ち着いて···

「水本」

「ひょっ」

なんか息だか声だか分からないものが洩れた。近いよモリヤ! 距離感〰〰  オレが離れようとするより早く、グイッと腕を引っぱられた。

「そんなに近付かなくっても聞こえるわよ。」

湧井さんがオレの腕をとって、モリヤを見てる。···というか、睨んでる? そしてモリヤは····───笑ってる。笑ってるモリヤはオレを見て

「水本、顔が少し赤い。大丈夫?」

と。顔が赤い? オレは、ほっぺたを触ってみる。ちょっと熱いか? あー 興奮したからだ。

「えっ?」

と言ったのは湧井さん。

「ほんとだ、顔赤いよ? まさか具合悪いの?」

オレの腕をとったまま、心配気な顔。

「いや! いいや!! 違う違う!」

興奮しすぎて心配をかけるなど··· 小学生か!

「ごめん、もう楽しすぎて! 自分でも落ち着かなきゃと思ってるんだけど···。具合悪いとかじゃないから。ごめんよ。」

「本当?」

湧井さんは、まだ少し心配そうに

「楽しいからって、我慢したらだめだからね?」

念を押すように言う。

「うん。ほんとにしんどかったら、ちゃんと言う。今は興奮しすぎなだけ。」

言って、みんなの顔を見てみる。さすがに、ここまで興奮しているのはオレだけのようだ。恥ずかしい。湧井さんがオレをじっと見て

「水本」

と言う。うん?とオレも湧井さんを見ると

「そのタオル、香りがすごいね···」

オッ。湧井さんも今オレにすごく近いから。

「だろ? モリヤの家に忘れてたんだ。今朝返してくれたんだけど、すごく染み込んでて。」

な!とオレはモリヤを見た。モリヤは優しい笑顔でオレを見ていた。

「すごく嬉しい。この香りのグッズはどこにも売ってないから!」

すると湧井さんは

「全然羨ましくないからね。」

なんて言う。ハハハ。見せびらかしたみたいになってしまった。ふと見ると小川くんが、なんだか複雑な顔をしている。オレはハッとした。腕! 湧井さんが、ずっとオレの腕を持ったまま! おっとっとだ。

「湧井さん」

「何?」

オレはなるべく小さい声で言った。

「オレの腕なんか、掴んでちゃだめだよ。」

「なんで。」

湧井さんは普通の声。

「小川が妬くから。」

と言ったのはモリヤ! こんな近くにいるからな。聞こえてしまった。オレは慌てて小川くんの顔を見る。

「妬くのはおまえだろ。」

ぶすっとして小川くんは言うと、続けて

「まあ、離しとけよ湧井。」

と言った。湧井さんはチラッと小川くんを見て、手を離す。オレはじっと小川くんの顔を見る。妬いたかな。小川くんはオレを見て

「なんだよ。」

と言う。やっぱりぶすっとして。笑ってしまう。妬いちゃった。ハハハ。でも前に「小川くんは泣かせとこう」と言ったのは冗談だから。妬かせようとか泣かせようとか、思ってないからね。

「ごめんごめん。」

オレが謝ると小川くんは

「何謝ってんだよ。」

オレは

「いやいや。」

喋っていると、興奮状態の心が少し、ほどけてきたよう。この調子だぞ。ただし、小川くんは妬かせないようにね。

「又にやにやして。」

湧井さんが笑顔になって言った。


階段昇って線路の上の橋を渡り、ホームを移る。そこで4人で又、電車を待って乗り込んだ。この線は、だいぶすいていて、座ることもできるのだけど、荷物も多いのでやっぱり4人で立っていた。

オレは、この線に乗ることは滅多になく、多分ずいぶん昔に家族で一度乗ったぐらい、か···。やはり景色が···! 違う! すごい!! 電車が発車して、まだそんなに経っていないのに、向こうの方に田んぼが見える! 緑の四角!

「あ!」

隣にいた湧井さんが「どうしたの」と聞く。

「湧井さん鳥がいるよ! あそこ!」

オレが田んぼを指さすと

「ホントだ。遠くだけど大きいね。白鷺かな。」

「へえ! あれがシラサギなんだ? 近くで見たいなァ。」

「水本は鳥が好きなのか?」

とモリヤが言った。

「究極の鳥好きではないけど」

白鷺が飛び立った。優雅な飛び方。オレは白鷺を追っていた目を、モリヤに向けて

「生き物は見たいと思ってしまう。特に日常あんまり見ない生き物は。見つけたら、嬉しい。じっとしてたら動いてほしいと思う。」

「へえ···。」

「今日はたくさん見れるかもしれないなァ。前にモリヤと川を歩いた時は、カニがいたね。小さいやつ。覚えてる?」

「もちろん。忘れるわけがないよ。」

笑いながらモリヤはきっぱりと言った。そりゃそうか。モリヤはなんでも、とてもよく覚えている。うん、確かに忘れるわけがないな。

「水本は怖い生き物ある?」

「怖い? あ、大昔だけど小さい時、家族で山へ遊びに行った時に〝マムシ注意〞って看板見た。マムシは遭遇したら怖いかなァ。」

ヘビでも毒が無かったら大丈夫だけど。

「噛まれたら、死んじゃうかもしれないからね。小川も怖い?」

不意に小川くんを振り向いて、モリヤは聞いた。

「えっ」

と小川くんは驚いてた。なんかボンヤリしていたみたいだ。

「小川はマムシが怖い?」

モリヤが繰り返して聞いた。

「マムシ、怖くないやついないだろ。···いや··· もしやモリヤは怖くないのか?」

ふふふとモリヤは笑って答えなかった。

怖くないのかなァ、モリヤ。そう思ってオレは、モリヤを見てた。マムシに遭遇しても、えいって手刀で払いのけたりするんだろうか。それとも、そうだ、モリヤは指先の力がすごく強いから、頭のとこをキュッと持ったら、マムシも手が出せないかも。ここまで考えてオレは、ニヤッと笑ってしまった。マムシが手を出せないんだって! もともと手なんか出せないや。モリヤの顔を見ながらそんなことを思っていたら、モリヤがふわーっと笑った。なんと、美しい笑顔だなぁ。やっぱりアレだろ。モリヤも楽しいんだろ、今日のキャンプ行き! そう思うと又々嬉しさが襲ってきて、顔がヘラヘラ笑ってしまった。

「声に出して。」

モリヤが言った。

「うん?」

「心の中で思ってないで、全部口に出して。」

一瞬ヘラヘラが引っ込んでモリヤを見る。また言ってる。この前も言ってたぞ。考えてること全部聞きたいとかって····。口に出せるようなことじゃないと言ったんだけどな···。恥ずかしいことが多いって、言ったと思うけど···。今は··· 何を考えていたかな···。

あ!! マムシが手を出せないなんて考えてたんだ。ばかだねー。やっぱりオレってバカだねー。そして毎度、恥ずかし思考だな。

「この前言ったように、口に出すほどのことを考えてないから。何考えてたか、思い返しただけで恥ずかしいようなことだ。心の声なんて聞かない方がいいよ。」

「うーん。そこはいつも、きっぱり否定なんだね。残念だなァ。恥ずかしいようなことを、むしろ言ってほしいなァ。」

「モリヤは悪趣味!」

笑わないで湧井さんが言った。

「人が言いたくないことは、聞いちゃいけないのよ。それは人付き合いのルールなんだから! けど又モリヤが学校で、誤解を招く発言をしそうでたまらないから、水本、いっそ言ってごらんよ。」

「へ?」

「水本の恥ずかしいことなんて、絶対スケベ系じゃあないでしょ。」

「スケベ系⁉」

オレはびっくりして湧井さんの顔を見る。湧井さんは、やっぱり笑わずに

「今さっき、すけべなこと、考えてた?」

「ええ??」

なんでそんな、びっくりするような質問を···

「すけべなことなんて考えてないよ。こんなきれいな朝に!」

「じゃあ恥ずかしいことって何?」

と湧井さん。

「うーん···。言わないとだめ?」

「水本」

ずっと黙ってた小川くんが口を開いた。

「ここで言っとかないと、新学期に又、変なウワサが立つぞ。」

「変なウワサって? 何? なんで??」

新学期と、考えていたことを言わないってことと、変なウワサの関連が分からない。

「9月になって学校に行くだろ。バカなやつらは絶対にモリヤに聞く。水本と何かあったかって。」

「何かって···。遊びに行ったか、とか?」

「スケベな話に決まってるだろ。飯盒炊爨の楽しい話なんか、聞きたいもんか。」

オレは、しかめっ面になってしまった。何をバカなと思う反面、確かに、と思ってたりする。だってほんとに、あの鈴なり連中ときたら!

「···けど、聞いてきても、ほっとけばいいよ。モリヤはそうするだろ?」

オレはモリヤを見た。モリヤは笑顔だった。

「いいや。」

と言ったのは、モリヤじゃなくて小川くん。

「これについては、俺なんとなく分かった。モリヤはきっと、ほっとかずに発言するんだ。モリヤと一緒に過ごした時に、水本が恥ずかしいことを考えていたって。」

「うん?」

それがなんだ? スズナリたちがモリヤに、夏休みに何かあったかと聞く。モリヤが、一緒に遊んだ時にオレが恥ずかしいことを考えてたよって言う。?? うん??

「それでなんで変なウワサが立つの? だいたいモリヤ、そんな変な報告しないだろ。」

オレがにっこり黙っているモリヤに顔を向けると、モリヤはハハハと笑って

「言ってもいいね。」

と言った。うん???

「いや、言わなくていいよ。····うんでも、言ってもそれが変なウワサには ならないし。」

「なるよ。」

と小川くん。小川くんは笑顔じゃない。

「やつらは、そんな言葉を元に変なウワサを作成するんだ。〝モリヤと一緒にいた水本が、その間中いやらしいことを考えていた〞とかって。それでその後2人は当然。」

「小川くん!!」

しまった、電車の中なのに大きな声を···。オレは声を落として

「なんだよそれ。何言ってんだよ。」

「水本、考えてもごらんよ。」

湧井さんが、穏やかな口調で言った。

「今までのこと。これまでのバカなウワサ。」

「う···。」

「絶対そっちへ繋げるよ。水本だって分かるでしょ。」

オレはガックリ頷いた。よくよく考えると、ほんとだと思ってしまった。

「恥ずかしいことって何かを、はっきり言えば大丈夫よ。」

恥ずかしいことをはっきり言う。そうすれば大丈夫。頭の中で湧井さんの言葉を反芻したオレは、ガックリも忘れて、思わずニヤリとしてしまう。なんだそれ。おかしすぎる。

「ホラ、にやにやしてないで言ってごらん。」

「ハハハ。恥ずかしいことをはっきり言うなんて! アハハハ おもしろいから、まあいいか。さっきマムシが怖いかって話になっただろ。」

「うん。」

「モリヤは怖くないのかなと考えた。指先の力が強いから、マムシの頭をとらえたりできるのかもって。そうなったらマムシも手を出せないかもと考えて···。」

「マムシが手を?」

湧井さんが呟いて、それから3人ともブッと吹き出した。

「アハハハハ 初めからマムシは手なんか出せないよ。バカね水本。」

言って湧井さんは又笑う。

「ほんとにバカだなお前は! そんなこと考えてニヤニヤしていたとは。」

小川くんも笑う。モリヤは────  下を向いて、苦しそうなほど笑っていた。いや、そこまで。確かにだいぶバカなこと考えてたけども。

「だから言ったのに。」

オレも笑いとばしてしまおう。

「言うほどのこともないって。ほら、恥をかいただろ。」

「いや悪い悪い。」

笑いながら小川くんが謝る。

「ここまでバカなこととは思ってなかった!」

「あ! モリヤ、こんなこと誰かに聞かれても、言わないでおくれよ。恥ずかしいからね。」

とオレがモリヤを見ると、モリヤは下を向いていた顔を上げた。まだ笑いが止まってない。モリヤは

「ああ苦しい···」

と、笑いながら呟いて、オレの肩に手を置いた。少し寄っかかってる。笑いすぎで、力が入らないみたいだ。

「分かっただろ、モリヤ。」

オレは言う。

「もうオレの心の声なんか、求めないでくれね。」

うん分かったよ、と言ってくれるに違いないと思ったのに

「いや。」

と、モリヤが言う。

「いや、水本、やっぱりすごくおもしろいことを考えているから、ぜひ全て声にしてほしい。」

「へ??」

オレは思わず真顔になってモリヤを見る。いやいや。いやいやいや。

「モリヤ、こういうのは、おもしろいことと言わないんだよ。バカなことと言うんだ。バカバカしいことを全て聞く必要は全くないよ。」

····まあ··· では声に出していることがバカバカしくないかというと、そうとも言えないんだけど···。

モリヤは、うふふと笑って

「うん、ではなるべく。なるべく声にして。いい?」

···なるべくかァ···

「モリヤ」

湧井さんがモリヤの名を呼んだ途端小川くんが

「水本、次そっちの扉が開くぞ!」

と言って、オレの腕を引っぱった。

「オ?」

引っぱられてオレは、小川くんの方へ少し移動。肩に置いてたモリヤの手が離れる。よろけてないかな、とモリヤを見たが、にっこり笑って大丈夫そうだった。

小川くんが次開くぞって言ったから、すぐ駅に着くのかと思ったが、まだ駅は見えてこず、ゴトゴトと電車は動いている。思わずオレは、扉のガラス窓から又、外を見ていて、すると手前には少し下の方に町が広がり、向こうの方には山が見えた。どんどん自分の家から遠ざかってゆく。オレもあんまり遠くへ遊びに行ったりする方ではないので、とても珍しくて、とても楽しい。そう思いながら流れる景色に見とれていてハッとした。オレだって珍しくて久しぶりの体験だが、モリヤはどうよ? モリヤは電車にもほぼ乗ったことがなかったのだ。オレと滝へ行った時まで。それが今日こんなに···。オレは、モリヤの顔を振り向いた。モリヤはニッコリ笑顔だ。景色でなくて、オレを見ている。オレは、ようく目を凝らしてモリヤの顔を見る。

「なんだい?」

ニッコリ顔のまま、モリヤが言うので

「モリヤ、大丈夫?」

と聞いてみた。

「何が?」

と笑顔で返ってくる。

「電車、こんなに長く乗ったの、初めてじゃないかと思って。酔ったりしていないかな。バスほどでなくても、酔う人はいるらしいよ。」

「ああ。」

とモリヤは、ため息をついた。笑顔のため息。しんどそうではない。

「心配してくれたのか。なんともないよ。」

オレもホッとして笑顔になった。

「そうか、良かった。」

嬉しすぎて 楽しすぎて はしゃぎすぎて、そんなことにも気付かないようじゃ、だめだと思って。良かった、酔ったりしていなくて。小川くんや湧井さんは大丈夫だよな?と思って2人を見ると、2人とも笑顔ではなかった。笑顔なく、オレを見ている。

「どうかした? ···オレ、浮かれすぎてる?」

相当浮かれている自覚がある。さすがに引かれたかな···。

「いいや。」

と小川くんが言った。

「楽しそうで何よりだなあと思って見てた。」

だって。そうしてニヤリと笑って言った。

「まだまだ序盤なのに。」

って。 確かに!! 序盤も序盤だ。オレは、ばれないように、そぉーっと深呼吸した。ずっと、ふんわりモリヤの匂いがしている。首のタオルから。ほんとにこれは、ありがたいなあ。モリヤの匂いは、とても薄い時もある。そんな時は、かなり近付かなければ匂いが感じられなかったりする。けれども、オレは、あまり近付いてはいけないのだ。モリヤを触ったり、顔を近付けていったりしては、いけない。かまわないと、前にモリヤは言ったけれど、やっぱりいけないのだとオレは思っている。それは、もしかしたらモリヤに限らず、なのかもしれない。オレには完全には分かっていないのだけど。オレがチラリとモリヤをうかがい見ると、やっぱりモリヤはオレの方を見ていて、その顔は微笑んでいた。今日モリヤの匂いはなくなっているらしい。でも、今日に関しては〝匂い、しないかな〞〝戻ってないかな〞と確認したりしなくても、このタオルからずっと匂いがしているのだ! だから、近付こうとしなくてよい! ふ──。ありがたい、とても。オレはタオルに顔を近付けた。よしよし。タオルならよし。迷惑はかからないからな。ああいい匂い。

視線を感じて顔を上げると、モリヤがじいっと見てた。しかしさっきからずっと見ているような··· と思って首を回すと、湧井さんも小川くんも、やっぱりオレを見ている。うん?? ちょっと焦る。なんだ? 寝ぐせがすごい、とか? オレは頭を触った。いや、今さら気にしないよな。じろじろ見るほどおかしかったら、会った時に言ってくれるだろう。どうかしたのかと聞いてみようかと思った時に、車内放送が入った。駅に着く。電車が止まって扉が開いたけれど、この扉からは乗る人も降りる人もいなかった。オレたちもまだ降りない。

「次だぞ。」

と小川くんが言った。今度はオレが小川くんをじっと見た。

「なんだよ。」

とすぐに小川くんが言う。

「よく知ってるなと思って。オレなんかなんにも分からない。」

「うん。頼りになるねー。まかせて安心。」

湧井さんも言う。小川くんは、だろ?と笑って言った。

「小川くん行ったことある所?」

オレが聞くと

「いや。初めて。」

と答える。

「へえ!! なのに、なんにも見ないでどんどん行けるの、すごいな! オレは電車の路線もよく知らないし、それに方向音痴だ。」

「へえ? そうなの?」

と湧井さんが言った。ア、湧井さんも笑顔になってる。良かった。

「私も知らない所へ行くのは、苦手だな。なかなか目的地が見つけられない。」

「湧井さんもそうなんだ? 本当?」

「おや? その驚きは何?」

「湧井さんてなんでもスマートにこなしそうだから。道に迷う湧井さんとか、想像つかない。」

「オー、すごい。私ってカンペキイメージなんだ? そんなわけないでしょう。」

って、湧井さんは笑った。

「ううん。オロオロしてる湧井さんなんて、かなり レアだと思うけど。」

「アハハハ。水本だけだよ、そんなこと言うの。もう、一年以上の付き合いになるのに、まだそんな誤解が?」

「誤解···かなぁ? でもきっと湧井さんは、オロオロしてたって」

「してたって?」

「────スマートに見えると思う。」

「なんだそれ? アハハハ。よしよし、まだまだ付き合いが浅いのね。ここからもっと知っていってもらおうか。」

「それは嬉しい。オロオロを見たいわけじゃあないけれど、まだまだオレの知らない湧井さんは、たくさんあるんだよね。きっと、知る度に楽しいと思う。」

今日だって、初めてのキャンプだもの。みんなの、まだ知らない一面がポロポロポロポロ出てくるかもしれない。そうなったら、楽しさもどんどん上乗せだ。

実はさっき、「湧井さんはオロオロしてたって」って言った時、スマートという言葉とは別の言葉を考えていた。〝きれいだと思う〞が、スッと出てきた言葉。けど、そんなこと言ったら、又小川くんが妬いてしまうかも、と瞬間頭によぎった。〝かわいいと思う〞も一緒だな。で、〝スマートに見えると思う〞。どうだ? いくぶんマイルドな表現では? ふふふ。こうしてだんだんオレも、大人になっていくのだ。


さあこれが、最後の乗り換えだそうだ。電鉄ごと乗り換えるのだ。次の電鉄のその駅は始発であり、終点であるんだけれど、こじんまりとした駅だ。いつもの駅と全然違う。いつものホームと全然違う。階段上ったり降りたりもない。改札入って、すぐホーム!! すぐ電車が停まっている! そして短い!! 2輌しかない!! オレは、切符を買うのもソワソワして慌ててしまう。小川くんに言われた値段のボタンを押す。でも、間違えずに2枚買う。もう、これは毎回。モリヤが

「水本」

と声をかけてきた。

「さすがに、もう買い方分かるよ。自分で買える。」

「えっ」

モリヤは眩しい笑顔でオレを見てる。

「や··· え··· その···」

オレは、買ってしまった切符をモリヤに渡しながら、言葉に詰まってしまったが、モリヤから切符代を受け取って、その小銭を見つめた。見つめたまま

「えー···と···」

うまい言葉が出てこない。オレは··· オレは、モリヤに切符を買う係、をやりたいんだ。何か、決まりごとのようにしてあげられることが、嬉しかった···ので···。

「オ、オレが、買っちゃいけない? ···かな?」

モリヤはやっぱりにっこりオレを見て、でも返事をせずに改札を抜けた。オレも改札を抜ける。すぐそこはホーム。小川くんと湧井さんは、もうホームに立っていて、オレたちを待っていた。オレたちも追い付いて、みんなで電車に乗る。

お客さんはチラホラ。車輌がニ輌だって! 全部見渡せてしまう。バスみたいだ。でもちゃんとガタンゴトンと電車の音がする。線路の上を走っている。楽しい────!

「かわいい電車だね!」

湧井さんが笑顔で言ってる。そう! かわいい! かわいくて、かっこいい!

「オ。女子高生っぽい発言。」

小川くんが言う。

「女子高生だもの。ん? 今の、女子高生っぽい?」

「電車をかわいいと言うのは、ぽくないか?」

「そうかな?」

そうかな? とオレも心で言った。今オレ、かわいいって思ったぞ。オレ、女子高生っぽいのか? アハハ そんなばかな。

「ぼくはね」

モリヤが、ふと言った。オレがモリヤを見ると

「水本のしてくれることは、全て受け入れる準備があるよ。」

「うん?」

オレたちは、この電車でも座らず立っていた。荷物は重いのでスミに置いて。扉のガラスや窓ガラスの向こうで、景色が通りすぎてゆく。でも、心なしゆっくり過ぎてゆくよう。電車の雰囲気が、ゆったりしているからだろうか。景色も、のどかだ。高い建物もあんまり見えない。田んぼや畑がたくさん見える。

「ステキな景色を台無しにしないで。レッドカード発言よ!」

オレは驚いて湧井さんを見る。湧井さんはモリヤに、ひたと目を当てていた。

レッドカード発言とは⁉ オレは、今モリヤが言ったことを、思い出してみる。オレのすることを受け入れる···って言った。が? レッドカード???

「何··· 何が···」

分からなくてオレは言うが、湧井さんはモリヤを睨んでいるし、モリヤは湧井さんを見て笑っていた。

「モリヤ、今のはどういう意味だ?」

少し湧井さんの前に出るようにして、小川くんが言った。

「今のとは。」

「···全て受け入れるとかなんとか」

ふふふとモリヤは笑っている。笑いながら

「水本が、ぼくの分の切符を買うことを、いけないかと聞くから、その返事。」

お⁉ そうだったのか!!

「ごめんモリヤ。返事と分かっていなかったよ。つまり··· いいってこと···だよね?」

「水本がいいのなら。」

とモリヤは美しく笑った。そうか。良かった! ···あれ?

「···で、なんで、レッドカード発言? オレが買うことを許しちゃいけないってこと···?」

「いや、まあ そういうことじゃなく、だな···」

小川くんが歯切れ悪く言う。そして湧井さんに向いて

「今日はギャラリーがいないから、レッドカードは引っ込めよう。このメンツが聞いていたって、変なウワサは立たないから。」

オレの脳内は総クエスチョンマークだ。

「モリヤ」

小川くんは今度はモリヤを向いて

「今の発言、学校では繰り返すなよ。それはレッドカードだからな。」

モリヤはにっこり笑って、オレを見た。

「水本、意味が分からなくても気にしなくて大丈夫。物事は、そう深読みする必要はないんだよ。考えすぎは、心にも体にも毒だよ。」

「····」

2人は··· 湧井さんと小川くんは、モリヤの言葉を深読みしてレッドカードを出した、ってことなのかな。しかしオレには、どう深読みしたらレッドカード発言となるのか、さっぱり分からないのだ。····が、モリヤが深読みしなくてよいと言うのだから、そのまんまに、切符をオレが買ってよいという意味に取っといたらいいか、な。

しばらくみんな黙ったまま電車は走る。何度か駅に停まるが、どの駅もこじんまりしていて、どこで降りても楽しそうなのだ。黙っていても、やっぱりオレはワクワクして、どんどんワクワクが大きくなって、ああ早く着かなきゃやばいぞ。ワクワクがあふれだしそう。でも、着いてほしくない まだまだ電車を楽しみたい、という気もあって、心が楽しさで わやくちゃ。

また駅に着いた。そして発車する。まだ、ゆるゆると電車が動き始めている時

「あっ!」

とオレは叫んでしまう。そして

「湧井さん! 見て!!」

「見てる!!」

すぐに返事。2人で扉のガラスに貼り付く。駅の、花壇なんだろうか。ホームのはしの方の向こう側に、ズラッとすごい数のひまわり!! それが正に満開!! 大輪の大きな花が、みんなこっちを向いているのだ! こんな盛大なひまわりを見たことがない。ああでも、電車は動いているから、あっという間にひまわりは、後ろへ流れていってしまった。

「すごかったね!」

オレが湧井さんに言うと

「うん。ほんとに。いいもの見てしまった。」

嬉しそうに湧井さんも言う。湧井さんがひまわりを好きなのを、オレは知ってる。見られて良かった。

湧井さんはキラキラの瞳で過ぎていってしまったひまわりの方を、まだ見ている。と思うと、パチッとオレと目が合って、とても嬉しそうに笑った。オオ···。ひまわりより湧井さんの方がきれいかもなァ。と思っていると、視線を感じて振り向く。モリヤと小川くんが、こっちを見ている。

「見えた? ひまわり」

オレが2人に尋ねると、モリヤはにっこり。小川くんは頷いた。オレはヘラヘラ笑ってしまう。

「なんだよ?」

と小川くん。

「いいや。」

とオレは、また外の景色に目をやった。外を見ながらオレは、まだヘラヘラ笑っていた。「きっと小川くんは」と思って。きっと小川くんは、ひまわりバックの湧井さんを見てたに違いない。瞳シャッターをきってたに決まってる。と考えて

「あっ!」

声を立てたオレに

「どうしたの?」

と湧井さん。

「しまった! カメラを持ってきたらよかった!!」

撮りたかった! こんな楽しメンバーの、楽しキャンプ! 写真におさめない手はないだろうに!!

「ああ、なんだ。」

と湧井さんは笑う。

「私スマホ持ってるよ。撮ったげるよ。」

「お! あ、そうか!」

オレはホッと、にっこりする。なるほどスマホは万能だ。ふー、良かった。そういえば

「湧井さん、あんまりスマホ撮影しないね。」

「うん?」

「ホラ、みんな、ごはん食べに行った時とか、撮るって聞くよ。」

「ああ」

湧井さんは笑った。

「あれは、見せたいから撮るんでしょ? 私はたいてい見せたい人と食べてるから、いいのよ。」

「なーるほど。」

SNSで発信するのは、見せたいからだもんな。オレはスマホが無いけれど、もし持ってたら撮るかな。見せたい人····そうだなぁ。オレはごはんを見せたいとは思わないかなぁ。ただ、さっきみたいな花なんかは、見せたい···というか一緒に見て、すごいな きれいだな と言い合いたい気持ちはある。それが、一人の時だったら、撮ったりするということか。一緒に見たいと思うものを見つけた時に、必ずしも、一緒に見たいと思う相手といるとは限らない。

ちょっとー。なら、今さっきのオレ、超絶ラッキーってことじゃないか! もう··· どんどん「楽しい」がやってくる。又々胸がドキドキしてきてしまう。ガタタン ガタタン という電車の揺れに合わせて、ドキキン ドキキン と心臓が揺れる。ああ、あと、あれだな。オレは、モリヤみたいに記憶力が良くないから、今のこの楽しい光景を、楽しい人たちの姿を、写真に留めておきたいと思ってしまう。忘れてしまうのが、もったいないから。記念なんていうと小川くんに、女子高生みたいって言われるかな。でも湧井さんは女子高生だけど、記念とか写真に留めるとか、考えてなさそう。けどもオレは───。さっきみたいな、ヒマワリよりきれいな湧井さんや、美しく笑うモリヤや、湧井さんと小川くんの幸せ2ショットなんかは、写真に撮れたらいいなァと思ってしまう。しかし··· しかしな、湧井さんの写真欲しいって言ったら、小川くんがきっと妬くし、モリヤの写真が欲しいって言ったら、恋だとか言われそうだし、なァ。幸せ2ショットは欲しがっても、問題ないだろうか。どうだろう。

電車が大きくカーブを切った。おっとっと、と、湧井さんがこっちへよろけたから、オレは肩を持って支えた。しかしここで、かっこよくきまらないのがオレだ。支えたつもりが一緒によろけて、バランスをくずした。が、ころばずにすんだのは、モリヤがオレの腕を掴んでくれたから。手すりとオレの腕を持って、ぐっと支えてくれた。オレと湧井さんの2人分の体重がかかったろうに、モリヤはびくともせず

「気を付けて」

と、にっこりした。それから小川くんが、湧井さんの手を引いた。オレは手すりで体勢を立て直す。転びそうになったから、血液がヒュンと躍って、又もや胸がドッキドキ。

「ごめん、ありがとう。」

モリヤは

「いいえ。」

と、にっこり言ってくれる。

「私も。ありがとう。」

と湧井さんが、モリヤに真面目な顔で言った。モリヤはやっぱりにっこりして「いいえ」と言った。湧井さんは真面目な顔のまま、今度はオレに向いて

「水本、まきこんでしまって、ごめん。」

と言う。

「いやいや。こちらこそ、たよりなくてごめん。」

オレは笑って言った。ほんと、モリヤが助けてくれて良かった。湧井さんと一緒に転んでしまってたかもしれないもんな。あぶないあぶない。オレはフ──ッと息をつく。

「間もなくだぞ。」

小川くんが言った。オレが振り向くと、小川くんは一瞬ポカンとしたような顔をして、それから大きく笑顔になった。そして

「おまえは、ほんとに嬉しそうだな。」

と言うからオレは

「嬉しいよ!」

と言った。嬉しくないわけがあろうか。(いや、ない。)と、頭の中で浮かぶ。この言い回し、なんだっけ。あ、古典だ 古典の授業で出てきたやつだ。反語?だったっけ? アレ、習ったときオレ、ニヤついてしまったんだった。だっておかしい。自分で「なんとかであろうか」って問いかけと、「いや、違う」っていう答えを、否定ありきでやっちゃうなんて。大真面目に! けど、今のオレにはピッタリきてる。わざわざ問いかけたい! そして盛大に否定したい!! 楽しくて、思考がバカバカになっている。

バカバカ思考で脳内をいっぱいにしている間に、いよいよ着いた!! 4人で降り立つホーム! 小さいホームだ! のどか!! オオ?? 駅員さんがいない⁉ 無人駅ってやつか!!

「モリヤ、切符ここに入れるんだって。」

はしゃいでしまう。銀色のハコに切符を落として通り抜ける。

「小川くん、こんなところ、どうやって見つけたの?」

笑顔の湧井さんが、まわりを見回しながら聞いてる。ほんと、そう。オレも聞きたい。

「姉に聞いた。」

小川くんは簡潔に答える。

「お姉さん詳しいの? アウトドア派?」

「そう。」

なるほどー とオレは思う。オレなんて、キャンプする所とか言われても、全く見当もつかない。どうやって探すのかすら。モリヤは──── アウトドア派ではないよな。インドア? でも森の家自体が森なんだから···· 森の家派? 自分で考えて、なんだそれ と、つっこんでしまう。バカバカ思考が続いているな。ふとモリヤと目が合った。というか、こっち見てたみたいだな。

「あ、モリヤは知ってた? 小川くん、お姉さんがいてね、あかちゃん産まれたんだって。小川くん、おじさんなんだよ!」

モリヤは、にっこりしている。

「そうなのか。知らなかったよ。」

またまた長すぎる一日なので、前後編に分けました。後編に続く···

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